第10話 再会、そしてダンジョンへ


 俺の知らない所で愛華に"特別任務"が授けられていた一方で、俺は家に帰ることも出来ず、山本さんの店で皿洗いをする代わりに一晩泊めてもらっていた。

 

 そして翌日。俺と山本さんは"個人情報モロバレしちゃった記念"と称し、いつものパチンコ屋へと繰り出していた。

 俺と山本さんは生粋のパチンカー・・・・・。そんな俺達にとって打ちに行く理由になれば、中身などどうでもいいのである。寧ろそれがパチンカーたる所以なのである。


 しかし、馴染みのパチンコ店へ到着するやいなや、先日よりも多い人の数に、俺はたじろいでいた。そんな中、見知った顔・・・・・が人混みの中から顔を出した。



「おじさん……やっぱりここに来た。さすがはパチンカス・・・・・。こんなに注目されてて、よく平気な顔で来れられるよね」


「うるせぇ、クソガキ。だいたいテメェがあの日、俺に話し掛けて来たりすっから、こんな事になったんだ……!」


「あーやだやだ。責任転嫁が甚だしいわね。確かにあの日、私が声を掛けたのは間違いないけど、その後勝手に・・・ダンジョンへ来たのはおじさんでしょ?」


「ぐっ……」


 愛華の見事なまでの正論返しに、俺はぐうの音も出せないでいた。


 ――確かに愛華が言っている事は正論だ。

 だが、俺が言っている事も正しいと言える。

 元を正すと、あの日俺達が出会わなければ俺が彼女の配信を見る事も無く、彼女のピンチを目にする事も無く、ダンジョンへ潜ろうなんて変な気を起こす事も無く、今こうして嘲笑の的にされる事もなかったんだ。



 そんな問答を頭の中で繰り広げていると、周りにいた連中がスマホのカメラをこちらへ向け、隠し撮りを始めた。

 


「おいガキ。とりあえずここから離れねーか? どうやらまた盗撮されてるっぽいぞ……」


「同感ね。おじさんと同じ画面に写るなんて二度とごめんだわ……!」


 俺の提案に素直に乗ったかと思えば、愛華は悪態をつきながら先々と歩いて行ってしまった。


「ワリィ、山本さん。そういう事だから、今日は一人で打ってくれ! 俺の狙い台で勝てたら今日は焼肉だかんな……!」


「え、別にいいけど、焼肉は奢んないわよ? ――――ってもう行っちゃった……。あの子、私が10万貸した事をもう忘れてるのかね……?」


 そして俺は山本さんに詫びを入れ、彼女の返答を待たずに愛華を追ってその場を後にした。



 ◇



「おい、ガキ……! ちょっと待てって……! 一体何処へ行く気なんだ……!?」


 俺の制止も無視し、ひたすらに歩き続ける愛華に漸く追い付いた俺は、暗い路地に入った所で彼女の前に回り込み、息絶え絶えに口を開く。だが、愛華は未だムスッとした表情で目も合わせようとしない。


「ンだよ……!? そんなに俺と話すのが嫌なのか!? だったら何で俺に会いに来たんだよ?」


 俺がそう聞くと、愛華は鋭い目付きで俺を見ると漸く重い口を開いた。


「しょうがないでしょ? からの命令なんだから。それよりおじさん、まだパチプロなの?」


「あぁ? わけわかんねーよ。で、何だその質問? はぁ。まぁいいわ……。テメェのせいでパチプロは引退だ。俺はこれから真っ当に生きる。誰にも馬鹿にされねーように普通に働く。そう決めた……」


 愛華の問いに俺は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。すると愛華は少し不満そうな顔をした後に、もう一度質問をした。


「ふーん……。で、仕事は決まったの?」


「いんや……。例の動画が出回っちまったせいで、全部不採用だ。どうしてくれんだ!? ――――って言いたいところだが、まぁテメェが言うように俺にも非がある。出しゃばった真似して悪かったな」


 俺は不本意ながらも自らの非を認め、愛華に謝罪した。


 ――まぁ配信で愛華が襲われてんのを見て、動揺して助けに走ったのは事実だしな。

 つっても、相手はただのノーマルゴブリンだったわけだし、愛華とあのイケメンだけでも倒せたはず。

 つまりは俺が余計なお節介をしちまったせいで、話がここまで拗れたんだから、俺が詫びを入れるのがスジ……だよな。

 まぁコイツが素直に俺の謝罪を受け入れるとは到底思えねーけど。

 


 俺は軽く頭を下げつつそんな事を考えていた。

 だが、愛華から返ってきた反応は意外なものだった。


「私の方こそごめんなさい……! 助けて貰った癖に変な意地張っちゃって、酷い事も沢山言って……。あの時は本当に助かりました……! ありがとう、そして本当にごめんなさい……!」


「え、あの……その……。え?」


 愛華からの返答はまさかの、あの時の礼と色々な事への謝罪だった。そして俺はわかりやすく挙動不審に陥ってしまった。


「いきなりこんな感じになってびっくりしたよね。実は私、昔から怒りっぽいっていうか、ついツンってしちゃうんだよね……」


「お、おう……?」


 ――これは所謂ツンデレってやつか……?

