第22話 翔の処遇


 翔が探索者登録を果たしたその日。突如として渋谷ダンジョン60階層に発生した"スタンピード"は翔と愛華、そして四天王の活躍によって終結した。


 その後、四天王達から報告を受けたギルド本部では、五人の最高責任者による首脳会議が開かれていた。



「あーあー、四天王の奴ら……まるで蚊帳の外やな。この報告書には自分達はモンスターの侵攻を食い止めとったって書いたあるけど、要はそれしか出来んかったわけやろ?」


 調査書に目を通しながら四天王の不甲斐なさを嘆くギルドの会計責任者である難波。


 

「とはいえ、四天王らがそれらの相手をしていなかったら、この男・・・もまたミノタウロスを討伐出来ていなかったかもしれないですしね。まぁ四天王が不甲斐ないのも事実ですが……」


 難波の言葉に対し、此度の一件でも四天王の働きは十分にあったと訴える指南役の古賀。


 

「確かにそうね……。でもミノタウロスといえばS級指定のモンスター。たとえ互いの立場が逆だったとしても、四天王達だけで討伐出来たかしら?」


 古賀の話を受けそれでも尚、四天王の力量が翔には及ばないのではないかと暗に示すギルドの武具開発責任者の白石。

 


「四天王が全員で挑めばギリギリ……といった感じか。まぁS級指定とはそれだけの相手ということだ。なにせ俺が現役の時は『S級指定と出会えば逃げる事だけ考えろ』とよく言われていたくらいだからな」


 S級指定のモンスターがどれ程の脅威か、それを自らの経験を踏まえて話す元探索者という経歴を持つ齋藤。


 

「じゃが、あの男はそれを易々とやってのけた。一体何者なんじゃ……?」


 誰もが迷うこと無く逃げる選択をするS級指定のモンスターを二度も討伐した翔の正体を、ギルドマスターである三井は怪訝な表情で思案する。



「あぁ、それなんだがな、ギルマス。その男……本日付で正式に探索者ギルドへ登録した事が確認された」


「何!? それで!? その男の素性は掴めたのかえ!?」


 齋藤がそう言うと、三井は驚いた様子で彼に詰め寄った。すると齋藤はその圧力に一瞬怯みながらも、翔の情報を話し始める。


 

「……勿論だ。彼の名は一ノ瀬翔29歳。職歴は無く、家族もいないようだ」


 そんな齋藤の言葉にいち早く反応したのは白石だった。


「一ノ瀬……。一ノ瀬といえば、20年・・くらい前に死んだA級探索者も確か同じ名前だったわね?」


 すると白石は一ノ瀬という苗字に覚えがあったのか、思案顔を浮かべる。そして、その正体は20年ほど前に死んだA級探索者と同じだと話した。


「そうですね……。志希しきさん、綺麗な人でした……」


 続けて古賀も口を開いたかと思えば、志希・・という女性の名を口にして思いを馳せ始めた。すると難波も二人を思い出したようでハッとした表情を見せる。


 

「せやせや! 夫婦揃ってA級探索者やった一ノ瀬わたると一ノ瀬志希――――かつて世界最強とまで言われとった探索者……! おったなぁ、そんな奴ら!」


「だが、彼らは不慮の事故で――――まさか……! その二人の息子がこの男だというのか……!?」


  難波の言葉を受け、齋藤は信じられないといった様子で目を丸くしていた。

 翔の両親について盛り上がりを見せる四人に対し、ギルドマスターである三井は難しい表情で口を閉ざしていた。


 ◇

 

「今、軽く調べてみたけど彼の住所、一ノ瀬夫婦と同じだわ……」


「ほな確定や……! 一ノ瀬翔は世界最強の探索者"一ノ瀬夫婦"の息子や!!」


「あぁ、志希さん……。どうしてあなたはあんな男と……」


 白石は持参していたパソコンを開き、データベースから三人の登録住所が一致している事を確認した。それを受けた難波は興奮しながらそう叫び、古賀は亡き志希を想い天を仰いだ。


 ――――ドンッ……!

 

 すると今まで口を閉ざしていた三井が、皆を威圧するように机を強く叩いた。



「…………っ!? ど、どうしたんだギルマス……?」


 齋藤は気圧されながらも三井の顔色をうかがった。

 そして三井はようやく重い口を開いた。

 

「その男は一ノ瀬夫婦の息子。それは間違いないのじゃな……?」


「え、えぇ……。探索者データベースを調べれば調べるほど、三人が親子である証拠がどんどん出て来るわ」


「そうか……」

 

 翔がかつて世界最強と言われた探索者夫婦の息子である事が事実だと知った三井は拳を強く握り、俯いた。

 

 

「どないしたんや、ギルマス? さっきから様子がおかしいで?」


 難波は俯く三井の顔を覗き込むようにしてそう尋ねた。そして三井は顔を上げ、真面目な表情で口を開く――――


 

「今回のスタンピード、収めたのは四天王の功績によるものと発表する。一ノ瀬翔の事は一切公表しない。データベースにもこやつの情報を記載するな。よいな?」


「…………!? ちょっと待ってくれ、ギルマス。一ノ瀬翔は世界最強の探索者の息子なんだろう? だったら彼にもその素質があるはず。もしかすると彼は、日本に未だ誕生していない"S級探索者"になれるかもしれない。なのに何故そんな――――」


