第12話 イレギュラー
俺と愛華が謎の転移陣を踏んで暫く。目の前は真っ白になったが意識はハッキリとしていた。
――この転移陣……一体どこへ繋がんだ?
それにさっき愛華が言ってた事も気になる。
通常あるはずのない所に転移陣とかなんとか……。
てことはこの転移陣、
そんな思案を重ねていると、俺の視界はクリアになり、その後すぐに愕然とした。なぜなら転移した先は地上ではなく、未だダンジョンの中だったからだ。
「クソっ……出口じゃねーのかよ……!」
「はぁ……だから言ったじゃない……。あんな転移陣は危険だって。それよりここ、何階層なの……? 私が今まで潜った35階層よりは確実に深い所よ……?」
愛華は一旦俺に悪態をついた後、辺りを見渡し状況を確認する。こういう所が俺とは違い、ちゃんとした探索者なのだなと感じた。
「何でここが、ンな深い所だってわかんだよ? 見た所、別に30階層と何も変わんねーぞ?」
「何言ってるのよ、おじさん。ちゃんと見て? 壁の色、紫でしょ……?」
愛華に言われ、俺は一度辺りを見渡した。確かに愛華の言う通り、ここから見えるダンジョン内の壁は全て紫色に染っていた。
「あぁ、確かに紫だな……。で? それが何か関係あんのかよ?」
「ありまくりよ……。ダンジョンの中の壁は30階層までは通常の岩壁。31から50階層までは緑、51から90階層までは青と言われているわ」
「あ……? 紫なんてねぇじゃねーか」
「だから問題なのよ……。日本で一番攻略が進んでいるこの渋谷ダンジョンでも、90階層以降は未だ誰も到達した事が無くて、壁の色は判明していないの……」
「へぇー。……ンじゃあここは、その91階層より下なんじゃねーの?」
「それがそうとも言い切れないのよ……。前に何かの専門家が、91階層から100階層は赤だって言ってたけど、それも何処からの情報かわからないし、そもそも今私達が見ている壁は紫だし……」
愛華はそう言うと怯えた表情を浮かべる。俺達は転移して来てから数分間、未だ一歩も動けないでいた。
――愛華の話を要約すっと、ここは日本人が未だ到達した事がねぇ階層である事はまず間違いねーな。
90階層より下か、或いはそれより下か……。
二人で思案を重ねていると、俺はとある違和感に気が付く。
「なぁ、愛華……」
「何よ……?」
「この階層……もしかして今、俺達に見えている範囲だけか?」
俺はそう言うと、もう一度辺りをよく観察してみる。すると、見えている紫色の壁が俺達を囲うように続いており、まるで一つの部屋のような形になっている事が確認出来た。
「本当ね……。まさかここ……ボス部屋……?」
「ボス部屋って何だよ?」
「おじさんがこの前行ったって言ってた50階層の部屋と同じよ……」
「あぁ、そういう事……」
いつもの様な覇気が無い愛華にそう言われ、俺は漸く理解した。――――とんでもない所へ来てしまったという事に。
――ここが何階層かもわからねぇ上に、ボス部屋だと……?
流石にそれはまずいんじゃねーか?
前は50階層で、しかも雑魚モンスターが出てきたから何とかなったけどよ、今回もそうなるとは限らねぇし……。
刹那――――部屋の中心に転移陣が現れた。
「おいっ……! 転移陣だ……! 早くここから出んぞ!?」
「ちょっと待って……! あの転移陣……様子がおかしいわ……?」
愛華に引き止められ、俺は現れた転移陣をもう一度確認する。すると、その転移陣から紫色の
「な、何だ……?」
俺はその様子を生唾を呑み込みながら見守った。そして完全に姿を現した
『グォォォォォオオオ!!!』
「おいおい、ちょっと待てって……。これって……」
「形はゴブリンロード……。だけど、放ってるオーラが尋常じゃないわ……」
「オーラ……?」
「そう……。オーラとは魔力を持つモンスターが纏っている魔力みたいなもの。魔力量が多いモンスターにはたまに見られるみたいだけど、基本的に物理攻撃を得意とするゴブリンがオーラを放つなんて聞いた事がないわ……?」
俺達の前に現れたのはゴブリンロード。だが、ノーマルゴブリンとは明らかに様子が違う。身体から放っているオーラは、見ただけでもわかる程に濃い紫色をしており、とてもじゃないが近付ける雰囲気ではなかった。
「あっそう……。てことはつまり、やべーって事だな……?」
「やべー……わよ。確実に死んだわ、私達……」
俺は顔を引き攣らせながら愛華にそう聞いた。すると愛華は絶望に満ちた表情で顔を伏せた。
――この濃い紫のオーラを放つゴブリン……。
コイツが親父の言ってたイレギュラーってやつか……?
