第20話 本領発揮


 ――――前線の四天王達の奮闘を眺め始めて八時間ほど経過した頃。未だ激しい戦闘が続いていた中、俺は睡魔と死闘を繰り広げていた。



「んあ……。やべぇ、寝るとこだった……」


「寝るとこだったって……。おじさん、普通に寝てたわよ?」


「え、マジか……」

 

「はぁ……。よくこんな状況で寝れるわね? もうそこまで来たら尊敬するわよ……」


「そりゃどうも。てか、スタンピードは? 終わったのか?」


「ん……。自分で確認したら?」

 

 呑気に居眠りをしてしまっていた俺は、呆れ顔で前線を指さす愛華にそう言われ、眠い目を擦りながら戦況を確認する。

 

 どうやら長時間に及ぶ四天王達の奮闘のおかげで、何とかモンスターの進軍を階段の手前で食い止められてはいるようだ。だが、肝心の指揮官であるミノタウロスには一切攻撃を与えられていないのが現状だった。


 

「まだやってんのかよ……」

 

「寝てただけのくせによく言うわね……。それより、四天王達はモンスターの群れを上層へ向かわせないようにするだけで手一杯みたいだし、他の探索者達は早々に離脱しちゃって残ってるのは私達だけみたいよ?」


「へぇ〜……。ったく、何やってんだか……。半額弁当が聞いて呆れるぜ」


「四天王……ね。でもこのままじゃ四天王達もいずれは体力が尽きてジリ貧よ。――――ねぇ、おじさん。やっぱり私達も戦わない?」


 冷静に状況を把握していた愛華は、再度俺に戦うよう提案した。俺は暫くの葛藤の末、溜め息をつきながら口を開く。

 


「はぁ……。わーったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ……」


「さっすがおじさん! じゃあ早速――――」


「――――ちょっと待て。ところで愛華。今何時だ?」


 俺が参戦を渋々承諾すると、愛華は嬉々とした表情で俺を見つめた。余程戦いたかったのだろう。

 だが、俺にはまだ戦えない理由があった。だから一度、愛華を制止した。



「何よもう、盛り下がるわね……。えっと、今は23時50分…………ってもうこんな時間!? 夕方にダンジョンへ入ったとはいえ、戦場を見つめるだけで八時間も過ぎちゃったの!?」


「そうか……。なら、あと10分待ってくれ」


「は……? 何でよ? それと、八時間も寝てしまっていた事に何か言うことはないわけ?」


「あ? まぁ八時間も寝りゃあ流石に目覚めもいいな」


「そうじゃなくって……!!」


 愛華は意外にも時間が経過している事に驚いていた様子だったが、対して俺は睡眠をバッチリ出来たおかげで視界は良好。何やら愛華はキャンキャンと小型犬さながらに吠えているが、俺は気にせず思案を始めた。



 ――あと10分で今日のサイコロはリセットか。

 なら、明日のサイコロに賭けてみっか。

 

 出現タイミングはランダムみてぇだけど、今までの経験上、パチンコで負けが込んでる時とかダンジョンにいる時によく出現していたよな。

 つまり、俺が欲した時・・・・・・に現れることが多い気がする。

 ただの偶然かもしれねぇけど、まぁこれも賭けだな……。



「――――るかるかは嫌いじゃねぇ。寧ろ得意だ。伊達に長いことパチプロやってねぇぜ?」


「はい……?」


 俺の独り言を聞いていた愛華は怪訝な表情を浮かべる。するとそこへ、いサイコロが三つ出現した。どうやらあれこれ考えているうちに10分が経過したようだ。因みに書かれていた文字は"パワー"、"スピード"、"ディフェンス"だった。

 


 ――よし……ひとまずサイコロの数と倍加するステータスの種類についての賭けには勝ったみてぇだな。

 あとはこの色……。赤ってどうなんだ?

 パチンコだと金の次にアツい色ではあるけど、これもそうなのか?

