第13話 覚醒


 ――――ポンッポンッポンッ


 壁にもたれかかっている俺の手元に、金色・・に輝く"S"、"P"、"H"とそれぞれ書かれたサイコロが三つ出現した。

 

「へっ……。何で……今なんだよ……」


 俺がそう言うと、いつものスウェットからスマホがポロッと抜け落ちた。そこに表示されていた時間は"0時00分"。日付が変わった瞬間だった。


 ――は……?

 どういう事だ……?

 俺達がこのダンジョンに入ったのは確か朝の10時頃だったはずだ……。

 どんだけ少なく見積もっても三時間くらいしか経ってねーはずだろ……!?

 なのに何でこんな時間が? って……。


「ンな事……今はどうでもいいか……」


 俺は視界が血で真っ赤に染まっている中、出現した金色のサイコロを三つ手に取り、地面へと転がした。

 出た目はPが6、Sが3、Hが5だった。


「Hって何だ……? 性欲か?」


 刹那――――確実に骨が折れているはずの顔面の痛みが、みるみるうちに和らいでいくのを感じた。

 それは自然治癒なんていうレベルのものではなくて、もっとこう非現実的な、"ファンタジー世界"でいうところの回復魔法をかけられたようなイメージ。


 ――まぁ実際に魔法なんてモンをかけられた事はねぇーんだけどよ。

 それより……。


「体が軽い……。殴られた顔面も痛くねぇ……。これも、あの金のサイコロの影響か……?」


 俺は自らの豪運によって手に入れた産物に呆然としていた。しかし、現実とは非情なもの。"最悪"は待ってはくれない。



「キャーー!」


 突如として、愛華の悲鳴が部屋中に木霊する。傷も癒え、加速していく俺の思考は瞬時に状況を理解し、数メートル離れた愛華の元へ駆け出した。



『グォォォオオオッ!!』

 

 腰を抜かし、へたり込む愛華を叩き潰そうと腕を振り下ろすイレギュラーゴブリンは大きな唸り声を上げる。

 刹那。俺はイレギュラーゴブリンと愛華の間に割って入り、無防備な奴の腹に渾身・・の一撃を叩き込む。


『グゥオアァァァァァァッッッ……!!!』


 先までの唸り声とはまた違った質の叫び声。イレギュラーゴブリンは俺の一撃を受けた腹部を手で押さえながら後ずさる。その隙に俺は愛華に声を掛ける。


「おいガキ。生きてっか?」


「お、おじさん……!」



 俺の声に涙を流しながら安堵する愛華。彼女の無事を確認した俺は、確実にイレギュラーゴブリンを倒すべく、再度突貫。


 ――このスピード……。

 それにさっきの一撃のパワー……。

 前から薄々感じてはいたけど、やっぱそういうことか……。


 愛華の元から後退したイレギュラーゴブリンに届くまでのほんの数秒間。その僅かな間に俺は、サイコロに書かれた文字の意味・・を理解する。

 同時に奴の顔面まで飛び上がった俺は、いやに尖った奴の鼻先をぶっ叩いた。


『ビギャアアアァァァァ……!!!』


 子供さながらの悲鳴を上げるイレギュラーゴブリンは、鼻を両手で押さえて後ろへ転倒。奴の鼻先まで飛び上がっていた俺は、落下する勢いを利用して、再度奴の顔面にかかと落としを食らわせる。


『ピギャアアアァァァ……!!』


 足をばたつかせて叫び散らすイレギュラーゴブリンの顔面は、俺の二度の攻撃により紫色のオーラが剥がれ、本来の緑色の素肌を露わにしていた。



「すっぴんの方がいいんじゃねーか? 今時そんなグロい色は流行んねーぜ?」


『グォォォォォオオオ…………!!』


 俺の言葉を理解してか、険しい表情で俺を睨み付けながら唸り声を上げたイレギュラーゴブリンに対し、俺は高く拳を振り上げ――――下ろした。


 渾身の一撃を顔面にぶち込まれたイレギュラーゴブリンは、俺の手に何とも言えない嫌な感覚を伝え、同時に爆散。遂には跡形もなく消滅。残されたのは禍々しく黒光る魔石が一つだけだった。



「ふぅ……。何とか倒せたか――――」


「――――おじさん……!!」


 消滅したイレギュラーゴブリンが残した魔石を拾い一つ息を吐くと、背後から愛華が物凄い勢いで抱きついて来た。



「うわっ!? な、何だよ、いきなり!?」


「ううっ……。だっておじさん……死んじゃったかと思ったんだもん……! ほんと……無事でよかった……」


 そして愛華はまたしても泣き始めた。男という生き物は、女の子の涙にめっぽう弱い。彼女の涙の前では、どんな力も無力だ。



 ――普段生意気な愛華がこんなに泣くって事は、さっきの戦いはよっぽどヤバかったって事だな。

 相手は恐らくイレギュラー。

 あの時、金のサイコロが出てなけりゃ、確実にあの世行きだっただろうな……。

 

 にしても、探索者ってのはこんなバケモンを常に相手にしてんのか……。

 こういう事に慣れた奴らは、もっと楽に倒せんだろうか?

