第14話 愛華から見えたもの


 私の名前は東條愛華。ごく普通の家に生まれて、平凡な毎日を送っていた。

 そんなある時。ダンジョンから外へ飛び出したモンスターが私を襲った。


 武器どころかスキルさえも発現していなかった私は、為す術なく死を覚悟した。刹那。



「おいガキー。ンなとこいたら危ねぇぞ?」


 知らないおじさんが私を助けてくれた。荒っぽい口調でそう言ったおじさんは、数匹のモンスターを容易く倒すと何も言わずにその場を去ってしまった。



「ありがとうって言えなかった……」


 私はお礼すら言えないまま、暫くその場にへたり込んでいた。

 その後、念の為病院で検査を受けてから家に帰った私は、急いで親のパソコンを開き、ダンジョンやおじさんについて調べ始めた。



「へぇ……探索者って職業があるのね。ん……? 探索者データベース?」


 調べていくうちに探索者ギルドのホームページへと辿り着いた私は、探索者データベースを見付けた。そこには探索者の名前と顔写真が一覧で表示されていて、私は先のおじさんを懸命に探した。


「…………っ! あった……。一ノ瀬わたる……。A級探索者なんだ……」


 私は窮地を救われた事もあり、探索者という職業に、そして一ノ瀬渉という人に強い憧れを抱いた。


「私も……探索者になって、沢山の人を救いたい……! カッコよく皆を守れるヒーローになりたい……!」


 そう決意した――――が、私には探索者になる為の必須条件である"特殊能力スキル"が発現しておらず、そんな大それた夢を持つ資格すら無かった。


 ◇



 しかし、私が15歳になった誕生日。何の因果か、私にスキルが発現した。


「そんなに強くないスキルかもだけど、これで私も探索者になれる……!」


 そう思い至った私はすぐさま探索者ギルドへ登録。

 三年という年月を重ね、低位ではあるものの、ゆっくりマイペースに討伐数を積み上げていった。


 

