第11話 ミス


 俺を探索者にするべく勧誘へ来た愛華に連れられ、俺はまたしても渋谷ダンジョンの入口へと来ていた。



「もういいぜ、ここは……。もう飽きたわ」


「何言ってんの! まだ来たの二回目でしょ?」


 到着するやいなや、俺はそんな愚痴をこぼす。すると愛華に少し叱られ、またも強引に今度は俺の背を押す要領でダンジョン内へと連行された。


 

 ◇



 ダンジョン内へ入ると、相も変わらずの薄暗い雰囲気。俺は嫌悪感を前面に出しながら、愛華に背を押され前へと歩みを続ける。



「おい……。なぁって! 愛華!? 俺はどこまで行きゃあいいんだ!?」


「うーん、そうねー。決めてなかったけど、とりあえずは前と同じ30階層へ行きましょ!」


 ひたすらに背を押され続ける俺が、目的地はあるのかと問えば、愛華は『とりあえず』などと口にして30階層へと向かう事になった。これが俺の犯した一つ目のミスである。

 


「えぇ……。ったくもう……わーったよ。30階層に着いたらとっとと帰るからな!」


「はいはい、考えときまーす」


 そして俺がそう言うと、愛華は鬱陶しそうに適当な返事をした。


 ――何で俺が付き合ってやってんのにそんな返事をされなきゃなんねーんだ?

 最近の若い奴の考えはわかんねーわ……。

 俺も歳をとったってことなのか……?


 その後も暫く歩き続け、道中何度か立ち止まり、愛華は頼んでもいないのに、俺にダンジョンの事を色々と詳しく教えて来た。


 例えばこれ――――ダンジョン内の階段を降り、新しい階層の最初の壁には必ず、ここが何階層なのかを示す数字が書いてあるらしい。因みに今は28階層。


 他にも、各階層毎に地上へ戻る転移陣が設置されている事や、モンスターが寄り付かない休憩場所オアシスなんてものがある事も聞いた。

 出来ることなら全て、俺が初めてダンジョンへ入ったあの日に教えてもらいたかったものだ。


 そんなこんなしている内に俺達は、いよいよ30階層へと到達した。


 ◇



「うしっ。着いた。はい、帰んぞ」


「ちょ、待ってよ……! さすがにこのまま帰るわけないでしょ!?」


「いや、30階層に着いたら即帰宅って約束したろうが?」


「してないわ。私は、考えとくって言っただけよ」


「はぁ? ざけんなよ……」


 完全に愛華の手の平の上だった俺は、その場に座り込み項垂れた。


「何してんのよ、早く立って! ここまでモンスターは全部私が倒したんだから疲れてないでしょ?」


「そういう問題じゃねぇー。だいたい、テメェが倒したモンスターはどれも雑魚ばっかだったじゃねーか」


 それもそのはず。これもさっき聞いたのだが、渋谷ダンジョンは100階層まであり、0〜30階層くらいまでは低位――――所謂C級対象までの雑魚モンスターしか出現しないらしい。

 そこから更に下へ潜れば、B級指定からS級指定の上位モンスターが出現してくるそうだ。


 そんな雑魚中の雑魚を倒して偉そうに説教を垂れるこのガキは、一体俺に何を求めているのだろうか。


 

「当然でしょ? こんな浅い階層で上位のモンスターが出たら大問題よ!」

 

「そうなのか。まぁ確かにこの間来た時も、俺が迷って50階層まで行っても雑魚しか出なかったしな」


「え、ちょっと待って……? おじさん50階層まで行ったの……?」


 俺の話に妙に真剣な表情で聞き返す愛華。俺はその顔がどういう意味なのかわからず、とりあえずありのままで返した。


「あ……? まぁ、行ったぞ? 出口がわかんなかったからな」


「いやいや……。50階層はA級探索者がソロで潜ってギリギリってレベルの階層よ!? 大抵は万全を期して、何人かのパーティを組んで挑むのよ!? 私だってまだ行った事ないのに……」


 俺がありのままを答えると、愛華は血相を変えて話し始めた。どうやら俺みたいな一般人が一人で入って良いような場所ではなかったようだ。


 ――ちょっと迂闊だったか?

 初めてのダンジョンで、ノーマルモンスターばっか出てくるからちょっと油断しちまってたのかもな。

 あのゴーレムもノーマルだったから良かったけど、イレギュラーだったら間違いなくお陀仏だったろうし。


「まぁ、そんなやべー所だったとは知らなかったからよ……。じゃああん時は、運良く雑魚が出て来て助かったっつうことだな」


「そうね……。50階層には階層主っていうのがいて、そいつが出て来てたら、おじさんもさすがにヤバかったかもね?」


「だな……。――――ん? ありゃ何だ?」


 あの日の俺は相当運が良かったようだ。愛華の言う階層主とやらが出現していたかと思うと背筋が凍る。

 そんな想いで愛華に返事をすると、俺の目線の奥の方に青白く光るものを見付けた。


「え? 何かあったの?」


 俺の言葉に反応し、愛華は後ろを振り向いた。同時に俺は立ち上がり、その光りの方へと駆け出した。

 

 ――あれはさっき言ってた転移陣だろ……!

 ゴーレムを倒した後に出てきた光とよく似てっから間違いねぇ!

 あん時は、あれに吸い込まれて地上に帰れたんだし、今回もあれに乗れば地上に戻れんじゃねーか!?


「へっへー! こんな薄気味わりー所なんてもうおさらばだ! 俺はあの転移陣に乗って地上へ帰るからな!」


「ちょ、ちょっと待っておじさん……! 通常の転移陣はそんな所にないわよ!?」


 俺は愛華を置き去りに走って転移陣へと向かう。その後を追いながら愛華は何かを叫んでいたが、そんなものはお構い無しだ。

 しかし――――


 ――おせぇ……。

 遅くねーか、俺……?

 この間、外で走った時は車より速かったろうが!?

 今日は何でこんなに遅いんだ……?


 そんな違和感を感じつつも、俺は懸命に目の前の光に向かって足を前に出し続けた。

 そして、漸くその光が転移陣である事がわかる所まで辿り着くと、俺は愛華に腕を掴まれる。


「ちょっと……! 待ちなさいって言ってるでしょ……!?」


「うるせぇ……はぁはぁっ……テメェの言う事聞いてたら……はぁはぁ……いつまで経っても帰れねーじゃねぇか!」


「だからってこんな……。通常、あるはずもない所にある転移陣なんて、危険よ――――」

 

 俺は愛華に腕を引かれる形で足を止めた。そして愛華がそう言いかけた瞬間――――傍にあった転移陣の光は猛威を振るい、俺達を飲み込んだ。

 

「――――おわっ……!?」


「――――ちょ、何よこれ……!?」


 その後、俺達は眩い光に包まれて目の前が真っ白になった。これが俺の犯した二つ目のミスだった。

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