第21話 圧倒的力量


 四天王と愛華が合流していた頃。俺はミノタウロスの角を掴み奴の眼前にぶら下がっていた。



「派手に暴れ回りやがって。しかもこんな大群まで連れてよ? テメェは何がしてぇんだ?」


『ンモォォォォ!!!!』


「チッ……。やっぱ話が通じる相手じゃねーか。じゃあしょうがねぇーな……?」



 俺は念の為、ミノタウロスと会話を試みる――――が、やはりと言うべきか一切言葉は通じなかった。

 ならばと、俺はミノタウロスの角を掴んだまま身体を揺らし、遠心力を利用して奴の顔面に蹴りを入れる。


『ン゛モ゛ォォォォォ゛…………!?』


「あぁ、やっぱこんなもんじゃ死んではくれねぇか……。じゃあこれならどうだ……!?」


 俺は次にミノタウロスの角をへし折り、奴の右目に突き刺した。

 そして掴まる場所を失った俺は地面へと落下する。最中、ついでにと言わんばかりに奴の身体を何発か殴っておく。



『ンモォ!? ンモォォォォッッ……!!』


「流石に目ん玉は痛かったかよ!? あぁ!?」


 俺は真っ逆さまに落下しながらミノタウロスに向かって叫んだ。そして地に頭を強打する前に宙返りをし、足から着地する。



「うーわ……。俺、宙返りなんか初めてしたわ……。なんかアイドルみてぇ……」


 スキルのおかげで身体能力が向上し、人生初の宙返りの成功に感動していると、片目を失ったミノタウロスは闇雲に拳を振るい始めた。



『ンモォォッッ! ンモゥォォォォッッ!!』


「うるせぇよ馬鹿。痛ぇーんだったら、さっさと消えちまえよ。そっちの方が楽だぜ?」


 俺がそう言うと、先まで闇雲に振るうだけだったミノタウロスの拳は真っ直ぐ俺に向かって飛んで来た。



「ありゃ……今の声で俺の居場所、バレちまったか? ……まぁいいか。無駄にでかいテメェが下に来てくれた方がやりやすいからな」


 そして俺は真っ直ぐに飛んでくるミノタウロスの拳をさらりと躱し、通り過ぎゆく腕を掴み、勢いそのままに下へと引いた。


 するとミノタウロスは、足元にいた俺を殴る為に重心を前方へ傾けていた事も相まって、容易く地面へと前のめりに倒れた。



「あーあ……」


 結果、ミノタウロスの身体に押し潰される形でかなりの数のモンスターが消滅していったが、もう今更そんな事は気にしない。

 

『ンモォォ…………』


 途端に覇気が無くなった声を上げるミノタウロスの顔面に俺はゆっくりと近付く。そして――――

 

「漸く顔面が下に降りてきたな? いいか? パンチってのはな、地に足が着いてる方が威力は上がんだぜ?」


『…………ッッ!』


 再び、今度は地に足をつけた状態でミノタウロスの眼前へと立った俺は拳を引き、腰を捻る。

 そして、今から何が起こるのかを瞬時に理解したのか、ミノタウロスは口を大きく開けていたが、恐怖のあまり声が出せないでいた。


 そして俺は、怯えた目をしたミノタウロスの顔面に向かって、腰を回し拳を叩き込んだ。勿論、手加減などをして仕留め損なうなんて事はあってはならない。つまりは渾身の一撃だ。



『ンモォォォォ………………!!』


「こんだけ人に迷惑をかけたんだ。ちゃんと悔い改めろ? ――――じゃあな……」


 俺の渾身の一撃を食らったミノタウロスの顔面は見事に陥没し、その後消滅した。消え行くミノタウロスの姿を見ながら俺は最後の言葉を掛け、背を向けた。

 


 ――ふぅ……。何とか倒せてよかったぜ……。

 にしても、わかっちゃいたけどあの独身女にことさら強調して"ゴミみたいな数値"とか言われたら、自信無くしちまうな……。

 

 まぁイレギュラーでもねぇ、ただの・・・ミノタウロスを倒すのにこんなに時間を掛けてるようじゃ、俺の力量なんてたかが知れてんな。

 やっぱ四天王の奴らなら、こんなもんはあっという間に倒しちまうんだろうか?

