第5話 瞬殺・圧倒


 愛華がゴブリンに襲われ、炎帝が助けに入っている頃。俺は目の前の金色・・に輝く二つのサイコロを凝視していた。そしてそのサイコロには"P"と"S"の文字が刻まれていた。



「何だこれ……? 今日のサイコロはもう出ただろ? ああ、そうか。0時回ったからリセットされたっつうわけだな。――――にしても、いつもは白いの一つなのに、何で今日は金色のが二つだ……? しかもPとSだァ……?」


 俺は初めて見る金色のサイコロを手に取り怪訝な表情を浮かべる。


「PとSって何だ? ――――あぁ、"パチンコ"と"スロット"か。んー、よくわかんねーけど、とりあえず振っとくか」


 俺はそんな事を言いながら、ひとまず二つのサイコロを地面に放った。すると地に落ちたそれらは両方6の目を出した。そして俺は落胆した。


「何で今、6が出んだよ……!? しかも両方って……。それなら朝出しとけっつーんだよ。しかも金で縁起もいいじゃねーか……!」


 余談だが、パチンコ界隈で金色はとても熱い(当たりやすい)色として好まれている。

 そして、消えゆく無情な賽の目を眺めていた俺に、次は獣の唸り声のようなものが下の階層から聞こえて来た。


「うぉあっ!? 何だ今の!? もしかして愛華ガキの所か!? だったら急がねーと……!」


 突然の唸り声に驚きつつも、俺は急いで階段を降り階層を突っ切り、階段を降りるを繰り返した。

 

 そうしていると次第に俺の頭の中に、昼間に威勢よく悪態をついてきた愛華が、凶悪なモンスターによって一方的に蹂躙されるイメージが埋め尽くし始めた。


 

「ざけんなァ……? 俺はまだテメェに、文句の一つも言えてねーんだよ……。勝手に死ぬんじゃねーぞ、クソがァ……!!」


 そう叫んだ俺は更に速度を上げ、30階層まで突き進む。


 ――いや、ていうか流石に速すぎねーか?

 

 すると怒りのせいか、はたまた酒のせいか――――夢中で走っていた俺は"風を切り裂くような"感覚を覚える。


 

 そんな考えを巡らせている内に、時間にして10秒足らずで30階層へ辿り着いた俺は、すぐさま愛華の元へと駆け寄った。

 だが、ここで俺の悪い癖。"かっこつけ"が姿を現す。


 

「おーい、愛華クソガキー。生きてっかー?」


「は……? え、もしかして……昼間に会ったおじさん……?」


 童貞故に完全にかっこつけ方を履き違えていた俺は、そんな言葉を愛華に投げ掛ける。

 そんな俺に対し、彼女はただ唖然としていたが、思考を停止した俺はもう止まらない。


「大丈夫そうだな? で、テメェはイケメンに抱かれて何をしてんだ? 仕事中じゃねーのか?」


「だ、抱かれてなんか……!」


「はぁ? 現に今、テメェは抱きしめられてんじゃねーか。――――って、それより。テメェらを襲ってるモンスターってのはもしかしてコレ・・か?」


 俺の問いに愛華は黙って頷いた。

 そして俺は彼女の視線の先にいるそれ・・に目をやった。

 そこには額に赤い魔石が埋め込まれた緑色の巨大なモンスターが鼻息を荒くして立っていた。


 ――何だ、ただのノーマル・・・・ゴブリンか。

 急いで来たっつうのに拍子抜けだな。

 親父も言ってたよな、緑色のノーマルゴブリンはよえー・・・って。


 

「まさかテメェら。コレにビビってるとか言わねーよな?」


「そうよ……! 当たり前でしょ!? それはただのゴブリンじゃなくて、"ゴブリンキング"。ロードより格上の――――S級対象のモンスターなのよ……!? そんなのに私が勝てるわけないじゃない……!」


 愛華は目に涙を浮かべながら、まるでこの世の終わりのような顔で泣き叫んだ。


「情けねーな。探索者が聞いて呆れるぜ。たかがノーマ――――」


『――――グォォォォォオ!!!!』

 

 俺がそう言いかけると、モンスターは大きな唸り声を上げて、手に持った棍棒を振り上げた。


 

「チッ……。うっせーなぁ……。人が話してんだからデケェ声出すなよ」


「ちょ、おじさん何言ってるの!? 早く逃げるなり防御するなりしなさいよ……!!」


「君も危険だ……! 早く僕の後ろへ……! おじさんも早くここから逃げた方がいい……!」


 モンスターの唸り声に不快感を露わにする俺に対し、愛華は慌てた様子で口を開いた。そしてイケメンは彼女の盾となり、その後俺へ逃げるよう促した。


 