「――――黙れ……! これは決定事項じゃ……!」


 三井の決定に異を唱えた齋藤。しかし三井はそれを圧力で上から押さえ付けた。

 

 

「あの……理由を聞かせてもらえますか……? 」


 古賀は怪訝な表情で三井に尋ねた。


「……こやつが活躍することにより四天王の立場が揺らぎかねんからじゃ」


「確かに。何度もS級指定を屠る実力があれば、人気も実績も四天王達を優に超えていく事は十分に有り得るわね……」


「なるほど……。今の新人達も皆、四天王の子達を目標に頑張っています。そこが崩壊するのは避けたいですね」


「せやなぁ……。つまり彼がこれ以上に注目を集めることは避けなあかんっちゅうわけか。ほな、あんま金にならんなぁ。もったいなぁ」

 

 三井は低い声でそう答えた。するとその場にいた齋藤以外の三人はすぐさまその言葉の意味を理解し、思い思いに言葉を発した。

 そんな中、齋藤だけは唯一この決定に納得出来ずにいた。

 

「いや、確かにそうかもしれないが、彼が今回残した実績は正しい評価を受けるべき事柄だろう!?」

 

「はぁ……。わからんか? 一ノ瀬翔が目立って生み出す利益より、四天王の地位が崩壊して生む不利益の方がギルドにとっては痛手っちゅうことや」


 齋藤の言葉に難波はため息混じりに経済的な面から理屈を述べた。

 

「結局は金って事か……? 彼は今後、日本を背負う探索者になれるかもしれないのだぞ!?」


「今まで四天王がそれを担ってきた。これからだってそうよ。日本に新たな英雄は必要ないの。四天王がいればね」


「僕は彼がこれ以上に注目を浴び、新人達が彼の戦い方を真似する事を危惧しますね。あんな戦い方、普通の新人がやれば自殺行為ですから……」

 

 齋藤の言葉を受け、白石と古賀までもが異を唱えた。それらは全て翔の実績を正しく評価しないという旨の言葉だった。

 


「わかった……。なら今後、ギルドは彼をどう扱っていくつもりなんだ?」


 齋藤は不満を残しつつも、それを一度飲み込み今後の翔の処遇について問うた。


「普通の探索者と同じじゃ。但し、渋谷には近付けるな」


 齋藤の問いに三井は淡々と答えた。


「…………? 何故渋谷に彼を近付けてはいけないんだ?」


「理由なんていくらでもあるやろ。四天王より目立つ可能性があるからとかな。まぁ他にも挙げるとするなら渋谷ダンジョンは日本で一番探索が進んどる事や。つまりギルマスは四天王の誰かに"完全攻略"させて、日本初のS級探索者を生み出したいっちゅうことや。せやろ、ギルマス?」


 難波はそう言うと三井の方へ目をやった。すると三井は深く頷いた。そしてそれ以上、齋藤が彼らに食い下がることはなかった。



「諸々の対応はお主に任せる。これで会議は終いじゃ」


 ひとしきり話を終えた三井はそう言うと、席を立ち会議室を後にした。齋藤は翔の今後について頭を抱えていた。



「あれだけの実力を持つ者を四天王より目立たせないなんて、どうすればいいんだ……」


「簡単よ。地方のダンジョンへ遠征させればいいのよ」


「せやなぁ。ギルマスはああ言うてたけど、彼の今の人気を使わん手は無いやろ。地方で配信とかさせたらええんちゃうか?」


「その際は彼の戦い方を真似しないよう、視聴者に注意喚起をお願いしますね」


 齋藤がこぼした言葉に対し、部屋に残っていた白石、難波、古賀の三人は自らの主張を投げかけ、三井に続いて部屋を後にしていった。

 


「アイツら……他人事だと思って好き勝手に……。こうなったらあの三人が言ったことを全てやらせてみるか。どうせ俺が一人で決めて何かあれば俺だけの責任になるからな……ふふ」


 誰もいない会議室で齋藤は一人、不敵な笑みを浮かべていた。


「それにしてもあの男が一ノ瀬夫婦の息子だとはなぁ。どおりで強いわけだ。――――そういえば東條さんの報告書……。アレはもしかして本当の事だったりするのか……? だとしたら……まずいな」


 齋藤は椅子の背もたれに寄りかかり、愛華の提出した報告書を思い出す。そしてそれを自分が無かった事にしてしまったことに今更ながら冷や汗を流していた。



 ◇


 会議室を出て自室へと戻った三井は一人、大きな椅子に腰掛け難しい表情を浮かべていた。


「一ノ瀬翔……。まさか奴らの息子だったとはのう……。あの件・・・が明るみに出ればワシの立場も危うい。何としてでも奴が目立たないようにせねばならん……」


 などと呟き、引き出しから一枚の写真を取り出し、それを眺めて始める。その写真に写っていたのは楽しげに笑う若かりし頃の一ノ瀬夫婦と三井の姿だった。



 ◇

 

 それからしばらく。

 齋藤を通じてギルド本部へと話が回った上層部の面々は、すぐさま会見を開き今回の一件の顛末を発表した。


『突如として発生した渋谷ダンジョン60階層でのスタンピードは、四天王の活躍によって終結した』と。


 そして探索者データベースの翔の欄は、名前を空白、実力を鑑みて探索者ランクはC級と記載された。

 

 その翌日。齋藤は翔と愛華を支部へ呼び出した。

 これを機に翔は、三井の思惑とは裏腹に更に注目を集める事になっていく――――



 

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