第2話 生意気なガキ


「おじさん。こんな所で何してんの?」

 

 路地裏で俺は見知らぬ女子に声を掛けられた。


「あぁ? テメェこそ誰だよ?」


「私は東條とうじょう愛華あいか。おじさんは?」


「俺は一ノ瀬かけるだ。あと俺は29でおじさんじゃねぇー」


 ――へぇ、東條愛華っていうのか。

 てかコイツ……まだガキのくせしてなんつー出してんだよ。

 思わず名乗っちまったじゃねーか。


「ふーん。どこからどう見ても普通におじさんにしか見えないけど……。因みに私は18ね。で? そんなおじさんは何でこんな所にいるの?」


「名前を聞いといてまだおじさん呼びを続けるのかテメェは……。俺の方が歳上なんだから一ノ瀬さん・・って呼べよ?」


「は? 嫌よそんなの」


 否定的な態度を示す生意気な愛華ガキはそのまま俺の全身を上から下まで眺め始めた。


「な、何だよ……!?」


「古びた毛玉まみれの灰色のスウェットに、ボサボサの頭と無精髭……。おじさん、無職でしょ?」


「なっ……!?」


 嫌悪感たっぷりに俺を見つめ、愛華は失礼な事を言い放つ。だがそれらは全て事実であり、俺は反論する事が出来なかった。


「図星でしょ? 今時、そんな格好で雇ってくれる所なんて無いからね」


「ざけんな……! 俺だって仕事くらいしてるわ!!」


「へぇー? じゃあなんの仕事してるか言ってみてよ?」


「――――ロ……」


 黒髪ショートに色白の肌。細身でありながらたわわに実った果実が二つ。

 それらを際立たせるように着こなされた黒の革ジャンにショートパンツという、18歳らしからぬ圧を放っている愛華に俺はボソッと答えた。


「何!? よく聞こえないんだけど?」


 すると愛華は語気を強めて聞き返す。俺は意を決して口を開いた。


「俺の仕事は――――パチプロだ……!」


「は……? パチプロ? 社会のゴミじゃん……」


「何ぃ……!?」


 俺の言葉を聞き、愛華は冷めた目付きでそう言い放つ。俺も負けじと語気を強めて言い返してみたが、愛華は変わらず冷たい視線を送ってくる。

 

「何よ? ロクに働きもしないでパチンコなんかしてるおじさんが、私に何か文句でもあるわけ?」


「いや、無い……」


 正論過ぎる物言いに、勿論俺には反論の余地は無く、腕を組んで睨みつけて来る愛華に対し、それ以上の言葉は出て来なかった。


 

「そう。ならいいわ。それよりそこ・・どいてくれない? 邪魔なんだけど?」


「あぁ? いくら俺をゴミ扱いしてるからって、公共の場で邪魔だって言うのはさすがにあんまりじゃねーか?」


「いや、じゃなくて。おじさんが立ってるそこ。"渋谷ダンジョン"の入口なんだけど――――」


「はぁ?」


 苛立ちを見せながら睨み付けて来る愛華に気圧され、俺は後ろを振り返る。

 するとそこには大きな洞窟のようなものがあった。


 

「何だこれ……?」


「何って、だからダンジョン・・・・・でしょ?」


 ――これがダンジョン……初めて見んな……。

 てか、こんなデカい洞窟に気付かないなんて、どんだけ必死で逃げてたんだよ、俺……。


 

 巨人でも出入りするのかと思える程に巨大なダンジョンの入口は、異様な空気を放っていた。

 そしてやはり・・・、こんな所へ進んで入ろうという人間の感覚は俺にはわからない。



「へ、へぇー。これがダンジョンかぁ。そーかそーか」

 

「もしかしておじさんビビってる?」


「ビビってねーよ。ただ、ここで仕事する奴らはつくづく不憫だなと思ってよ」


「何でよ?」


 怪訝な表情を浮かべ俺に詰め寄る愛華に対し、俺は一つをつく。


「そんなもん、死ぬかもしれない職業なんて割に合わねーからに決まってるじゃねーか! ハハハッ!」


「はぁ? "探索者"達のおかげでおじさん達はこの世界で平和に生きていられるんでしょ!? よくそんな事が言えるわね!?」


 俺の嘘が相当不快だったようで、愛華は更に不機嫌そうにしながら詰め寄って来る。

 それもそのはず。愛華の言う通り、探索者と呼ばれる者達が日夜ダンジョンへ潜り、モンスターを討伐しているからこそ、俺達は平和な暮らしが出来ている。


 そしてそれは裏を返せば、探索者達が仕事を怠るとモンスターが外へと溢れ出し、世界が地獄と化すのと同義だった。


「わーってるよ。だからそんな怒んなって。な?」

 

「そりゃあ怒るわよ! 私もその"探索者"だし、それにおじさんのやってる仕事・・なんかよりも、よっぽど凄い職業だと自負してるんだから!」


「へーへー。わーったよ。いつもありがとうございます、探索者様ー」


 怒っているのか自慢したいのかよくわからない愛華に対し、俺は適当に話を合わせ媚びへつらった。

 

「ムッカー……! 誰のおかげでおじさんが毎日パチンコを出来てると思ってるのよ……!」


「そりゃあお前、パチンコ屋だろ」


 眉間に皺を寄せ怒りを滲ませる愛華に対し、俺は無意識に油を注いでしまう。


「ちっがーう!! 世界が平和でいられるのも、おじさんが毎日パチンコ出来るのも、経済が回ってるのも、全部ぜんぶ、ぜーーーんっぶ! 探索者のおかげなの! わかった!?」

 

「あぁ、わかったわかった。いつもサンキューな。まぁ何だ……それじゃあ死なねーように気ぃ付けろよ」


 愛華はひとしきり怒鳴り終えると、息を切らしながら俺を睨み付けていた。俺はそんな愛華に対し、再度礼を言い、最後には優しい言葉もかけてやった。

 

「はぁ!? パチプロのおじさんなんかに言われる筋合いなんて無いわよ! 探索者なめんな!」


 俺が優しい言葉を掛けてやったのにも関わらず、どうやら愛華には余計なお世話だったようだ。とんでもない勢いで俺を罵倒して来る。


「そうか、それは悪かった。これからも俺達の為に頑張ってくれよ、探索者様」


「ふんっ。まだムカつくけどもういい。じゃあ私は仕事・・で忙しいからそろそろ行くわ。さよなら、おじさん。もう会うことはないと思うけど、お元気で」


 最後の最後まで辛辣な言葉と怒りに満ちた表情で睨み付けて来た愛華は、足早にダンジョンの中へと消えて行った。

 薄暗い路地裏に一人取り残された俺は、ギャンブルで負けた虚無感と、見ず知らずの歳下女子にボロクソに言われた疲労感に打ちひしがれていた。

 

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