第16話 探索者登録
「翔くーん!? いつまで寝てるのー?」
山本さんの声で俺は目を覚ます。誰かに起こされるのはかなり久々の事だった。
「ん……? 何だァ……? もう朝かよ?」
「朝って、翔くん……もう昼過ぎよ……?」
「あ、マジか……。そんなに寝てたのか……はぁーあ。ねみぃ……」
山本さんに起こされ、俺は軽く身体を伸ばし大きな欠伸をする。そして眠い目をこすり顔を上げると、そこには愛華が腕を組んで立っていた。
「あ……!? 何でテメェがここにいやがんだ!?」
「何でって、話があるからに決まってるじゃない! それよりおじさん、こんな時間まで寝てるなんて随分とお気楽なものね?」
俺が驚きのあまり声を荒らげると、愛華は変わらない態度で嫌味を口にした。
「ったく……相変わらずテメェは口が減らねぇガキだな。で? 今日は何の用だよ?」
「さっき、昨日の事をギルドに報告しに行ったのよ」
「へぇ……?」
布団の上であぐらをかいて座る俺は、用件を愛華に尋ねた。すると愛華は順を追って説明を始めた。
「――――とまぁ、こんな感じで全く相手にされなかったのよね。全部嘘だって事にされちゃったの」
話を聞くに、どうやらギルドの奴に昨日の事を信じてもらえなかったようだ。だから愛華は今、こんなにもご機嫌ななめらしい。
「へぇ、そうなのか。で? それを話して俺に何をしろってんだ?」
「決まってるじゃない! もう一度ダンジョンに潜って、あのイレギュラーって奴を動画に収めるのよ! それをあの偉そうなおっさんに叩き付けて、今度こそ信じさせてやるんだから!」
怒り心頭といった様子でプリプリしている愛華は、虚空を見つめて固い決意を口にした。
「ふーん。へぇー。まぁ好きにすりゃあいいじゃねーか? 俺には関係の無い話だろ?」
「関係あるわよ! おじさんにもついて来てもらうんだからね!?」
そして、怒り狂った愛華はそのままの勢いで聞き捨てならない言葉を吐いた。
――俺もダンジョンへついて行くだと……?
またあのイレギュラーとやり合えってのか?
「はぁ!? 嫌に決まってんだろ! 昨日死にかけたのを忘れたのか!?」
「じゃあおじさんは、私が一人でダンジョンへ行って、死んでもいいって言うんだ……!?」
「は、はぁ……? そ、そこまでの事は言ってねーだろ……」
勢い良く反論した俺だったが、愛華の言葉を受け、途端に歯切れが悪くなる。するとそこへ黙っていた山本さんがおもむろに口を挟んだ。
「酷い話ね。その上司、上に立つ人間の器じゃないわね」
「ですよね!? 部下である私がこんなに頑張って報告書を纏めて来たっていうのに、それを読んで"三流小説"なんて言うんですよ!? 酷いですよね!?」
「有り得ないわ。私がその男の頭を引っぱたいてやりたいくらいよ」
唐突に口を挟んだ山本さんに愛華は更にヒートアップ。この後数分間、止まらない愚痴を永遠と聞く羽目になった。
「はぁ……はぁ……。どう……? ここまで聞いたら、流石のおじさんでも、協力してくれる気になった?」
無我夢中で愚痴を吐き続けた愛華は、息絶え絶えに俺の方へと向き直りそう言った。
「あぁ。テメェが言いてぇ事はよーくわかった。つまり、そのおっさんをギャフンと言わせてぇって事だろ?」
「翔くん……ちゃんと話聞いてた? 愛華ちゃんは、その上司に怒っている以上に、この渋谷に住む私達の身を案じてくれているのよ?」
「わーってるよ、山本さん。だけどよ、このまま一般人の俺がダンジョンに何度も潜っていいもんなのか? 本来は規定とかあんじゃねーの? 知らねーけど」
「そう言うと思って――――はい、これ!」
俺がそう言うと愛華は俺の前に一枚の紙を出してきた。
「あ? 何だこれ……?」
「探索者ギルドの登録用紙。これに必要事項を書いて、写真を貼り付けてギルドに提出すれば、晴れておじさんも探索者。堂々とダンジョンへ潜る事が出来るわ!」