 まぁやっぱ俺には、この程度の実力しかねぇーって事だな。


 

「心配かけて悪かったな。でもまぁ、今ので俺の実力はわかったろ?」


「うん、わかったわ……。戻ったらすぐに報告へ向かうわ」


「そうしてくれ。俺はもう疲れちまった。帰ろうぜ……」


「うん……」


 俺達はそう言うと、イレギュラーゴブリンを倒した事で出現した転移陣に乗り、地上へと戻った。



 ◇



 地上へと戻った俺は、完全に真夜中となっていた空を見上げ口を開いた。


「あぁ、やっぱ夜中になってたかァ……。あん時のアレは見間違いじゃなかったんだな」


「――――でよ……」


 俺が独り言を呟くと、愛華が俯きながら何かを口にした。


「あ……? 何か言ったか?」


「何でよ……。何で夜になってるのよ!?」


 俺が聞き返すと、愛華は理解出来ないといった様子で怒鳴り声を上げた。


「はぁ? 俺が知るかよ、ンなもん」


「意味がわからないじゃない! だって私達がダンジョンに入ったのは朝の10時頃よ!? それなのに何でもう夜中の2時なのよ!?」


 愛華はそう言うと、俺に向かってスマホの画面を突き出した。


「知らねーっての! 俺がイレギュラーゴブリンに吹っ飛ばされた時は既に0時になってたんだからよ!」


「…………はぁ。謎の転移陣の出現に、時間感覚の狂い。それに未到達階層と、あの変なゴブリンについて……。もう報告しなきゃいけないことが山積みよ……」


「そうか。そりゃあ大変なこって。それよか、テメェのスマホに写ってるそれ・・って――――」


 今日の事は、探索者としてギルドに報告しないといけないのだろう。その情報量の多さに頭を抱える愛華。対し俺は、彼女のスマホのロック画面に設定された写真について問うた。

 すると愛華は慌ててスマホを持つ手を引っ込め、頬を赤くして俺を睨みつける。



「み、見たわね……?」


「いや……見たも何も、テメェがスマホを突き出して来たんだろうが? それよりその写真に写ってる男って――――」


「――――い、良いでしょ別に! 憧れなんだから……!」


「憧れ……ねぇ。もしかして、好きなのか……?」


「そんなんじゃないわよ! ただ単純に、探索者として憧れてるだけ……。強くて、カッコよくて……私もそんな風になれたらなって思うの……」


 そう話す愛華は、スマホをぎゅっと胸に抱き、何かに思いを馳せる様に遠くを見つめていた。


「へぇ、あっそう。まぁ何だ……。好きとかじゃなくて良かったわ」


「はぁ!? 何でおじさんがそんなこと言うわけ!?」


「いや、別に……」


「はぁ……。まぁいいわ。とにかく! 私はギルドに報告してから帰るから。またね、おじさん」


 愛華はそう言い残すと、一目散にその場を後にした。


「またねって……。また来るつもりなのかよ……? って、それより――――」


 愛華の言葉に若干の愚痴をこぼしつつも、俺には他に気になる事があった。


 ――それより、愛華のスマホに写ってた写真の男……。

 ありゃあ、間違いなく俺の親父だ……。

 確かに親父は探索者だったけどよ、愛華が憧れる程の探索者だったのか?

 俺の記憶では、口がワリィだけのただの親父なんだけどな。

 それにうちは貧乏だったし、そこまで稼ぎがあったようには思えねぇ……。


「んー……。まぁいいか。考えてもわからねーし、あんな親父にもガキから憧れられる何かがあったんだろ。さてと……。ンじゃ、俺も帰るとすっかな!」


 そして俺は帰路に着いた。とは言っても、俺の家は野次馬に囲まれている為、山本さんの店にだが。

 

 その後、夜中に帰った俺を、山本さんは冷たい視線と軽い嫌味を言うだけで済ませてくれて、俺は眠りについた。


 そして翌日。またしても愛華が俺の元へ訪ねて来る。


 

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