チッ……。親父の奴……何でもっとちゃんと教えてくんなかったんだよ……。
いや、俺が忘れてるだけか……。
「にしてもコイツ、どうすっかな……」
「どうするって……は!? 逃げるに決まってるでしょ!?」
「逃げる? ははっ……。冗談だろ?」
「冗談なんて言ってる場合じゃないわよ! 相手は得体の知れないゴブリンロード! おじさんが前に倒したゴブリンキングより強いかもしれないのよ!?」
俺の言葉を受け、愛華は鬼気迫る表情で怒鳴った。その後、涙を浮かべて俺を見つめていた。
「泣くなよ馬鹿が。ほんっと、テメェはガキだなぁ」
「ガキで悪い!? こんなの怖いに決まってるじゃない!」
「つっても逃げ場はねぇぜ? 転移陣も、外に繋がる階段もな」
「わかってるわよ……。だからもう……諦めてるじゃない……」
俺が逃げ場の無い現状を伝えると、愛華は涙を流しながら俯いた。
「諦めんなよ。テメェは探索者なんだろ? 世界の為に戦うって決めたんだろ? ――――だったら生きろ。テメェが死んだら何人もの奴らが困んだよ」
「うぅっ……。おじさんも……?」
「あぁ、そうだ。俺も困る。だから諦めんな」
「うぅっ……無理だよ、そんなのぉー……!」
俺が何とか色々と声を掛けるも、遂に愛華は大泣きを始めてしまった。
「あぁーもう、うっせーな! わーったよ! だったらテメェはここで死ぬ事を諦めろ! 俺がぜってーテメェを生かして地上へ帰してやる。だから泣くな! な?」
「うっうぅ……。わかった……」
「よし。じゃあテメェはここで待ってろ。危ねーからな」
「待って……! じゃあせめて……これだけでも……。――――【属性付与 硬化】……!」
俺がその場を離れようとすると、愛華はよくわからない事を口にした。
その後俺は、愛華と話している間、何故か大人しくその場で待ってくれていたイレギュラーゴブリンにゆっくりと近付いた。
「よぉ、イレギュラーゴブリン。俺達の話が終わんのを待っててくれてサンキューな。で、あんな可愛い女の子の涙を見て、少しは見逃す気になってくれたかよ?」
『グォォォォォオオオ……!!!』
「へっ……。だよなぁ……。じゃあせいぜい抵抗だけはさせてもらうぜ……!」
俺はそう言うとイレギュラーゴブリンに突貫。前回のゴブリンキングの時と同様に、みぞおち目掛けて渾身の右ストレートを打ち込んだ。しかし――――
ポスッ……
俺の拳はイレギュラーゴブリンの腹の肉を軽く揺らしただけだった。
「チッ……。やっぱそうかよ――――」
『グォォォ! グォォォォォオオオッッ!』
俺がイレギュラーゴブリンの腹に拳を当て、そう呟いた瞬間。イレギュラーゴブリンの腕が目にも止まらぬ速さで俺の顔面に飛んで来た。
「――――ぐおっ……!!?」
そのまま俺は壁に吹き飛ばされ絶命――――は、せずに済んだ。だが、満身創痍には変わりない。
――いてぇ……。
流石に声も出せねーレベルでいてぇ……。
でもまぁ、さっきの愛華のわけわかんねーヤツのおかげで生きてはいるな……。
耐えた……。
その後、薄ら目を開けて愛華の方を見ると、涙を流しながら何かを叫んでいる。
――今の衝撃で鼓膜が死んだか……?
何も聞こえねぇ……。
まぁどうせ、『だから言ったじゃない! ほんと、おじさんって馬鹿ね!』とか言ってんだろ……。
てか、あぁもう駄目だ……。
これはちゃんと死ぬかもしれねぇ……。
俺は薄れゆく意識の中でそんな事を考えていた。刹那。
――――ポンッポンッポンッ
壁にもたれかかっている俺の手元に、
「ははっ……。何で……今なんだよ……」
俺がそう言うと、いつものスウェットからスマホがポロッと抜け落ちた。そこに表示されていた時間は"0時00分"。日付が変わった瞬間だった。
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