 なら、それに期待して……。


「でも赤は割と外れるんだよなァ……」


「…………?」


 サイコロが出現した事で俺は完全に自分の世界に入っていた。愛華は戸惑っている様子で俺をじっと見つめている。そして俺は三つのサイコロを振る――――



「――――Pが5、Sが5、Dが3かァ……。まぁまぁ当たりなんじゃねーの? とりあえず下振れなくてよかったぜぇ……」


 俺が割といい賽の目が出た事に安堵していると、たちまちサイコロは消滅した。そしてそれを見ていた愛華が漸く口を開く。



「ねぇ……おじさん。今の何?」


「あ……? あれは俺のスキルだ。まぁ運試しみてぇなもんだから気にすんな」


「そ、そう……? それより戦況がかなり悪いみたい……。早く行かないと手遅れに――――」


「――――あぁ。任せろ。漸く本領発揮だ……!」


 俺はそう言うと一目散にミノタウロスへ向かって駆け出した。



「何よ、急に張り切っちゃって……。まぁいいわ。さてと……。どこまでやれるかわからないけど、私は四天王の手伝いに行こうかな……!」


 俺の出発から遅れること数秒。愛華は独り言を呟いて四天王達の元へと向かった。



 ◇



 そして全速力で駆け出した俺は、あっという間にトップスピードまで持っていきミノタウロスとの距離を詰める。

 その間、スキルの影響か、加速した思考の中で俺がやるべき事を整理した。


 ――四天王はモンスターが上層へ行かねぇように食い止める事に手一杯。

 対してモンスター側は親玉を倒さねーと、無限に増え続ける。

 愛華が言ってたようにあのミノタウロスが、前に倒したゴブリンと同等の強さだってんなら、四天王でも余裕で倒せんだろうけど、今はそれをしてる暇がねぇ。

 要は人手不足ってわけだ。


 つまり、俺がやるべき事はただ一つ。

 四天王が雑魚共を食い止めてるうちに、さっさとミノタウロスを倒しちまうって事だよな。



「よし。そうと決まればさっさと片付けるかァ……! ――――にしても、雑魚の数が多いな……。流石に邪魔だわ」


 俺は駆け出した地点からミノタウロスまでの距離を一直線に進んでいた。だが、ミノタウロスに近付くにつれモンスターの数が増え始める。そのあまりの多さに俺は苛立ちを募らせる。



「あぁ、もう……鬱陶しいなァ……!! どけよ、オラァッ……!!」


 俺はそう叫びながら目の前にいる無数のモンスターを、腕を振りながら散らしていく。何度かモンスターに触れたりもしたが、気にせず目標に向かって猛進を続ける。そして遂に、ミノタウロスの前に辿り着いた俺は、勢いよく飛び上がり奴の角を掴んだ。



「よォ……ミノタウロス。えらく派手にやってんじゃねーか」


『ン゛モ゛ォォォォ……!!』


 俺の動きと声に反応し、ミノタウロスは大きな唸り声を上げた。



 ◇



 一方、四天王の元へと向かった愛華は既に彼らの元へ辿り着いていた。


「お待たせしました。色々あって遅くなっちゃったけど、手伝いに来ました」


「き、君は……!」


 愛華の声にいち早く反応し声を発したのは炎帝こと周防誠一だった。


「お久しぶりです炎帝。私にどこまでやれるかわかりませんが、精一杯頑張ります」


「どこの誰だかわかんないけど、助かるっス〜!」

 

「わ、私は別に助けなんて必要としていませんけど……? あなたがどうしてもと言うなら助けてくれても構いませんことよ……!?」


 愛華の登場に周防に遅れながらも口を開く東雲唯と龍崎玲奈。するとそのすぐ後に、大門治五郎も口を開く。



「龍崎よ。お主は素直に礼も言えんのか。――――ありがとう。正直俺達だけでは限界だった。そしてすまないが、ミノタウロスを討伐するまでの間だけでも手を貸して欲しい」


 高飛車な態度で話す龍崎を軽く叱った大門は、愛華に向かって礼を言い頭を下げた。



「大丈夫ですよ。……と言っても、ミノタウロスはすぐに倒されると思いますが」


「ん……? どういう意味かな……?」


 愛華の言葉を受け大門は怪訝な表情を浮かべる。話を聞いていた東雲と龍崎もポカンとしていた。その中で唯一、愛華の言葉の意味を理解していた男がいた。


「そうか……そういうことだね。理解したよ。あの人・・・が来たんだね……?」


「「「あの人……?」」」


 全てを理解した周防の言葉を聞いてもなお、疑問符を浮かべる三人。しかし愛華はそれに構わず話を続けた。

 


「そうです。噂の"スウェットおじさん"、いよいよ本領発揮ですっ……!」


「「「…………っ!?」」」


 愛華は目を輝かせて翔がいるミノタウロスの方を見つめ指をさした。それを受け、東雲、大門、龍崎の三人は驚いた表情を見せた。そして周防は軽く笑みをこぼして口を開く。



「ふっ……。そうか。なら、僕らの出る幕はもう無いね」


「いえ、私達はこのモンスターの群れを少しでも減らさないとですよ」


「確かにそうだ。あのミノタウロスはそのおじさんとやらに任せて、俺達は目の前の敵を殲滅するぞ」


「仕方ないですわね……! あともう少しだけ、頑張ってあげてもよろしくってよ!」


「よーしっ! 今日は帰って祝杯っスー!」


「「「「そういうのやめろ!!!」」」」


「う、ウッス……」


 満身創痍だった四天王の元へ突然現れた愛華。そして長時間続いた激闘の末、漸く見えた希望の光に彼らの気力は少しだけ持ち直した。


 刹那――――ミノタウロスによる大きな唸り声が木霊する。それは翔が戦闘を開始した証だった。

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