第三章 スウェットおじさん、配信始めるってよ

第24話 配信命令


 渋谷ダンジョンに発生したスタンピードを終結させた翌日。俺は何故か探索者ギルド渋谷支部へ来ていた。



「どういうつもりだ、愛華……。いきなり呼び出してきやがったと思えば今度は渋谷支部。挙句の果てに目の前に最高責任者だァ!? どういう事か説明しろ!」


「私も知らないわよ……! 私だってコイツ・・・にいきなり呼ばれたんだから!」


 俺と愛華はギルド本部の最高責任者の一人である齋藤とかいう男の前に立っていた。しかし俺はそんなものはお構い無しといった具合に、いつもの調子で愛華と口論していた。



「東條さん……? 仮にも俺は最高責任者の一人なんだが、そんな俺の事をコイツ呼ばわりとはどういう心境の変化かな……?」


「あぁ、すいません齋藤さん。私、まだ報告書を三流小説呼ばわりされた事、許してませんから」


 齋藤が苦笑い気味に愛華にそう言うと、彼女は冷たい視線を送り彼を睨み付けた。



「おーこわ。あんたもこれで懲りたんなら、このガキを怒らせねーように気ぃ付けな?」


「ちょっとおじさん。それどういう意味!?」


「どうもこうもねーよ。テメェは怒ったらキャンキャンうっせーからな。犬みてぇによ」


「誰が犬よ……!?」


 俺は齋藤に優しい言葉をかけてやった。そのせいで愛華はキャンキャンと吠え始めたが、俺はそれを軽くあしらった。すると齋藤は俺の言葉を受けゆっくりと口を開く。



「…………わかった。今後は気を付ける事にしよう。――――それよりも……だ。今回君達に来てもらったのは他でもない。頼みたい事があったからだ」


「頼みたい事……?」


「チッ……。また面倒な事はごめんだぜ?」


 齋藤が俺達を呼び出した理由を話し始めると、愛華は怪訝な表情を、俺は露骨に嫌そうな表情をうかべた。



「まぁそう言うな一ノ瀬くん。悪い話ではない。君にはこれからC級探索者として活動してもらう」


「C級……!?」


「あぁ……? 何で俺がC級だ? 普通探索者ってのはG級からじゃねぇのか?」


「その通りだ。本来はG級から始めてもらうのが一般的だが、君の実力を見込んでギルドは前代未聞の決定をした。これは凄い事だ。誇っても良いぞ?」


 齋藤は顔の前で手を組み、偉そうにそう話した。愛華は驚いた様子で口を開け、俺は怪訝な表情を浮かべた。



 ――C級って言ったら愛華と同じじゃねぇか。

 俺なんて別に大した実力もねぇのに何でだ?

 まぁ、だりぃ下積みとかしなくて済むってんならありがてぇ話か。



「別に誇ったりはしねぇよ。それより俺にそんな異例なスタートをさせるっつう事は、何か意図があんだろ?」


「ふっ……そうだな。話が早くて助かるよ」


 俺はギルドが何を求めているのかを探ろうと齋藤に問うた。すると彼は不敵に笑みを浮かべそう言った。



「その意図って何ですか? まさか危険な仕事を――――」


「―――― 一ノ瀬翔。君にしてもらいたい事はただ一つ。"ダンジョン配信"だ」


 愛華は俺に危険が及ぶのではと危惧し、齋藤に詰め寄ろうと口を開いた。すると齋藤はそれを遮るように要求を口にした。



「ダンジョン配信だァ? 無理だ無理! ただでさえ機械音痴な俺にンなもんさせんな!」


「機械音痴? いやはや、君は機械にめっぽう強いと思っていたのだがそれは俺の思い過ごしだったかな? 何せ君は元パチプロなんだろう?」


「あ? テメェ……バカにしてんのか?」


 俺は齋藤の要求を聞くやいなやすぐに門前払い。すると齋藤は不敵な笑みを浮かべたまま、何やら俺を小馬鹿するような口調でそう言った。



「これは失敬。馬鹿にするつもりなど無かったんだ。だが、パチンコも機械だろう? そんな機械と君は何年もの間、時間を共にして来たのだろう?」


「そりゃあそうだけどよ……。配信に使う機械とパチンコは全然ちげーだろ。俺にはンな事出来ねーよ。諦めてくれ」


「私も同意見です。おじさんのようなガサツで、つい最近まで底辺だった男にダンジョン配信など出来るとは思えません」


「くっ……愛華テメェ……」


 一度要求を断った俺に対し、齋藤は"パチンコは機械"という理論を持ち出し食い下がった。しかしそれでも俺は要求を突っぱねた。

 すると先まで黙っていた愛華も口を開き、俺を貶しながら齋藤にそう言った。



「そうか……残念だ。配信をすれば一ヶ月に300万円もくだらないと言うのに……」


「何……? 300万だと? それは俺が貰える金の話か?」


「ちょ、おじさん……!?」


 俺と愛華の反応を見て、齋藤はため息混じりに残念そうな顔をして具体的な数字をボソッと口にした。それに俺はまんまと食い付いてしまう。


「当然だ。君は今や四天王をも凌ぐ勢いで人気を博している。そんな君がひとたびダンジョン配信を始めようものなら、とんでもない数の視聴者が応援してくれる事は火を見るより明らかだろう?」


 俺が話に食い付いた事を確認した齋藤は、少しの笑みを浮かべた後、大きな身振り手振りを混じえてそう話した。



 ――俺が四天王を凌ぐ人気……?