「あぁ? 大丈夫だ。コイツはよえー。俺は知ってんだ――――」


『――――グォォォォォオ……!!!』


 俺が男に話を始めた途端――――モンスターはそれを遮るように咆哮。そして棍棒を俺達の頭上へと振り下ろした。

 

 万事休す――――誰もがそう思った。だが、モンスターが振り下ろした棍棒は、俺の手にガッチリと掴まれ動きを止めていた。



「は……? え、どういう事……?」


「い、一体何が起こった……?」

 

『グォ……グォ……!?』


 愛華とイケメンは驚いた表情で、俺の後ろ姿を眺めていた。そして俺と向き合っているノーマルゴブリンは何が起こったのか理解出来ないといった様子で、俺から棍棒を引き剥がそうと必死に腕に力を込めていた。


「いてぇじゃねーか……。殺す気かテメェは……!?」


 俺はそう叫ぶと、掴んでいた棍棒を片手で粉砕。そのまま地面を強く蹴り、ノーマルゴブリンの溝落へ渾身のストレートをお見舞いした。

 

『ヴグォォォォォ……!!』


 俺の渾身のストレートをくらったノーマルゴブリンの溝落には、容易く風穴が開いた。

 

「えっ……? マジ……?」


「いやいや、これは……。有り得ないだろう……ははは……」

 

 愛華は驚いた様子でのたうち回るノーマルゴブリンを眺め、イケメンは首を何度も横に振りながら苦笑いを浮かべていた。


 

『ヴグォ……! ウゴォォォ……!』


「テメェ……この期に及んでまだデカい声を出すとか、学習能力がねぇーのか? うるせぇって言ってんだろうが……!!」


 俺はそう言うと、バタバタと暴れ回るノーマルゴブリンの足首を掴み、何度も地面に叩き付けた。


『グォ……グォォォォォ……!!』


 何度も地面に叩き付けられている内に、ゴブリンキングは失神。その後、俺の手から跡形もなく消滅した。そして目の前には額の魔石のみが残り、辺りは静まり返った。


 

「あっ……! 配信っ……!」


 すると我に返った愛華は、切り忘れていた配信の停止ボタンを押し、その後イケメンは唖然とした表情で口を開いた。


「まさか……。S級指定のゴブリンキングを……まるで虫でも払うかのように、圧倒するとは……」


「おじさん、一体何者なの……? ただのパチプロじゃなかったの……?」


「テメェら、さっきから何を言ってんだ? あの程度の奴にビビるなんて情けねーぞ?」


「「…………は?」」


 俺の言葉を聞き、二人はキョトンとした様子で俺を見つめている。


 ――何だコイツら?

 俺、何か間違った事言ったか?

 ノーマルゴブリンは、よえー。

 こんなの子供でも知ってんだろ?

 

 

「ま、まぁ確かに、ゴブリンキングだしね。普通の・・・ゴブリンではなかったかもね……?」

 

「それもそうだな。いやはや、これが強者の余裕というやつか……。ふっ……僕もまだまだ鍛錬が足らないな……」


 俺の話が上手く伝わっていないのか、二人は見当違いな事を口にする。俺は若干の苛立ちを覚えながらも、再度二人に説明を始めた。


「いやいや……。だから、今のはノーマルゴブリンなんだって! つえー奴は"イレギュラー"ってんだろ!? そいつらはもっとこう……違う色とかなんじゃねーの!? 知らねーけどよ!?」


「違う色……?」


「いれぎゅらー……?」


 俺の再三に渡る言葉を受けても尚、ポカンとした表情でオウム返しをする二人。


 ――コイツら探索者のくせにイレギュラーも知らねーのか?

 いや……そんなはずねーよな。

 ダンジョンに入った事すらなかった俺でも、親父に聞いて知ってんのに、コイツらが知らねーわけがねぇ。

 さてはコイツら……俺を社会のゴミだと見下して馬鹿にしてやがんだな……?

 


「チッ……もういい。せっかく来てやったのにそんな態度を取るんだったら俺は帰る。テメェらもイチャつくならホテルとか行けよ? じゃあな」


 俺はそう言い残すと、二人を置き去りにダンジョンの出口へ向かって歩き始めた。

 

 本来ダンジョンを出る方法は来た道を戻り入口から出るか、各階層に設置されている転移陣を踏むかのいずれかである。

 

 だが、ダンジョンへ初めて入った俺が転移陣の場所を知っているはずもなく、訳もわからず突き進んだのは更に下層へと降りる階段がある方向だった。

 

 

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