「は!? いや……俺、探索者になるなんて一言も――――」
「――――いいじゃない、登録しなさいな! あんた、このまま一生私の店で暮らすつもりかい?」
愛華はそう言うと鞄からペンを取り出し、登録の準備を始めた。俺は反論を試みるも、山本さんの言葉を受け、全てを悟った。
「はぁ……。わーったよ。登録すりゃあいいんだろ……。だが、俺は探索者なんてやんねーぞ? この件が片付いたらテメェともおさらばだ。いいな?」
「はいはい、わかったから早く書いてー!」
「うっ、うぅ……。翔くんもとうとう無職じゃなくなるのねぇ……」
俺はため息混じりに登録用紙に必要事項を書き始める。愛華は何故か嬉しそうだ。山本さんは涙を流している。どいつもこいつも他人事だと思って好き勝手言いやがる。
「ほれ、書けたぞ。これでいいか?」
「うーん……OK! あとはこの写真を貼り付けてー、完璧ね!」
俺は書き終わった登録用紙を愛華に手渡した。すると愛華はどこからか俺の写真を取り出すと、それに貼り付けた。その写真に写る俺の顔は何かに怒鳴りつけているような表情をしていた。
「…………っ!? テメェいつの間にそんな写真を!?」
「細かい事は気にしないのー! よし! じゃあ早速コレ、提出しに行こ!」
「ちょっと待てよ……。これじゃあ俺、犯罪者みてぇじゃねーか……」
「元々そんなもんでしょ?」
「ちげーわ……!!」
「はいはい。早く行こ!」
「ちょ、おいっ!?」
俺のツッコミは軽く流され、愛華に手を引かれるまま店の外へと連れ出された。店を出る際、後ろを振り向けば、山本さんが涙を拭いたハンカチを揺らしながら、にこやかな笑顔を見せていた。
◇
そして、探索者ギルド本部へとやって来た俺達は正面入口から中へ入った。
「ったく……。マジでこんな所まで来る事になるとはよォ……」
「もう、つべこべ言わないの! ここまで来たんだから諦めなよ!」
「はぁ……。わーってるよ……」
憂鬱だった。ただでさえ、働くというだけでも気が重いのに、その上探索者としてとなると余計にだ。
そして俺は愛華に案内され受付へと向かった。
道中、知らない探索者達が俺の方を見て、ヒソヒソと何かを言って、クスクスと笑っているのが視界に入った。どうやら俺は、良くも悪くも未だ注目の的ということらしい。
「チッ……。また俺の事、馬鹿にしてやがんのか。そんなに俺が探索者になるのがおかしいのかよ?」
「ん……? 何か言った?」
「別に……!」
「そ……? それより着いたわ。ここで受付の人にその紙を渡して来て。私はここで待ってるから」
「……わーったよ」
俺が愚痴をこぼしている間に受付へと到着したらしく、愛華は俺の背中をポンっと押した。
そして俺は受付のお姉さんに申請書を手渡した。
「探索者の登録ですね。手続きしますので暫くお待ち下さい」
「うぃっす……」
俺は軽く頭を下げ後ろへ下がった。
その後待つこと数分。手続きも終わり、俺は晴れて本物の探索者となってしまった。
「終わったぞー。これでいいのかー?」
俺は受け取った探索者証明書を愛華に見せる。
「うん! 完璧ね! ようこそおじさん、探索者の世界へ!」
「ようこそじゃねーわ、ったくよ……。で? もう帰っていいのか?」
「まだよ。次は能力値測定ね」
「はぁ……まだあんのかよ……」
俺は周りの奴らに何か言われているのが息苦しくて堪らなかった。一刻も早くここから出たい。それしか考えられなかった。
そして俺は次に能力値測定とやらを受ける為、別室へと案内される。
◇
「ようこそ、新人。今から君の能力を測るからね。痛くしないから安心していいわよ?」
部屋へ入ると、やけに妖艶な雰囲気を漂わせる眼鏡をかけた女性が待ち構えていた。
そして遂に、謎に包まれた俺の能力が明かされる事となる。
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