第17話 能力測定


 探索者としての登録が終わり、次に俺は能力測定とやらを受ける事となった。

 別室へと案内されると、そこには妖艶な雰囲気を醸し出す眼鏡の女性が不敵な笑みを浮かべて手招きをしていた。


 

「ワタシはぁ、三所みどころ梨子りこっていうの〜。よろしくねぇ〜ん……んふっ」


「あ、あぁ……よろしく。で、能力測定って何をすんだ?」


「何もしないわぁん。見るだけよ〜? んッふふ……。それにしてもその反応、ウブねぇ……」


「……ンだそれ!? あ、あとそのエロい話し方、やめてくんねーか? 何か背中あたりがむず痒くてしょーがねぇ……」


 俺がそう言うと、三所の顔は段々と真顔になり、遂には舌打ちまでし始めた。



「チッ……。何よ、こっちがせっかく誘ってんのに。そんなんだからアンタ、童貞・・なのよ……!」


「なっ……!? お、俺は童貞じゃねぇ! てか何で知ってんだよ!?」


「否定してすぐに認めてるじゃない……。29にもなって童貞とか、魔法使いにでもなるつもりなのかしら? それに私に嘘をついても無駄よ? 私には全て見えてる・・・・から」


 俺の事を童貞だと見破った三所はスっと眼鏡を外し、俺をまじまじと観察し始めた。



「な、何だよ……?」


「静かにして。今計測中だから……」


 三所はそう言うと、俺の身体をまじまじと見ながらパソコンのキーボードをノールックで弾き始めた。

 何やら数字を打ち込んでいるようだ。



「ふぅ……。終わったわ」


「は……もう? てか、何が!?」


「あなたのステータスよ。私は見るだけでその人のステータスが数値としてわかる【鑑定眼】を持ってるの」


「へぇ……。で? 俺のステータスとやらはどんなもんなんだ?」


 三所のスキルは【鑑定眼】というものらしく、先程パソコンに打ち込んでいた数字は俺のステータスという事のようだ。

 俺が自らのステータスを尋ねると、三所はパソコンの画面を見ながら口を開いた。



「そうね。まず基本的な数値からいきましょうか。パワー10、スピード10、ディフェンス10、ヒーリング10、ラック1……。はぁ……軒並みゴミみたいな数値ね」


「っ……!?」


 パソコンの画面を見つめ眉間に皺を寄せる三所は、とても失礼な事を言い放つ。俺は受け入れ難い現実に声が出なかった。



「よく今まで生きてこられたわねぇ。探索者じゃなくても、ここまで低い数値は見た事がないわ。しかもラック1って……。あなた、ツイてないってよく言われない?」


「い、言われる……」


「よねぇ……。これはさすがに同情するわ……。まぁそれもこれも全て、この"倍加スキル"の効果を見れば納得なんだけどね」


 三所は俺のステータスの低さや不運に同情し、その後、気になる言葉を口にした。


 ――俺のスキルの効果……。

 俺のツキの無さとか、ダンジョンで発揮したこれまでに無いスピードとパワーとかで薄々気付いてはいたが、さっきのステータスの説明でハッキリわかったぜ。


 俺のサイコロは出た目によってステータスを倍加させるみたいだ。まぁ倍率はわからねぇが……。

 そんでもって、サイコロに書かれたPとかSの文字はパチンコとかスロットって意味じゃねぇ。

 各ステータスの頭文字だ……!



「つまり俺はスキルの効果によって、多少人並みぐらいには動ける様になってたっつうわけだな?」


「まぁ出た目によるけどねぇ。実際、今活躍してる探索者達のステータスはトップで500程度。平均なら300ってとこじゃないかしら? それも突出した数値だけを見ればの話ね。全数値の平均を取れば、せいぜい100くらいかしらねぇ」


 俺の問いに三所は椅子にもたれかかって答える。淡々と説明を続ける彼女の表情は冷めきっており、俺のスキルはやはり大したものではない事がうかがえる。



 ――つまり俺が6の目を出しゃあ、ステータスは6倍。数値は60になるっつうわけだな。

 まぁこれなら人並みって言ってもいいレベルだよな。



「そうか。色々と教えてくれてサンキューな」


「それが私の仕事だからねぇ。それよりあなたのスキルについて、ちゃんと説明しておくわね?」


「あぁ、そうだな。頼む」


 俺が礼を言うと三所はパソコンの画面をトントンと叩いた。どうやら探索者たるもの、スキルの事はしっかりと理解しておくべきらしい。

 俺が首を縦に振ると、三所は俺のスキルの説明を始めた。



「あなたのスキルは【ランダムダイス】。出た目によってステータスの数値が倍加するというものよ。出現回数は一日一回。出現タイミングと個数、倍加するステータスとその倍率は完全にランダムみたいね」


