第6話 無自覚無双


 愛華とイケメンの二人に未だ馬鹿にされていると感じた俺は、苛立ちながらも出口へと向かって歩いていた――――はずだったのだが。



「あぁ? ここは一体どこなんだよ!? 出口はどこにあんだ!?」


 俺は一人、ダンジョンの中で迷子になっていた。



 ◇



 一方その頃、残された愛華と周防すおうはというと――――



「おじさん、何を言ってたんだろ……? てかイレギュラーって何? しかもなんか怒ってたし、転移陣とは反対の方向へ歩いて行っちゃうし……」


「さぁね……。凡人の僕らに天才の考えはわからないものだよ」


「それもそうですね。本当に何者なんだろ、あのおじさん……」


 二人はかけるの正体を何となく思案してみるも、一向に答えは出なかった。

 すると周防はへたりこんでいる愛華に手を伸ばし、配信のコメントで既に明かされていた自らの正体を彼女に告げた。


「それより君、名前は何て言うんだい? 僕は周防誠一。一応A級探索者だよ」


「知っていますよ。あなた炎帝でしょ? 有名ですもんね? 私は東條愛華。C級探索者です」


 周防の問い掛けに答えるように、自己紹介を済ませた愛華は彼の手を取り立ち上がった。


「それにしても今日は災難だったね。丁度僕が30階層付近まで戻っていてよかったよ」


「そうですね。おかげで助かりました。ありがとうございます」


 愛華は尻についた土を手で払うと、一度頭を下げて礼を言う。すると周防は貼り付けた笑顔で口を開いた。


 

「全然いいよ。困った時はお互い様さ! さてと……。それじゃあ問題も片付いた事だし、そろそろ僕らも地上へ戻って、ギルドへ報告を――――」


「――――今日は本当にありがとうございました。また縁があれば会いましょう? それじゃあまた!」


「は……? え……?」


 周防が何かを言いかけたその時、タイミング良く頭を上げた愛華はささっと別れの挨拶を済ませ、転移魔法陣の方へと走り去って行った。

 そして、その場に取り残された周防はこの後の報告を一人でしないといけないという現実に数分程、石像のように立ち尽くしていた。


 

 ◇

 

 

 その頃、突然の配信終了を受けた"あいきゃん"の配信を観ていた視聴者達は、すぐさまSNS等で配信画面のスクリーンショットや、切り抜き動画を投稿し始めた。

 

 するとそれらは瞬く間に拡散され、世界的SNSアプリ"バズッター"では『スウェットおじさん』が国内トレンド一位。更に、動画投稿サイト"D-tubeディーチューブ"の急上昇ランキングでも一位を記録した。




 ◇



 ネット上が俺の話題で持ち切りになっているとも知らずに、俺は未だダンジョンの中を彷徨っていた。



「ったく……。どこまで歩けば外に出られんだ? アイツらと分かれてから10個くらい階段を降りたが、出口がある気配すらねぇー」


 俺がボヤきながら40階層を歩いていると、大きな赤い目を持つが俺に向かって数匹飛んで来る。


「まーた"レッドビー"か……。いい加減うぜぇっての」


 俺が愛華達と分かれてから、ここへ来るまでの間に何度も遭遇したレッドビーは縦横無尽に飛び回り、俺に針を刺そうと躍起になっている。だが俺はそれらをしっかりと目で追い、容易く叩き落とした。


「あーもう、うぜぇ……。てかこのダンジョンのモンスターって、全然大した事ねーのな。俺なんかでも一撃で倒せるレッドビーとか、ノーマルゴブリンしか出てこねーし」


 しかしながら、無職でパチプロ・・・・・・・な俺のボヤキは止まらない。

 

「てか、アイツらこんなもんを倒してあんな大金貰ってんのか? いや……それはねーな。どうせあそこでイチャついてて、ちょっと油断しちまっただけだろ。チッ……これだから陽キャは……」


 向かって来るノーマルモンスターを軽くあしらいつつ、俺はダンジョン内でイチャつく陽キャの撲滅と、出口を求めて更に歩みを進めた。


 ◇


 それから俺は、また10個の階段を降り、50階層へ到達し、疲れ果てた頃合で一つの大きな扉の前に辿り着く。



「何だこりゃあ……? えらくでけぇ扉だなぁ。入口にこんなもんあったっけか?」


 俺はそんな事を言いつつ、何も考えずにその扉を開いた。すると中は広い部屋になっており、中心に大きな岩が一つ置かれていただけだった。


「ンだよ……出口じゃねーのかよ……!?」


 俺がそう叫ぶと、開けたはずの扉は勢い良く閉まり、大きな岩の一部が赤く光り、動き出した。


「な、何だ何だ……?」


 俺は戸惑いつつも岩の動向に気を配る。すると大きな岩は形を変え、10メートルにも及ぶ巨大ゴーレムへと変貌した。


『ウゴォォォォォ……!!』


「おいおい、マジか……。テメェ、ゴーレムだったのかよ?」

 

