第26話

創管者になって、かなりの歳月が経った気がする。ミュトスには時間の概念が存在しない。だから、歳月がどれだけ経ったか分からない。

 元々居た世界の記憶は果てしなく昔のように思える。けど、それは自分が遠く感じているだけなのかもしれない。

 ミュトスの生活にだいぶ慣れた。まだ苦労はたくさんあるけど。

「被験世界892が終焉を向かいました。ただちに回収に行ってください」

 脳内に指示が飛んで来た。

「じゃあ、行きますよ」

 七志さんが突然目の前に現れた。

「分かりました。けど、一つだけ言っていいですか?」

「なんだい。言ってごらん。後輩よ」

 七志さんは腕を組んで言った。本当にこの人は零無愛さんが居ない時は態度が変わるな。まぁ、いいんだけど。

「突然現れるの止めてもらいませんか?怖いんで」

「なんで?なぜに?」 

 うっとしいな。この人のこう言う所改善してもらわないと。

「急に出て来られた怖いでしょ。それに七志さんは俺が居た世界ではのっぺらぼうですよ。妖怪ですよ。動くお化け屋敷なんですよ」

「うわ。それって酷くない?でも、動くお化け屋敷って響きはいいな」

 七志さんは嬉しそうにしている。最近はこの人の挙動だけでどんな事を思っているか分かってきた。そんな自分が怖い時がある。

「あの話聞いてます?」

「聞いてるよ。でも、それは受け入れられないよ」

「なんでですか?」

「だって、ロミ君を驚かせる為にやってるんだもん」

「え、ちょっと」

「どうやったら、ロミ君が驚くか日夜考えてるんだ。まぁ、ミュトスには朝も夜もしまいには昼も夕方もないけどね。アハハ」

 七志さんは笑っている。顔のパーツはないから何笑いかは分からないけど。

 あーむかついてきた。俺もちょっと仕返しをしないと。

「零無愛さんに色々と言いますからね」

「ちょ、ちょい。それは困るな。いや、困りますね」

「だったら、もう少し現れ方考えてくださりますね」

「は、はい。考えます。だから、零無愛さんには何も言わないでください。この通りです」

 七志さんは土下座してきた。

 これはどっちが先輩か後輩か分からないじゃないか。これを零無愛さんに見られたら俺が怒られるかもしれない。それにしても、この人の土下座は安いな。よく、零無愛さんや他の創管者にもすぐにやっている。

「分かりましたから。顔を上げてください」

「あ、本当に。じゃあ、立ち上がります」

 七志さんはそう言って、立ち上がった。この人反省してるのか。いや、反省してないだろう。

軽い。この人の何もかもが軽い。

 俺は溜息を吐いた。

「今、溜息吐いた?吐いたよね」

「吐いてません。早く、回収に行きますよ」

「話し変えたよね。そうだよね」

「変えてませんよ。先輩」

 俺は憎たらしい口調で言った。

「うわ、何その言い方。酷くない」

「酷くないですよ。さっさと仕事しないと零無愛さんに怒られますよ。それでいいんですか?」

「そ、それは駄目だ。さぁ、行くぞ」

 七志さんは慌てて走り出した。

 俺はその後をついて行く。

 ある程度、走ると一冊の分厚い本が落ちていた。その本の周りにはクレーターが出来ている。

「これですね」

「そうみたいだね」

「じゃあ、ちょっと確認してきますね」

「了解。本開けとくね」

 七志さんは本を拾った。そして、俺に向かって本を開いた。

 俺は抵抗する事なく本に吸い込まれていく。

 

 被験世界892に到着した。周りの光景を見る。

 荒廃した街。太陽が指す隙間がない程に黒い雲が敷き詰まった空。そして、時間が止まり、

動いてない人間達。生存反応もしない。

 完全に終焉を迎えた世界。俺が居た世界もこうなるかもしれなかったと思うとゾッとする。

 この世界に今あるのは虚しさだけ。他には何もない。

 俺の選択は間違っていなかったと思う。そうこの世界が言っているような気がした。


 被験世界892からミュトスに戻った。

 目の前には本を閉じた七志さんが立っていた。

「どうでした?」

「完全に終焉を迎えてました」

「そうですか。それじゃ、この世界をライブリオに持って行きますか」

「はい」

 俺と七志さんはライブリオに向かった。

 必要なくなった被験世界はライブリオでデータだけ抜け取られ廃棄される。その廃棄される場面に立ち会うと何とも言えない悲しさが込み上げてくる。けど、それに対して俺は何も出来ない。この世界のルールだから。

 ライブリオの前に着いた。

「それじゃ、私が破棄してきますね」

「お願いします」

「ではまた後で」

 七志さんはライブリオの建物の裏側にある廃棄場へ向かった。

 俺はライブリオの中に入った。

「帰って来たか。ロミ」

 零無愛さんが居た。いつもと一緒でパッチワークのテディベアを持っている。

「はい。帰りました」

「お前に褒美をやろう」

「褒美ですか?」

「あぁ。褒美だ。要らないのか?」

「いや、欲しいです」

「そう答えると思ったよ」

「それで褒美ってなんですか?」

「お前が居た世界に入ってもいい」

「え、いいんですか?」

「噓を吐く必要がないだろ。いいんだ」

 初めてだ。こんなに優しい零無愛さんを見たのは。

「ありがとうございます」

「まぁ、お前の存在は認知されないがな」

「そんな事はいいです。ほ、本当にありがとうございます」

 簡単に言えば透明人間だ。でも、朱里の姿を近くで見れる。それだけでいい。

「じゃあ、行ってこい」

「はい。行ってきます」

 俺は急いで、自分が居た世界が保管されている部屋に向かう。

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