第24話
ロミオとジュリエットの劇が終演して、俺と朱里は劇場から出た。外はすっかり夜になっていた。
それにしても、俺も朱里も今までもったいない事をしていた。こんなに素敵な作品だったとは。2時間もある舞台だったのにあっという間に終わった。それほど、あの世界にのめり込んでいたのだろう。
「観てよかったね」
隣に居る朱里は言う。
「そうだな。本当によかったと思う」
「最後のシーン感動して泣いちゃったよ」
「あのシーンはやばかった。俺も泣きそうになった」
実は泣いていた。けど、それを朱里には知られたくない。男の意地ってやつだ。いや、ただ恥ずかしいだけだ。好きな人に泣いている所を見られたくないだけ。
「……嘘つき」
「何が?」
「私知ってるもん。絽充が泣いてた事。横ですすり泣きしてるのちょっこと見たもん」
「え、それは……はい。泣きました」
一瞬にして噓はばれた。何ともいえない恥ずかしさがある。
「強がらなくていいのに」
「強がってはいないよ」
「強がってるよ。昔からそうだもん。他の人は騙せても私は騙せません」
「……観念します」
どんな言い訳をしても朱里には勝てない。もう諦めるのが一番いい選択だ。
「よろしい。でも、私は嬉しかったよ」
「なにが嬉しかったんだ?」
「同じ所で泣いちゃった事」
「それが嬉しい事なのか?」
「うん。だって、感情を共有出来たんだよ」
「……そっか」
感情を共有か。たしかに同じ気持ちだったら嬉しい事あるもんな。でも、こうやって言葉にされると照れるな。
「どうしたの?顔赤くしちゃって」
「なってない。これは事実だ」
「噓だ。鏡見てみる?」
「結構です。いいから次の所行くぞ」
無理やり話を変えた。朱里には勝てない。それに俺と朱里が一緒に居れる時間もあと少しだ。
自分の思いを伝えないと。
「あ、話し変えた」
「いいだろ。次行くぞ」
俺は朱里の手を握った。
「う、うん」
朱里は驚いた顔をしたが、手を握り返してきた。……あれ、急に恥ずかしくなってきたぞ。顔が熱い。今はまじで顔が赤くなっているかもしれない。ど、どうしよう。あ、そうだ。観覧車の方に向かえばいいんだ。
俺は朱里と手を繋ぎながら観覧車の方へ進む。
何を話せばいいんだろう。話題、話題。や、ヤバイぞ。話題を考えようとすればするほど頭の中が真っ白になっていく。事件だ。大事件だ。誰か助けてくれ。いや、自分でどうにかするしかない。搾り出せ、話題を。おしゃれな話題を。でも、ちょっと待て。俺、おしゃれな話題を一つも持ってないぞ。
「ねぇ、どこに行くの?」
朱里は訊ねて来た。
俺は手を震わせながらズボンのポケットから観覧車の無料搭乗券を取り出す。
「ここだよ。ここ」と言って、朱里に無料搭乗券を見せた。
「観覧車?」
「そう。観覧車……ダメか?」
「ダメじゃないけど。どこで手に入れたのその券?」
「えーっと、内緒」
劇場の受付嬢にもらったとか言えない。だって、言えばその時なんて言われたのとか聞かれるはず。そうなれば、上手く誤魔化す方法がない。朱里の感は鋭いから。
「なに。教えてよ」
「教えない。絶対に教えない」
「いじわる」
朱里は頬を膨らませて、拗ねた。
「いじわるじゃないよ。楽しめたら誰かもらってもいいだろ」
「まぁ、それはそうだけど」
「だろ。だったらいいじゃん」
「納得いかないなぁ。絽充に言い包められるのが」
「そっちかい」
思ってもいない返答だ。……おい。それって、俺の事さりげなく馬鹿にしてないか。いや、絶対にしてるな。でも、今それについて質問すれば、話を誘導されてチケットの入手場所を聞かれるかもしれない。
「うん。そっちだよ」
朱里は当たり前じゃないと言わんばかりの表情をしている。憎たらしいが可愛い。可愛いから仕方なく許す。
「……お、おう」
「でも、観覧車って初めてだな」
「本当か?乗った事あると思ってた?」
「乗った事ないよ。一回も」
「なんで?」
「なんでって……色々とあるの。女の子には」
朱里の口調はちょっと強かった。これは深堀したらいけないやつだ。あとで俺が痛い目に合う。今までの経験上。
「ご、ごめん」
「お、怒ってはないよ」
朱里は慌てて言った。
「分かってるよ。朱里が怒る時はもっと口調がきついもん」
「なにそれ。酷くない。私が怖い人みたいじゃない」
「事実と思いますが?」
「うわ。酷い事言った。話聞いてあげない」
朱里はそっぽを向いた。
「ごめん、ごめん。冗談だよ。もとが美人だから怒っても可愛いって。なぁ」
今日の俺は凄いな。いつもなら絶対に言えない事を言えてる。それは今日が最後だからって
分かってるからか。それとも違うなにか。分からない。でも、まぁ事実だからいいか。
「本当に?」
朱里は嬉しそうにこっちを見てきた。
「おう。本当」
「今日の絽充って本当に絽充?」
「偽者じゃねぇよ。正真正銘門田絽充だよ」
「……そっか」
観覧車の搭乗口が見えてきた。
