第4話 乱入者(別視点)
2×××年11月11日23時30分――――〈渋谷ダンジョン 30階層〉
モンスターひしめくダンジョン内で、一人の女の子がライブ配信を行っていた。
「どもー! みんな、こんちゃー! "あいきゃん"だよー! 今日も元気にダンジョン攻略していくよーっ!」
自らの事を"あいきゃん"と呼ぶ彼女の名は
緊張した面持ちで配信用ドローンに向かって笑顔を振りまいていた。
愛華がひとたび配信スタートボタンを押すと、瞬く間に彼女への応援コメントで画面が溢れ始める。
: こんちゃー!
: あいきゃん今日も可愛い!
: ふらっと寄った配信で可愛い子はっけーん
: 今日も黒髪ショートが素敵だなぁ( ´ω` )ムッハッー
: いつになったら俺と結婚してくれんの?
: このコメ欄見てたら今日も日本が平和だと実感する
: 今日は何するのかなー?
「いっぱい来てくれてあいきゃん嬉しいー! 今日はねー、渋谷ダンジョンの30階層に来ていまーす!」
: 配信始めて半年で未だに30階層とかオワコン
: あいきゃんはゆっくり自分のペースでやってんだからいいんだよ
: 外野は引っ込め ていうかこれが普通だろ
: これだから上級配信者しか見てない奴は……
: あいきゃんは可愛いからいいんだよε-(`・ω・´)
: 可愛いしか褒めるとこなくて草www
: こいつほんとはクソなま
: えw何?www
: 荒らしだろ、ほっとけ
「む……。とりあえず! 攻略進めていくよー!」
愛華は溢れかえるコメント欄を見て、自分を馬鹿にされている事に気が付いたのか、少し顔を歪めながらも元気よく、下層へと潜る階段がある奥地へと歩みを進めて行く。
するとそこへ一匹のゴブリンが姿を現した。
「ゴブリンだ! 一匹だけだし、頑張って倒すよー!」
そう言うと愛華は腰に忍ばせていた両手ナイフを抜き、意気揚々とゴブリンに突進して行った。
: たかがゴブリンに張り切りすぎ
: でも可愛いじゃん
: 気をつけてー!
: 顔だけならS級
: 乳も割と……
: やめろし
: てかあいきゃん、こう見えてC級だしゴブリン一匹くらい余裕だべ
: でもゴブリンって群れで行動する事が多いんじゃ……
コメント欄の心配を他所に、愛華は余裕でゴブリンを仕留めて見せた。
そしてカメラに向き直ると満面の笑みでピースサインを送る。
「へへーん! 余裕余裕っ! どんなもんだい!」
: か、可愛すぎる……
: 強さが〜とか、ゴブリン一匹倒したくらいで〜とか抜きにして、結婚して欲しい
: 今のは俺のハートにクリティカルヒットしたぜ
: あかん、ワイ、なんか元気出てきた
: 今日も日本は平和です
: てかあいきゃん、さっきのゴブリン消滅してないけど大丈夫そ?
愛華は自分を褒め称えるコメントに酔いしれていたが、最後のコメントで我に返った。
『ピギャァァァーーーー……!!!』
そしてすぐに愛華が後方へ振り返ると、倒したはずのゴブリンが息絶え絶えに咆哮を上げ――――その後、消滅した。
本来、モンスターは致死量のダメージを受けるとすぐさま消滅するのだが、今回は何故か少しだけラグがあった。
「え、うるさい……! 何!?」
ゴブリンの最後の咆哮に、愛華は咄嗟に耳を塞ぐ。
: うるさいってwww
: てか、これまずくね?
: 何がw
: 情弱乙 ゴブリンの咆哮は仲間を呼び寄せる効果があんの これ常識
: 群れってどんくらい?
: ざっと100とかじゃね? ロードがいたらもっとかも?
: あいきゃん逃げて!!
: もしロードとかなら逃げた方がいいかもね。相手A級指定だし、C級のあいきゃんじゃ話にならん
: 胸はG級だけどな
: うるさい とにかくあいきゃん逃げて!