 リアルで見たのは始めてだが、悪くないな……うん。

 

「本当は今日も、おじさんに会ったらまずは謝って、それからお礼を言おうって決めてたんだけどね。結局おじさんに先に謝らせちゃった。ほんと、ダメだなー私」


 俺が反応に困っていると愛華は下手な愛想笑いをしながら落ち込んだ素振りを見せる。そんな彼女に俺は更に何と言っていいものかと頭を悩ませた。


「あのー、その……何だ。別に性格なんてのは人それぞれなんだし。あ、愛華……も、そのままでいいんじゃねーのか? かくいう俺もこんなだしよ?」


 そして何とか捻り出した言葉はなんて事ない、ただのありふれた慰めの言葉だった。すると愛華は何故か吹き出し、笑い始めた。


「ぷっ……! それもそうね……! おじさんも割と怒りっぽかったもんね!」


「うっせーよ……。ほっとけバーカ。んで? 俺の仕事がどうしたって?」


 俺の慰めが功を奏したのか、愛華の表情もにこやかなものに変わり、相変わらずな悪態をつけるようにもなった。そして俺は話を戻し、話題は俺の仕事について――――


 

「そうよ、それ! おじさん、探索者・・・やる気なぁーい?」


「何だァ、その言い方は……?」


「別に他意は無いわよ。で? どうなの?」


「他意はねぇーのかよ……。んー、探索者かァ……。求人誌にもデカデカと掲載されてたし正直、考えはしたが、実際やるってなるとなぁ……。どうもを懸けるだけの魅力を感じねーんだよなァ……」


 愛華の提案に俺は難色を示す。というのも、配信や体験で見たりやったりするのとは違い、それを仕事としてやるとなるとそれ相応に覚悟が必要だ。それこそ、命を懸ける事についてとかだ。


「命を賭けるだけの魅力? そんなのいっぱいあるわっ! えっとね、まず人の為になるでしょ? それから達成感があって、やり甲斐もあるでしょ? それから――――」


「――――ちょ、ちょっと待て……。もういい」


 そんな事を考えていると、愛華はふふんと笑い、探索者の魅力について語り始める。だが俺は強引に口を挟み、それを止めた。なぜなら非常に長くなりそうだったからだ。


「えぇー。おじさんが探索者の魅力を知りたいって言うから教えてあげたのにー」


「いや、知りたいとは言ってねぇ。あと、テメェがさっき言った魅力は俺に何も響かねぇぞ?」


「何でよ!? 人の為になる事はいい事じゃない!!」


 俺の言葉を受け愛華のツンが発動した。というよりも、怒り始めたと言った方が正しい。

 

「おい、愛華。また悪い癖が出てるぞ……?」


「あ、そうだった……。――――って! そうじゃなくって!!」


「ンだよ、うっせーなぁ……。ワリィけど、俺には探索者なんて出来ねーよ。出来たとしても、せいぜい雑魚モンスターを倒すぐらいなもんだ」


 ――正直に言えば、この間だってノーマルモンスターばっかだったから生きて帰れたようなもんだ。

 あの日、愛華を襲ってたのがイレギュラーだったら俺も愛華も……あとついでにイケメンも、皆死んじまってたはずだ。


「そんな事ない……。だっておじさんは――――」


「――――ワリィがこれは事実だ。あの日、俺が生きて帰れたのだって奇跡みてぇなもんだ。もうあんな奇跡は起きねーよ」


「いや、だから……違くて……」


「何にも違わねーよ。あの日は色々な偶然が重なっただけだ。俺には強敵を倒す力はねぇ。これからだってそうだ。探索者なんて大それたもんに俺はなれねぇ。そんだけだ。じゃあな……」


「おじさん……!」


 俺はそう言い残すと、未だ俺をおじさん呼ばわりしてくる愛華に別れを告げ、その場を後にしようと歩き出した。


 ――これでよかったんだ。

 せっかくのお誘いだが、俺にはやっぱり荷が重い。

 ノーマル如き・・を倒せるくらいじゃ、お国を守る探索者にはなれねーよ。


「うっし……! じゃあまた仕事探すか!」


「――――ちょっと待てぇぇぇぇええ……!!」


 気持ちを入れ替え、再度仕事を探す決意をした俺の背後から、とんでもない圧を放つ愛華が突進して来た。


「ちょ、何だよ!? 俺は探索者なんかやらねぇって――――」


「――――うるさい!! とりあえず私の話も聞きなさいよ!」


「は? 聞いたろうがさっき?」


「聞いてないわよ……。とりあえず、ほら……!」


 立ち去ろうとする俺を引き止めた愛華はそう言うと、俺に手を差し出した。


「あ? 何だァ……?」


「早く、ほら……!」


 ――握れってことか?

 俺、今手汗とか大丈夫か?

 いや、こんなおっさんの手汗なんて気にしねーか。

 いや、気にするだろ……!?

 おっさんの手汗だから気にするんだろ……!!

 おっさんの手汗なんてドブの水より汚ねぇからな!?


 そんな事を考えていると、愛華は俺の手を強引に掴み駆け出した。


「お、おい……! 手汗……! じゃなくて、どこ行くんだよ!?」


「決まってるでしょ! ダンジョンよ!」


「は……はぁーー!?」


 俺はどうやらこれからダンジョンへ行くらしい。死ぬ程嫌だ。

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