 それから私は、渋谷ダンジョンを35階層まで攻略、探索者ランクもC級まで上げることが出来た。

 去年から始めたダンジョン配信もそこそこの人が見に来てくれるようになった。

 そんなある時、私は口が悪いおじさんに出会う――――



「おじさん、こんな所で何してんの?」


「あぁ? テメェこそ誰だよ?」


 見た目は汚く、どこからどう見ても無職で底辺なおじさん。かつて私を救ってくれたヒーローとは似ても似つかない最低な男。

 かたや命を懸けて探索者をやっているおじさんと、かたや何の目標もなく、適当に毎日を過ごしているおじさん。この差異に私はとてつもなく不快感を覚えた。


 その後も何かと不快な事ばかり口にするこのおじさんを言い負かし、私は今日も渋谷ダンジョンへと潜った。

 暫く浅い階層で採掘や低位モンスターを狩り、適度に休憩を挟みながらゆっくりと身体を慣らしていく。


 そして夜も更け、視聴者が集まりやすいと言われる日付が変わる少し前に差し掛かったところで、私はダンジョン配信をスタートした。



「どもー! みんな、こんちゃー! "あいきゃん"だよー! 今日も元気にダンジョン攻略していくよーっ!」


 いつも通りの挨拶。いつも通りのコメント欄。そしていつも通り、渋谷ダンジョンで30階層の探索。

 何も変わらないはずだったそんな日に、突如として悪夢の様な時間が私を襲う。


「キャーーー!!」


 複数のゴブリンに襲われ絶体絶命。私は配信を止める事も出来ず、このままモンスターに辱められながら死んでいくんだと運命を呪った。


「大丈夫か!? 今助ける……!! ――――焼き尽くせ……【火炎爆発フレイム・ブラスト】!!」


 そこへA級探索者の"炎帝"が私を助けに来てくれた。しかし助かったと思ったのも束の間。

 本来、30階層なんかには絶対に出現しないはずのS級指定モンスター"ゴブリンキング"が姿を現した。


 流石の炎帝もコレには敵わない。今度こそ確実に死を覚悟した。その瞬間――――



「おーい、クソガキー。生きてっかー?」


 あの時と同じ様に、口が悪いおじさんが助けに来てくれた。


 また私を助けに――――と、期待もしたけど、あの人はもう……。

 そしてよく見れば、そのおじさんは昼間に言い合いをした無職のアイツ。

 どうせ何も出来ない、ここで私が死ぬ事に変わりは無い。そう思っていたのに――――



「――――うるせぇって言ってんだろうが……!!」


 無職で底辺なはずのおじさんは、到底私達では倒せないS級指定のゴブリンキングを、赤子の手をひねるかのように瞬殺した。


 その後の事は正直あまり覚えていない。

 おじさんが何か怒っていたような気もするし、炎帝は何かを言いかけていた気もするけど、そんな事よりも私は、うるさい胸の鼓動を抑えるのに必死だった。



「またお礼、言えなかった……。そう言えばおじさんの名前、一ノ瀬って言ってたような……」


 そんな独り言を呟きながら私は家に帰った。

 それから私はあの・・おじさんの事を徹底的に調べ始めた。でも、何処にも彼の身元がわかる情報は載っていなかった。

 同時に私の配信の切り抜きが物凄くバズって大変な事になっていたけど、その時は気にする余裕もなかった。


 ◇



 それから数日後。

 探索者になって三年。初めて探索者ギルドの支部に呼ばれた。要件は凡そ見当がついていた。恐らく、あのおじさんの件だと思う。


 

「君が東條愛華さんだね? 突然で悪いのだが、君に特別任務を受けてもらいたい」


 やっぱりおじさんの件だった。そして特別任務とはおじさんをギルドへ登録させる事。

 そもそも最高責任者の一人に頼まれて、私のような末端が断れるわけもなく、当然の事ながら引き受ける事になった。


 ◇


 その後、調査書を元におじさんを探す事にした私は、ひとまず行きつけらしいパチンコ屋へ向かった。すると呑気なおじさんは当然の様な顔でそこに居た。



「おじさん……やっぱりここに来た。さすがはパチンカス・・・・・。こんなに注目されてて、よく平気な顔で来れられるよね」


 思ってもない事を口にしてしまった。それよりも先にこの間のお礼と謝罪をするつもりだったのに。

 その後も不毛な言い争いを続けて、私達は路地裏へと入り話をする事にした。



「――――俺は探索者にはなれねーよ」


 謙遜なのか何なのか。S級指定モンスターを容易く倒せる実力がありながら、自分は弱い、探索者にはなれないとおじさんは言う。

 どうして? そんな疑問が頭を埋めつくしていくけど、何を言っても聞いてくれない。それなら――――



「何処に行くんだよ!?」

 

「決まってるでしょ? ダンジョンよ……!」


 私はおじさんの手を引いて、無理矢理ダンジョンへ連れて行った。自分の実力を自覚してもらうにはこれが一番だと考えたから。


 ◇


 ダンジョンに入ってから私は、おじさんに興味を持って貰えるよう、ダンジョンの事を細かく教えていった。

 

 これで少しは探索者になる気が起きるかも?

 そんな淡い期待を抱きながら先へと進んだ。でも、現実はそんな私達に牙を剥いた。


 突然出現した転移陣に吸い込まれ、私達は未到達階層へ。そして現れた得体の知れない紫色のオーラを放つゴブリンロードを前に、死を悟った。

 

 ――――でも、おじさんは諦めなかった。

 "私を守る"そう言ってくれた。初めて会った時はあんなに嫌悪感を抱いていたのに、今は一切それがない。どころか、"素敵"、"かっこいい"とまで思う。


 勇ましく立ち向かっていくおじさんの背中を見つめながら、私は彼の勝利を祈った。でも――――おじさんはゴブリンに顔面を殴られ壁に吹き飛ばさた。



「おじさん……!! 死なないで……!! 私を置いて逝かないで……!! まだ何もお返し出来てないんだから……!! お願い……!!」


 私の必死な叫びが届いたのか、おじさんはその後。目にも留まらぬ速さで、謎のオーラを放つゴブリンを圧倒した。


 

「心配かけて悪かったな。でもまぁ、今ので俺の実力はわかったろ?」


 本当に死んじゃうのかと思った。でもおじさんは圧倒的な力でモンスターを捩じ伏せて生きている。

 実力がわかったかと問われたけど、そんなのとっくにわかっている。


 ――――おじさんは"強い"。恐らく世界中の誰よりも・・・・

 

 おじさんのスキルは何かわからないけれど、ゴブリンキングをほぼ一撃で倒したり、得体の知れないモンスターを圧倒する実力は、世界随一だと私は思う。

 

 何故か謙遜したり、探索者はあくまで自分には関係のない事のように話すおじさんだけど、私は必ずこの人を"世界最強の探索者"にしてみせる。



 その前に今日あった出来事を纏めて、ギルドに報告しに行かないと。

 信じてもらえるかはいささか疑問だけど……。


「あーあ。動画撮ってればよかった。まぁそんな余裕無かったんだけど……。ていうか、おじさんって渉さんの息子とかだったりするのかな? 見た目を整えたおじさんは何処か雰囲気が似てる気がするし、口調もそっくりで、私のスマホの写真も見た事がある感じだったし……」


 そんな独り言を呟きながら私は、家で報告書を纏め翌朝渋谷支部へと向かった。

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