 俺が配信をすりゃあ、300万を稼げるっつうのが火を見るより明らかだと……?

 ンなもん……期待値しかねぇじゃねーか……!


 

「ほう……? わりぃ話じゃねーな……」


「おじさん……!?」


「ふっ。そうだろう? 君はまだ知らないかもしれないが、配信には君を応援するコメントの他に、"Dマネー"と呼ばれる投げ銭システムがある。これは簡単に言えば視聴者が配信者に対し、応援の意を込めてお金を渡すというものだ」



 ――視聴者が金を渡す……?

 なんつー画期的なシステムだ……。

 つまりコイツは、俺が配信を始めれば一ヶ月で300万円分のDマネーを稼げるって言いてぇんだな?

 パチンコで300万も勝とうと思ったら相当打たなきゃなんねぇ……。

 これは流石にやる以外の選択肢なんてねぇーだろ……!



「悪くねぇ……いや、よい話だ。是非ともやらせてもらおうか」


「ちょっと待って、おじさん! この話には裏が――――」


「――――東條さん! 今は少し黙っていてくれないか」


 俺は齋藤の要求を受ける事にした。その旨を伝えると、愛華は何かを言い始めたが、それはすぐさま齋藤に遮られる。

 


「そうだぞ、愛華。今は大人の話をしているんだ。子供の君は少し、黙ってくれたま


「……っ! 何よその言い方、ムカつく……。じゃあもう勝手にしなよ! 私、知らないからねっ!」


 俺が齋藤みたく落ち着いた雰囲気でそう言うと、愛華は嫌悪感と怒りを前面に出し、ふんっと顔を背けた。


 

「では話の続きだが、初回の配信予定日は明日の夜23時。何故その時間なのかと問われれば、日を跨ぐ時間帯が一番視聴者が集まりやすいと言われているからだ。そこは問題ないか?」


「あぁ、時間はいつでも問題ねぇぞ。だけどよ、俺はガチで配信とか機械のこととか何もわかんねーぞ?」


「そこは心配ない。そんな君の為に先輩探索者を一人助っ人として手配してある」


「ほう……。そりゃあ、ありがてぇな」


 齋藤は俺がこの要求を飲む事を初めからわかっていたかのように、助っ人の手配まで済ませていたようだ。

 そう思うと、何やら俺はこの男の手のひらの上で踊らされていたようで癪だが、月300万円という魅力的な数字の前では全てが無に帰す。



「集合は埼玉の"川越ダンジョン"前に22時。遅れるな?」


「時間は了解した。だけどよ……何で埼玉だ? いつもの渋谷じゃ駄目なのかよ?」


 時間に関しては愛華の以前の配信の時間を見ていたから何となく理解は出来たが、問題は場所だ。

 愛華や俺が潜っていたのは渋谷ダンジョン。だが齋藤が提示したのは埼玉の川越ダンジョンだった。


 ――何でだァ……?


 

「川越は渋谷より規模こそ小さいが、出現するモンスターの強さは何ら遜色ない。寧ろ強いという専門家までいる。そして昨今、そんな川越ダンジョンは探索者不足に見舞われている。――――そこでだ……! 現在注目の的である君に白羽の矢が立ったというわけだ」


 俺が理由を問うと齋藤はにやにやと不敵な笑みを浮かべながら俺を指さしそう言った。



「あ……? 俺にそこのモンスターを全滅させて来いって言ってんのか?」


「ふっ。流石の君でも全滅は無理だろう。まぁある程度数を減らしてくれると助かるが。しかし今回、君が選ばれた狙いはそれだけじゃあない」


「じゃあその狙いってのは何だ?」


「考えてもみろ。世間で大人気の君が川越にいるとわかれば若い探索者達が集まるだろう。するとどうなる?」


「探索者不足が解決する……?」


「GREAT!」


 俺の言葉を受け齋藤は薄ら笑いを浮かべるとウザったい返しをして来た。俺はこいつが嫌いかもしれない。


 ――でもまぁ、なるほどな。

 俺が川越ダンジョンに潜れば、同じようにダンジョンに潜る奴が増えるかもしれねーってことか。



「つまり……俺は"客寄せパンダ"っつうわけだな?」


「そうとも言うな」


 俺の問いに齋藤は笑みを浮かべながら頷いた。俺は自分を物のように扱われているような気がして少々癪ではあったが、やはり300万円の前では全てが無力だった。



「チッ……。わーったよ。何でもやってやるよ」


「ふっ。君ならそう言ってくれると信じていたよ。じゃあ頼んだぞ」


 そして俺は横で不貞腐れていた愛華を連れて、不敵な笑みを浮かべる齋藤の部屋を後にした。


 

 ◇



「っしゃあ……! 何となく嫌な気分ではあるが、俺はこれから人気配信者んなって夢の億万長者だァ……!!」


「ふんっ。バカおじ……。ほんっとバカ……」



 俺は渋谷支部の前で拳を掲げ叫んだ。その横で愛華は頬を膨らませてそんな事を呟いていた。

 そして翌日――――いよいよ俺の"初ダンジョン配信"が始まる。

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