 ――へぇ……ランダムダイス。

 なんか、カッケェな……。

 てか、やっぱその辺は全部ランダムだったんだな。


 

「そうか。それよか、サイコロの色については何か見えなかったか?」


「色……? 色については特に何も見えなかったわよ?」


 サイコロの色について尋ねると、三所は怪訝な表情を浮かべる。どうやら色についての情報は無かったみたいだ。


 ――ならあん時に出た金のサイコロは一体何だったんだ……?

 デカい目が出る演出みたいなもんか?

 


「んー、そうか……。いや、たまーにだけどよ。金色のサイコロが出た事があったんだ。何か意味あんのかなと思ってよ?」


「うーん……。どうなのかしら……。ただの気分なんじゃない?」


「気分て……。ンじゃ、まぁそう思う事にするわ。どうせ考えてもわかんねーし」


 俺が真剣に質問をしているというのに、この三所という女は適当な答えを口にした。


 ――まぁどの道、コイツにわかんねーんじゃ俺がいくら考えても無駄だわな。

 これまで通り、デカい目が出る演出くらいに思っておくか。


 

「……はい。これで測定は終わりよ。――――帰って」


 スキルの説明を終えると三所は急に冷たい表情に変わり、顎で出口の方を指し示した。俺は戸惑いつつも口を開く。

 


「は……? いきなりだな、おい?」


「早く帰って。私の誘いに乗らない男は消えてちょうだい」


 俺が戸惑っていると、三所は物凄く身勝手な理由で部屋から追い出そうとして来る。


「おいおいめちゃくちゃだなぁ? そんなんじゃ、いつまで経っても独身だぜ?」


「アンタに言われたくないわよ!? 三十路童貞!!」


 俺はつい感情に任せて余計な事を口走ってしまう。そして、火に油を注がれた三所は俺が言われたくない言葉No.1のセリフを言い放つ。

 


「……っ!! ざけんなっ!! 俺はまだ29だ……!」


「一緒よ……! ほら、さっさと出て行って!」


 その後も必死に反論したが三所の怒りは収まらず、そのまま俺は押し出されるように部屋を後にした。


 ◇



「ンだよ、あの女……。俺はまだ29だっての。童貞なのもまだ俺が本気を出してねぇーだけだっつうの……! ――――っ!!」


 俺は独り言を呟きながら廊下の壁を蹴飛ばした。

 今日のサイコロは白でLの文字、出目は3。運気が少し上がっただけでパワーやディフェンスはそのままだったからか、壁を蹴りつけた足は物凄く痛かった。


 俺が一人で悶絶していると、スタスタと足音を立てて愛華が近付いて来た。



「どうだった、おじさん? 凄い数値が出たんじゃない?」


「んあ……? いや、平均以下のゴミみたいな数値だとよ……」


「えっ……!?」


 愛華の問いに俺は足を撫でながら答えた。すると愛華は驚いた様子で声を漏らした。


「何だよ……? 嘘なんてついちゃいねーぞ? 何だったらこん中にいる独身・・さんに聞きに行くか?」


 愛華の様子を見て、俺は背後にある測定室を指さした。すると中から扉をドンッと叩く音が聞こえた。どうやらお怒りのご様子だ。



「い、いや……いいわ。測定が終わったのならひとまずこれで登録は完了よ」


「……? 聞かなくていいのか? なら今日はもう帰っていいよな?」


「何言ってんの! せっかく探索者になったんだから、早速今日からダンジョンに潜るわよ!」


「…………断る!!」


 俺は愛華の誘いを丁重にお断りし、その場を後にしようとする。すると愛華は何かを叫びながら俺の後を追って来ていたが、俺は耳を塞いだ。



 ――――刹那。探索者ギルド本部内に『Wooooo!』と警報音が鳴り響く。



「な、何だ!?」


「これは緊急時に鳴らされる警報よ。近くのダンジョンで何か問題が発生したみたいね……」


 俺は突然の警報に戸惑いを隠せないでいた。すると愛華は冷静に虚空を見つめ、俺に警報の意味を説明した。

 そして大きな警報が鳴り止んだ後、女性職員の声でアナウンスが流れ始める。

 

『渋谷ダンジョン60階層にて"スタンピード"の発生を確認――――』


 ――どうやら探索者としての初仕事のようだ。

 嫌だ。帰りたい。

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