第18話 緊急司令


 俺の探索者登録が全て完了した直後。ギルド本部内に大きな警報が鳴り響いた。その後、女性職員によるアナウンスが流れる。



『――――渋谷ダンジョン60階層にて"スタンピード"の発生を確認。ギルドはこれに対し、早急に対処の必要有りと判断。本部内にいる探索者は直ちに渋谷ダンジョンへと向かって下さい。これは"緊急司令"です。繰り返します…………』



 そして、アナウンスが終わると本部内は途端に慌ただしくなり始める。

 各々、装備を整えた探索者達は次々と本部を後にし、渋谷ダンジョンに向けて出発していく。

 そんな中。俺は一人、その場に立ち尽くし呆然としていた。



 ――おいおい、マジかよ……。

 探索者登録して早速緊急司令とか、どんだけ俺ツイてねーんだよ?

 しかも今日はパワーとかスピードのサイコロは出てねーし、ゴミ以下の数値だぜ?

 そんな俺が出張でばってどうなる?

 ただ死にに行くようなもんだろ?

 なら俺は行かねぇ。死ぬのなんてまっぴらごめんだ。



「――――おじさん……! おじさんってば……!!」


 そんな事を考え込んでいると、愛華は顔を近付けて俺を呼んだ。



「んあ……? 何だよ?」


「何だよじゃないでしょ!? 緊急司令よ! 私達も早く向かうわよ!」


 何かに取り憑かれたように真剣な顔で俺を見つめる愛華。しかし俺にそんな気はさらさら無かった。



「はぁ? 何でだよ? 俺なんかが行っても足手まといになるだけだ。やめとけ」


「やめとけって……。それ、別の誰かが言うやつでしょ? 自分で言う人初めて見たわよ……」


 俺がそう言うと愛華は呆れた表情を浮かべる。

 そんな事をしていると、本部内に再度アナウンスが流れ始めた。


 

『ピンポンパンポン……。――――えぇ……ワシじゃ』

 

「誰だよ!?」


 アナウンスの声はやけに掠れており年老いた男性のもののようだった。そしてその第一声に俺は思わずツッコミを入れてしまう。



「誰って……バカ!! この声はギルマス! 日本探索者ギルドで一番偉い人よ! 知らないの!?」


 ギルマスとはギルドマスターの意。愛華の様子から察するに、今の俺のようにツッコミを入れる事すら憚られる程に偉い人なんだろう。

 


「ンなもん知るわけねーだろ。なんたって俺は今日探索者になったんだからよ?」


「はぁ……。それもそうね……。もう何でもいいわ……」


 俺の返した言葉に呆れてしまったのか、愛華は頭を抱えて項垂れた。そして例のお爺による第二声が発せられる。


 

『えぇ……。諸君。渋谷に住む者達、ひいては日本に住む者達を守る為、全力を尽くしてくれ。ワシは皆が無事に帰って来る事を祈っておる――――』



 お爺による演説が終わると、本部内に残っていた探索者達はその言葉に感動し、中には涙を流している者もいた。



「さすがはギルマス……。渋谷の人達だけじゃなくて、日本中の人達の事も気にかけているなんて。素晴らしい正義感だわ……!」


「はぁ? 馬鹿なのかテメェは? なんか泣いてる奴もいるし、探索者ってのは洗脳でもされてんのか?」


「……っ! どういう意味よ!?」


 例に漏れずギルマスの言葉に感動している愛華に対し、俺は思った事をそのまま口にした。

 すると愛華は鬼の形相で俺を睨み付ける。愛華のこんな顔を見たのは初めて会った時以来の事だった。


 

「いや、テメェら探索者が死地に向かってるっつうのに、こうやって言ってるジジィはどうせ自室でボケーッとしてるだけなんだろうなと思ってよ?」


 俺がそう言うと愛華は目線を逸らし、気まずそうに口を開いた。

 

「ま、まぁそれは否めないけど……」


「否めねーのかよ……。まぁ上層部が腐ってんのなんてごく普通の事だろ。どんな組織であれ、上にいる奴らってのは偉そうに指示を出すだけで、自分は何もしねぇ奴らばっかだからな。ンなもん今時、子供でも知ってらァ」


「――――と、無職のおじさんが申しております」


「なっ……!? うっせぇわ馬鹿……!!」


 俺の言葉を受け、愛華は呆れ返った口調でそう言った。俺は何とか反論しようと試みたが、俺が無職であることは事実ということもあり、そんな子供じみた言葉しか出て来なかった。


