第25話
アウトレットを後にして、朱里の家に向かって歩いていた。まだ、彼氏と彼女の関係になれない。すぐに慣れる方が難しいだろう。今までは幼馴染だったのに急に恋人なんて。でも、手を繋いでる事に関しては少しだけ慣れた気がする。それにもう周りを気にしなくていい。だって、恋人なのだから。
「楽しかったね」
「そうだな。本当に」
「あのさ。いつから私の事好きだったの?」
「いつから……うーん。たぶん、始めて会った時からじゃねぇか」
はっきりしたきっかけは覚えてない。でも、初めて会った時から気にはなっていたのは覚えている。
「一緒だ。私もきっと始めて会った時だと思う」
「二人ともたぶんとかきっととかあやふやだな」
「そうだね。でも、いいんじゃん。こうやって、恋人になったんだから」
「まぁな。それは言えてるな」
「でしょ」
朱里の家の前に着いてしまった。これで最後だ。もうこれで朱里とは離れ離れになる。
「家に着いちゃった」
「だな」
「今日はありがとうね」
「おう。こちらこそ」
「じゃあ、また明日だね」
朱里は俺にキスをした。その後、手を離して玄関のドアへ向かう。
「……おう。また明日」
叶う事のない約束をしてしまった。ごめんな。俺にはこの世界での明日はないんだ。でも、まだ朱里に伝えなきゃいけない事がある。それを伝えないと。
朱里は玄関のドアを開けようとした。
「朱里」
俺は玄関のドアを開けようとした朱里を呼び止めた。
朱里はドアを開けるのを中断して、振り向いて、「何?」と言った。
俺は朱里のもとへ駆けて行く。そして、朱里にキスをした。
「愛してる。ずっと……ずっと」
俺は朱里の唇から唇を離した。
「私もだよ。ずっと……ずっと愛してる」
このまま時間が一生止まってくれたらいいと思った。時間が進めば、俺はこの幸せをもう手に入れる事はできない。
「……ありがとう」
自然と涙がこぼれしまった。
「どうしたの?」
「何でもない」
「嘘つき。でも、理由は聞かないよ」
「……朱里」
「もう泣かないでよ」
朱里は涙を流し始めた。理由は分からない。知りたい。でも、知らない方がいい。知れば名残惜しくなる。
「朱里、ごめんな」
「なんで謝るの。もう、泣き虫なんだから」
「朱里もそれは言えないだろ」
「うるさい。もうこれで泣かないで」
朱里は俺にキスをした。
……なんで人は人を愛するのだろう。いずれ別れる運命なのに。それが分かっているのに。もしかしたら、その理由を導き出す事自体が無粋なのかもしれない。ただ、好きな人を好き。
それだけでいい。それだけでいいんだ。俺は木場朱里が好きなんだ。
朱里は俺の唇から唇を離した。
「好きだよ。絽充」
「おう。ずっと好きだ」
「もう家に入るね。親にばれたら怖いし」
「そうだな」
「もう一回言う事になるけど、また明日」
「あぁ。また明日」
俺は朱里の迷惑にならない距離まで離れた。
朱里は涙を手で拭いて、笑顔で手を振っている。
俺も涙を手で拭って、手を振った。朱里の笑顔を忘れないように必死に目に焼き付けた。
「じゃあね」
朱里は玄関のドアを開けて、家の中に入って行った。
家に帰ってから、自分の部屋でアニマに保存された朱里と一緒に映っている写真を何枚も見ていた。今までの想い出が蘇ってくる。この想い出さえもミュトスで書かれているのだとするとやるせなくなる。いや、きっとそんな事はない。どれだけ筋書きがあったとしても、動いているのは俺達だ。そうに違いない。
アニマで時間を確認する。
23時59分。この世界との別れがもうすぐだ。なんでだろう。けじめをつけたはずが未練しかない。まだこの世界に居たい。朱里の傍に居たい。
無慈悲にも時は過ぎていく。抗う事はできない。
23時59分55秒、56秒、57秒、58秒、59秒になった。そして、その瞬間周りの
色は白黒になった。それはこの世界とお別れする事を意味する。
目の前に裂け目が現れた。その裂け目からパッチワークのテディベアを持った零無愛と七志が出て来た。
「どうもです。迎えに来ました」
「けじめはついたか。ロミ」
零無愛は訊ねて来た。
「……それは」
「答えろ」
「けじめはついてない」
「貴様。それではこの世界は破棄する事になるがいいのか?」
「まだ答えてる途中だ」
「……途中?」
「あぁ。けじめはついてない。未練もたくさんある。けど、この世界が無くなるのは嫌だ。だから、俺は貴方方と同じ存在になる。そして、あっちの世界からこの世界を見守っていく。情けない意思表明かもしれないけど、俺はそうするつもりだ」
「面白い答えだな。いいだろう。認めてやろう」
「……零無愛さん。一つだけお願いがあります。聞いてもらえないですか?」
初めて零無愛に敬語を使った。どうしても受け入れてもらいた願いだから。それにこれからは上司になる。
「貴様。初めて敬語を使ったな。七志よりは良い部下になりそうだ」
零無愛はニヤッと笑った。どうやら聞いてもらえそうだ。
「それって酷くないですか。ねぇ、零無愛さん」
「七志、お前は黙れ。目障りだ」
「後輩いじめた。もう言う事聞きませんよ。反抗期になっちゃいますよ」
「消されたいのか」
零無愛は七志を睨んだ。
「……すいません。本当にすいません。全てが終わるまで黙ります。はい。わたくし、黙らせていただきます。黙らせていただく所存でございます」
七志はかなり焦っているように見える。顔のパーツがないけど、汗はかいているからそうに違いない。
「あぁ、黙っておけ」
七志は頷いた。
「すまない。話が逸れたな。それで願いとはなんだ?」
「このネックレスをそっちの世界に持って行ってもいいですか」
朱里から貰った黄色のスターチスの花を持ったブリキのロボットのネックレスを零無愛に見せた。
「……誰から貰った?」
「朱里。木場朱里から貰いました」
「そうか。興味深いな」
興味深い。どう言う意味だ。それはOKって事なのか。それともNOなのか?どっちなんだ。
はっきりしてくれ。いや、してください。
「それはどう受け取れば?」
「今まで廃棄してきた世界をもう一度確認する必要可能せいがあるかもしれない。私の勘違い
かもしれないが」
零無愛は俺の言葉に返答をせず、急に独り言を言った。
「OKって事ですか?」
「行くぞ。二人とも」
零無愛は裂け目に入って行った。
「え?どっちなんですか?」
零無愛の姿は消えた。どうすればいい。まだ七志は居るから聞くか。
「あの七志さん。どっちなんですか?」
七志はスーツの胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。そして、メモ帳にペンで何かを書いている。
「七志さん?」
七志はメモ帳を見せてきた。そこには「お口チャック中」と書かれていた。
「もう、それはいいですから。お口チャック解除でいいですから」
「え、そう。じゃあ、答えるね。興味深いって言ってるからOKだよ」
「そ、それは本当ですか?」
「あぁ。それは本当だよ。零無愛さんは駄目ならものなら駄目ってはっきり言うし。それに零無愛さんが興味を持つなんてあまりない事だから」
「……そうなんですか」
「そうだよ。だから、行くよ」
「は、はい」
俺と七志は裂け目に入った。そして、この世界から門田絽充と言う人間の存在は消えた。もう一つお願いするべきだった。最後に朱里の顔を見させてくださいと。でも、それをすればだだをこねてしまいそうだ。だから、これでいい。これでいいんだ。
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