ただならぬコメント欄に愛華も危機的状況を察したのか、血相を変え逃げようと方向転換――――が、時既に遅し。ドタドタとモンスター達の足音が彼女に迫る。
「え、ヤバい……。足音が凄い聞こえてくるんだけど……。てか……近くない……?」
そして愛華がカメラのレンズを見た途端、その画面に無数のゴブリンが写り込んだ。
: やばいって、めっちゃいる!
: これはさすがに……
: え、あいきゃん死ぬの?
: 縁起でもない事言うな
: とにかく走って!!
: いや、走っても無理だろ……もう間に合わん
愛華はカメラの画面など一切気にせず、必死に走った。
しかしゴブリン達の足は早く、容易に追い付かれてしまう。そしてゴブリン達は飛び上がり、彼女の身体を押さえ付けた。
「キャーーーーー! やめてっ……!! 離してっ……!!!」
: こ、これは……!
: ゴブリンに〇される女配信者 これ明日のネットニュースのトップだろ
: いや、呑気な事言ってる場合じゃないだろ
: 誰かいないのか? 上級探索者とか
: いたとしてももっと深い所だろ……
: あいきゃん可愛かったのになぁ(絶望)
: 南無阿弥陀仏(-∧-)合掌……
コメント欄も、そして愛華ですらも諦めてしまったその時――――
「大丈夫か!? 今助ける……!! ――――焼き尽くせ……【
愛華を押さえ付けていたゴブリンは、轟々とした爆炎に吹き飛ばされた。そしてその爆炎は周りにいた無数のゴブリンの群れにも飛び火し、瞬く間に一掃した。
そして颯爽と愛華を救った英雄は、倒れ込む彼女に手を差し伸べ、眩しい笑顔を浮かべる。
: 救世主キタ━(゚∀゚)━!
: くっ……俺にその笑顔は眩しすぎるぜ……
: え、フレイムブラストって確か
: つまりはそういう事だろ 炎帝こと
: てか顔写ってんじゃん 周防で間違いないね
: さすがだわ ピンチな女ライバーの元に颯爽と助けに入るとかイケメンしか出来ん……
「大丈夫かい? 服がボロボロになっちゃったね……。良かったら僕のコートを着て?」
「あ、ありがとうございます……」
すると周防はカメラに自分が写っている事など一切気にせず、彼女のボロボロになった服の上から自らのコートを覆った。
: いくらなんでもイケメンすぎんだろ、好きだ
: 俺は今コイツの事が嫌いになった
: ワイも
: お前らはあいきゃんを周防に盗られるのが嫌なだけだろ
: 嫌に決まってんだろォォォォ! 俺だってなぁ……
: 落ち着け。気持ちは分かる
: アイシテル……スオウ……
: そっちかよ!?
これにて一件落着――――かに思われたが、モンスターの脅威はこんなものではなかった。
『グウォォォォオオオオ……!!!』
「…………っ!?」
「チッ……。まだ居たのか……。さすがに手負いの女の子を守りながらの戦闘は厳しいな……」
大きな唸り声を上げ、巨体を揺らしながら二人の元へ突進して来る大型モンスターの姿がカメラに映り込む。
: ぬぁー ここでロード出現はさすがに万事休すか?
: ロードってA級指定のモンスターだろ? 炎帝なら倒せんべ?
: 手負いのあいきゃん抱えながらはさすがにムリだろ
: さすがの炎帝も見捨てるか?
: いや、それはないだろ
: でもこういう時こそ自分の命を優先しない?
: そこで見捨てないからイケメンなのよ 君らにはわかるまい
: 貴様にもな
有象無象の視聴者が言う様に、真のイケメンはこんな所に美少女を置いて逃げたりはしない。彼は愛華を守るように両手で抱きしめた。
視聴者が観ている画面には抱き合う二人の姿越しに、こちらへ向かってくる大型モンスターの姿がハッキリと映っていた。だがしかし。よく見ると奴はゴブリンロードではなかった。
視聴者と二人の探索者。その全員が、彼女らの死を確信した。刹那――――
「おーい、クソガキー。生きてっかー?」
: 誰だしテメェwww
: 突然のおっさん乱入は草www
: あまりの出来事にロードも足止めちゃったよw
: てか上下スウェットってマジでこの人何してんの
: 間違えて迷い込んだんじゃね?
: ダンジョンに? しかも30階層まで?
: ンなアホな……
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