 だとしたらやっぱ適わねぇわ。



 などと、消滅したミノタウロスから発現した魔石を回収し物思いにふけっていると、背後にいた無数のモンスター達が何も無かったかのように四方へと散って行った。



「おじさん……!!」


 そして、そんな戦意を喪失したモンスター達をかき分けて、愛華が嬉々とした表情で駆け寄って来た。


「おぉ、愛華。悪ぃな、時間かけちまって――――って、おわっ!?」


 俺がそんな言葉を返すと、愛華は俺の首に手を回し、またしても抱きついて来た。というより、今回のコレは最早飛び付いてきたと言った方が正しいかもしれない。



「流石はおじさん! ミノタウロスを倒しちゃうなんて! カッコイイ!」


「ちょ……おまっ、首がいてぇって……! それにミノタウロスくれぇ、四天王の奴らだって倒せんだろ……!」


 俺が何を言おうと愛華は聞こえていないのか、とても嬉しそうにはしゃいでいた。何がそんなに嬉しいのだろうか。



「おじさん……! おじさん……!」


「わ、わーったから、とりあえず離れろよ……! 首が折れるわ……! あとテメェは語彙力をどっかに捨ててきたのか!?」


「むっ……。わかったわ……」


 俺がそう言うと、先まではしゃぎ回っていた愛華は途端にシュンとして俺から離れた。



「で? これでスタンピードは収まったのかよ?」


「一応はね。またいつ起きてもおかしくない状況だけど、ひとまずモンスターの群れは四天王と私で粗方倒したし、残りは散って行ったから問題ないと思うわ」


 痛む首を押えながら俺は愛華に当該のスタンピードについて問うた。すると愛華はいつものツンとした表情に戻り淡々と答えた。



「そうか。ならもう帰っていいか?」


「まだ駄目よ。スタンピードを終わらせたって事をギルドに報告しないといけないわ」


 俺はとにかく早く帰りたくて仕方がなかった。まぁその前にまず何か食いたいのだが。


 しかし、どうやら事の顛末をギルドに報告しないといけないらしく、愛華は帰ろうとする俺の足を止める。



「あぁ……? ンなもん四天王とやらに任せておいたらいいじゃねーか」


「――――まぁ確かに……。私達が収めたって言うより、四天王が言った方が早いし上層部も信じそうね。それは凄く腹立たしい事だけど……」


 俺の言葉を受け、愛華は階段付近で座り込んでいる四天王の方へ目をやった。そして暫く考えてからそう言うと、不服そうな表情を浮かべる。



「まぁいいじゃねーか。映像は撮れてんだろ? もしまた何か言われたらソレを見せりゃあいいだけだ」


「それもそうね。じゃあ私達は帰りましょうか」


 頬を膨らませ不満気な様子の愛華に俺はそう言うと、頭上に飛んでいたドローンを指さした。

 すると愛華もそれで納得したのか、ドローンを回収して懐に仕舞った。



「ん……? あのドローンもテメェのじゃねーのか?」


「えっ? ……いや、違うわ。そもそも私は一つしか持ってきてないし多分他の誰かのだと思うけど、誰のかな……? ずっと戦ってたし、未だ回収されていないから四天王の物ではないし……。だとしたら一体誰が……?」


 愛華のドローンとは別に、未だ空中を飛び回るドローンを指さし俺はそう尋ねた。しかしそれは愛華のものではなく他の誰かのものだという。

 

「じゃあ途中でリタイアしていった誰かのもんじゃねーか? 満身創痍で回収すんのも忘れてたんだろ」


「さもありなん……」


 思案顔を続ける愛華に俺はそんな結論を出した。すると愛華はそんないかにも有り得そうな展開を想像したのか、顔を引き攣らせて笑った。

 


「――――なぁ、それより愛華……」


「ん、何?」


「ラーメン食いてぇ」


「知らないわよ」


「奢ってくれ」


「18歳の女の子にたかるおじさんって思ってる以上に見てらんないけど、大丈夫そ?」


「大丈夫だ。ンなプライドは俺が無職だと日本中にバレた時点で崩壊してる」


「…………そう。わかったわ。じゃあ奢ってあげる。行こ!」


 そう言うと愛華は俺に同情したのか、手を引いて帰還用の転移陣へと向かった。そして俺達は漸く地上へ戻り、とてつもなく美味いラーメンを食べてから帰路に着いた。



 ◇



 その頃、ダンジョン内に残っていた四天王達は翔の実力を間近で目にし呆然としていた。



「いやぁ、今日も圧倒的な戦いぶりだったねぇ……」


「ひ、非常識ですわ……! あんなの見せられたら、わたくし達の戦闘がまるでおままごとみたいじゃありませんこと!?」


「強者こそ正義とは言うが、俺はあの人に比べればまだまだ弱者という事か……。ならば鍛錬あるのみ……!」


「いやぁ……こんなに戦った後でまだ鍛錬とか言えちゃうんスか〜? どんだけ真面目なんスかマジで……。私は当分ダンジョンには潜りたくねーっス」


 四天王達は翔の戦いぶりに思い思いの言葉を吐き、暫くその場で項垂れていた。

 その後、ギルド本部へ戻った四人は事の顛末を全て、ありのままに報告した。

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