 ゴーレムは土煙を上げて咆哮し、意外に機敏な動きを見せ始める。


「おぉ、ドスドスいってはいるが、中々動けんじゃねーか!」


 そしてゴーレムは暫く動き回り動作確認が済んだのか、そのままの勢いで俺に突進を開始した。


『ウゥゴォォォォォ!!!』


「おいおい、そんなに巨体揺らして大丈夫かァ? あんま無理したら簡単に崩れちまうんじゃねーのかっ……!?」


 俺はそんな事を言いながら、突貫を続ける巨体を容易く躱し背後へ。そのまま後方から奴の頭をぶっ叩く。するといとも容易く頭の一部が崩壊した。


「柔らけぇー……。いくらなんでもやわ過ぎんだろ!? さすがはノーマル・・・・ゴーレムだな。イレギュラーじゃなくて助かったぜ」

 

『ウゴォォ、ウゴゴォォォ……!!!』


 頭の一部が崩壊し怒りを覚えたのか、ノーマルゴーレムはこちらへ振り返り再度突貫。だが俺はそれを躱し、足払いで奴をその場に倒した。


「扉も閉まっちまって出れねーし、要はテメェを倒しゃあ丸く収まんだろ? ワリィけど俺は早いとこ帰りてーんだ。明日も朝からパチンコでな。――――確かゴーレムは核を壊せば消えるんだっけか? 親父がそんな事言ってたよーな……」


 そう言うと俺は倒れているノーマルゴーレムの上に立ち、昔親父に教わったゴーレムの倒し方を実践する。

 目を凝らしてゴーレムの身体を観察すると、胸の辺りに赤く光る石を発見した。


「あー、あれだな多分。んじゃあまぁ、何だ。テメェらに命の概念があんのか知らねぇけど……縁があったらまた会おうぜ。じゃあ、さいなら」


 そして、ノーマルゴーレムにきっちりと別れの挨拶を済ませたところで、俺は奴の胸付近を拳で殴り穴を開け、そこへ強引に手を突っ込み魔石を掴むと一気に引き抜いた。


『ウゴォォォォォ…………』


 すると消え入りそうな唸り声を上げながらノーマルゴーレムは砂と化した。

 

「親父が言ってた恐ろしくつえーイレギュラーがいなくて助かったぜ。こんな子供でも倒せそうなノーマルモンスターばっかなら探索者っつう仕事も楽なんだろうけどな」


 俺は手に持った魔石を眺めながら、難無く切り抜けられた自らの幸運に安堵する。すると部屋の中心に何やら光る円が現れた。

 


「あぁ? 次は何だ?」


 俺はその光る円に近付き、恐る恐る様子を伺う。


「何だァ……? 何も起こらねぇじゃねーか。――――って……おァッ!?」


 すると不用意に近付いたバチが当たったのか、俺の身体は光の中へと吸い込まれて行った。


 

 ――あぁ、死んだ。

 確実に死んだなこれは……。

 ダンジョンで死ぬとか俺もつくづく、あの人達の息子なんだな……。

 今行くよ……父さん、母さん……。


 俺はそんな事を考えながらゆっくりと目を瞑った。



 ◇



 そして時間にして5秒程。俺は閉じていた目をゆっくりと開く。すると――――


 

「は……? え……?」


 俺は戸惑っていた。確実に謎の光に殺されたと思っていた矢先、俺の目に飛び込んで来たのは、見覚えのあるダンジョンの入口だった。


「さっきの部屋はやっぱ出口だったのかよ……!!」


 俺は大声で独り言を呟いた。いや、最早これは独り言ではなかったかもしれない。それを証拠に、周りにいた探索者達が俺を白い目で見ている。


「何だよ!? 見せもんじゃねーぞ!?」


 俺はそう叫びながらダンジョンを後にした。

 ダンジョンを出ると空にはすっかり日が昇り、綺麗な青空が広がっていた。

 


「やっちまった……。29歳にしてオールとか……ありえねぇー……」


 俺は絶望しながら大通りへ出た。


 

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