 

「はぁ……。そんな事言って……。おじさんはただ、働きたくないだけでしょ?」


「うっ…………」


 すると愛華はため息混じりに痛い所を突いて来た。図星過ぎてぐうの音も出ない。



「やっぱりね……。探索者登録をしたからっておじさんのニート根性は変わらないのね」

 

「うっせぇっての! ……まぁそれはそれとして――――」


「――――お……? もしかしてダンジョンへ行く気になった!?」


 俺がそう言いかけると、愛華は途端に目を輝かせて俺を見つめた。しかし俺はそんな愛華の期待を裏切る言葉を口にしてしまう。



「……いや。もう帰っていいかなと思ってな」


「何でよ!? それと何でこの状況で『別にいいだろ?』みたいな顔が出来るのよ!?」


 愛華にツッコミを入れられた俺は、どうやらそんな顔をしていたらしい。まぁ実際にそう思っていたわけだし、表情に出ていても何ら不思議ではない。


 

「え、駄目なのか?」


「普通に考えて駄目でしょ……」


「拒否権は?」


「無いわ。緊急司令を受けるのは探索者の義務よ」


「ンだよそれ……。ブラック企業じゃねーか……」


 俺の問いに淡々と答える愛華。そして俺は探索者という職業の黒い部分をさも当然かのように突き付けられ絶望し、項垂れた。


 

「――――はい、だからもう諦めて! 早く行くわよ!」


「えぇ〜……」


 そして愛華は項垂れる俺の手を引き、前回と同じ様に強引に渋谷ダンジョンへと連れて行った。



 ◇



 俺達は渋谷ダンジョンへと到着すると、入口付近にある転移陣の前に立った。



「あ……? 転移陣だァ……?」


「そうよ。これに乗れば一瞬で60階層へ到達出来るわ」


「何!? 前はンなもん無かったじゃねぇか!」


「こういう緊急時はギルドから支給されるのよ。目的地までの転移陣と帰還用の二つをね」


 俺がその転移陣について疑問を抱いていると、愛華は丁寧に説明してくれた。まるでゲームの序盤に登場する案内役のようだ。



「でもよ、俺達はンなもん貰ってねーぞ?」


「そりゃそうでしょ。私達に渡したところで60階層まで辿り着く保証が無いじゃない。こういうのは最速で、しかも確実に目的地に到着出来る人に支給されるのよ。まぁ日本で言ったら"四天王"と呼ばれるA級探索者達とかね」


 愛華の言う事はもっともだった。確かに後続の為には確実に転移陣を設置出来る人間に持たせるのが合理的だ。その証拠に、転移陣を使って60階層へ向かった探索者達が、傷だらけの状態で次々と地上へ帰還している姿も見られた。


 

「へぇ……。んじゃまぁ、そいつらのおかげで今日は楽して60階層まで行けるっつうわけだな」


「そうよ――――ってか、おじさん……四天王に興味を示さないのね?」

 

 愛華は四天王という言葉を例として挙げたが、さほど探索者という職業に興味が無い俺にとっては、どうでもいい事柄だった。

 しかし、俺があえてスルーした事が気になったのか、愛華は直接的な問いを俺に投げ掛けた。



「四天王だか半額弁当だか何だか知らねーけどよ、別にそこを目指してる訳でもねーし肩書きなんざ、死ぬ程どうでもいいぜ」


「――――そう。流石は"スウェットおじさん"ね……ぷっ」


「誰がスウェットおじさんだコラっ!? 俺はまだ29だって言ってんだろ!?」


「はいはい……さっさと行くわよ、おじさん」


「テメェ……ふざけやがって……。言うならスウェットだけにしとけよ」


 そして半笑いで俺を馬鹿にした愛華はそう言うと、再度俺の手を引き転移陣へと飛び乗り、俺は目を閉じた。



 ◇


 

「着いたわ。ここが60階層、そしてアレが例の"スタンピード"ね……」


「マジかよ、こりゃえげつねぇな……」



 俺が再び目を開くと、そこはもう60階層だった。そして到達するやいなや、俺達の目に飛び込んで来たのは、前線で戦う探索者が数名と――――とんでもない数で上層への階段を目指しながら暴れるモンスターの大群だった。


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