ラッキーだ。今日は休日だけど人が並んでいない。すぐに乗れそうだ。ちょっと待って。それって告白の準備が出来ないじゃねぇか。おい。みんな並んでくれよ。俺の為に並んでくれよ。
頼むから。……お願いします。
「あ、観覧車だ。人居ないし急ごう」
「え、あ、おう」
「早く早く」
朱里は俺の手を引っ張って、観覧車の搭乗口へ走り出した。
俺はこけてしまわないように朱里と同じ速度で走る。
おい、朱里さん。朱里さんよ。まだ準備が出来てないんだよ。君に告白する準備が。少しでいいから時間をくれ。……時間をください。
「着いた」
「……着いてしまった」
無常にも俺と朱里は観覧車の搭乗口前に着いた。
搭乗口前のは笑顔が素敵な男性スタッフが立っている。
「お二人様ですか?」
「はい」
朱里はごく普通に答えた。
「そうです」
「では無料搭乗券があればお見せ下さい」
男性スタッフは言ってきた。
「はい。これです」
俺は手に持っている無料搭乗券二枚を男性スタッフに見せた。
男性スタッフは俺から無料搭乗券を受け取り、確認をしている。
「確認できました。どうぞ。お乗り下さい」
男性スタッフは回ってきたゴンドラのドアを開けた。
「乗るよ」
「はい。乗ります」
俺と朱里はゴンドラに乗った。そして、手を離して、向かい合うように椅子に座った。
「ではお楽しみ下さい」
男性スタッフはゴンドラのドアを閉めた。そして、こちらに向かって手を振っている。
朱里は律儀に手を振っている。
俺は小さく手を振った。
ゴンドラはゆっくり動き始める。
考えろ。どう告白するか。やっぱり、頂上に着いた瞬間だろ。それが一番ロマンチックだ。よし、それにしよう。
心臓が皮膚を貫くかのように大きく鼓動している。
ヤバイ。かなりヤバイ。緊張する。緊張して、何も考えられない。
朱里をちょっと見る。可愛いな。やっぱり可愛いな。かなり俺気持ち悪いな。
「絽充見て。街が綺麗」
「お、おう」
夜になり明りが点った街は驚く程に綺麗だ。自分達が住む街が他の街のように思えてしまう。
「綺麗だね」
「そうだな」
朱里は夜景に見惚れていた。
……ずるいな。俺って。修正前のこの世界で朱里が俺の事を好きだって知った。だから、告白しても断れる事はないと思ってこうやってデートに誘った。
本当にずるい奴だ。でも、100%成功するって分かっていないと告白しようなんて考えなかった。いや、考える事をやめていたんだ。だって、この友達以上恋人未満の関係を崩したくなかったから。どんなものだって積み上げたものを崩すのは簡単だ。けれど、積み上げていくのは簡単じゃない。それに告白してしまえば、告白する前の関係には絶対に戻れない。
俺は臆病者なんだ。自分でも嫌になるほど。
朱里はなんでこんな臆病者を好きになったんだろ。それは想像できない。
「なんで今日はデートに誘ってくれたの?」
朱里が訊ねて来た。
ゴンドラはあともう少しで頂上に着きそうだ。
「そ、それは」
「それはなに?」
決心するんだ。臆病者の自分に負けるな。なんで、創管者になるって思ったんだ。
「君に伝えたい事があって」
「伝えたい事?」
ゴンドラが頂上に着いた。
「…………」
言えよ。言うだよ。好きだって。君が好きだって。
「なに?」
「……好きだ。朱里、君が好きなんだ。だから、付き合ってください」
言った。言ってしまった。恥ずかしくなって目を閉じてしまった。
返事がない。もしかして、朱里が俺の事を好きだったと言う事も修正してしまったのか。
そうだ。そうに違いない。でも、自分の気持ちを伝えた事には満足している。
「これが私の答えだよ」
唇に何か触れた感触がした。
俺は恐る恐る目を開けた。朱里は椅子から立ち上がって、俺にキスをしていた。
こ、これって。OKって事か。いや、ちょっと待て。キスしてる。キスをしている。ファーストキスだ。
朱里はキスを終えて、椅子に座った。
「……OKって事か?」
「うん。私も好きだよ。絽充。世界中の誰よりも」
「……そっか。よかった」
告白成功だ。友達以上恋人未満だった関係が恋人になった瞬間だ。まだあまり実感がない。と言うよりも、何も考えられる状態じゃない。
「ずっと……ずっと、傍に居てね」
「あぁ、ずっと傍に居るよ。絶対に」
守れるはずのない約束してしまった。あと数時間もすれば君は俺の存在を忘れる。そして、俺はこの世界の住人ではなくなる。それはどうしようもない事実だ。
「ありがとう」
朱里は満面の笑みを浮かべた。
「お、おう」
辛くなってきた。けど、今はそんな事考えるな。
「もう一回言っていいかな?」
「何を?」
「好きだよ。絽充。世界中の誰よりも」
「俺ももう一度言うよ。朱里、君が大好きだ」
俺と朱里はキスをした。
幸せだ。世界中の誰よりも幸せだ。今はこの幸せを噛み締めるんだ。後の事は考えるな。考えなくても来るんだから。
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