第13話
今さっきの出来事が噓かのように時間は過ぎ、夕方になった。
茜色の空を見るのもあと二回。揺るがない決定事項。それを思うと、当たり前のように見てきたものが大切なものなんだと感じらされる。今まで当たり前の日々を当たり前に消費していた。その事を痛感させられる。
朱里の家の前に着いた。
朱里は学校を出る時からずっと俺の手を握っている。それを断る理由もないし、望んでいる事なら答えるしかない。今、俺が出来る事をやって、少しでも朱里を落ち着かせてあげないと。
元気づける言葉も知らないし、一瞬で笑顔に出来るギャグももってないし。
「守ってくれてありがとう」
朱里の表情は学校に居る時に比べれば少し落ち着いたような気がする。
「……お、おう」
「あともう少し手握ってていい?」
「……いいよ」
「うん」
俺と朱里はその場で何も言わずに時間を過ごした。周りから見ればおかしな光景かもしれない。でも、これで朱里の恐怖心が少しでも和らぐのならいい。「大事な人の為なら、好きな人の
為ならどんな事でも出来る」って言うのをどこかで聞いた事がある。その言葉がなんとなく理解出切る気がする。
どれだけ化学が発展しても、この言葉に出来ない感情は数値化できない。色んなものがデジタル化しても最後に残るのはアナログのもの。
この無言の時間はとても有意義な時間。それにこの時間で確証できた想いがある。
……朱里の事が好きだ。世界中の誰よりも。恥ずかしくて言えないけど。
――5分程が経った。
「ありがとう」
「……どう致しまして」
朱里は俺の手から手を離した。まだ手を繋いでいたかった。でも、そんな事を言うとキモいとか言われそうで言えない。
「明日ヒマ?」
「予定は何も入ってない」
「じゃあ、一日私に付き合って」
「……いいけど」
「決定。明日は私のわがままを聞いてね。絶対」
「なんだよ、それは」
「……ダメ?」
朱里は上目遣いで訊ねて来た。
……卑怯だ。そんな表情をされたら断れない。
「はい。分かりました。わがまま聞いてあげましょう。お嬢様」
「よし。じゃあ、明日朝10時に絽実の家に行くから」
「え?」
「だって、私の家で集合したら絽実絶対遅刻するんだもん」
「それは否定できません」
たしかに時間通りに朱里の家に着いた記憶がない。
「非を認めるのはよろしい。だから、明日行くから、それまでに起きててね」
「……はい。目覚ましかけまくります」
「よろしい」
朱里は微笑んだ。……ようやくだ。普段の朱里の表情になった。無理なんかしてない自然な表情だ。
「うっす」
朱里はインターホンを鳴らした。
数秒も経たない内に玄関のドアが開き、家の中から朱里のお母さんが出て来た。
「朱里、大丈夫の?」
朱里のお母さんの一言目は「おかえり」ではなく心配の言葉だった。きっと、学校から連絡が来ていたのだろう。
学校の先生が保護者に迎えに来てもらうようにしようとしていたが、朱里はそれを断ったのだ。「大丈夫です。門田君が一緒に帰ってくれるんで」と言って。
俺も最初は迎えに来てもらう方がいいと言ったが、朱里がそれを受け入れなかったから、手を繋いで一緒に下校した。
「大丈夫だよ」
朱里はお母さんを心配させないように言った。
「本当に?」
「本当だよ」
「そう。それならいいんだけど」
「心配しすぎだよ」
「心配するに決まってるじゃない」
朱里のお母さんの口調は強くなった。仕方が無い。もし、俺に子供が居たら同じような口調になる。それほど朱里の事を心配していたに違いない。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいの。ちょっと強く言い過ぎた」
「……うん」
「絽充君。ありがとうね。色々大変だったでしょ」
「全然大丈夫ですよ。俺は」
「本当にありがとう」
朱里のお母さんは頭を深く下げてきた。
「止めてください。俺はできる事をしただけですから」
「昔から優しいわね。本当にそう言うところ好きよ」
朱里のお母さんは頭を上げて言った。
「あ、ありがとうございます」
「な、何言ってるのお母さん。絽実、ありがとう。じゃあ、また明日」
朱里は急いで、家の中に入って行った。何慌ててるんだ。慌てる要素があったか?
「失礼します」
「気をつけて帰ってね」
「はい」
「それじゃ」
朱里の母さんは玄関のドアを閉めた。
自宅に向かいながら、釘野の言った「君は僕の物になる」がどう言う事か考える。今のあいつならどんなに現実離れしている方法でも出来そう。そのせいでどんな手段を取るか分からない。それに言葉がでまかせかも分からない。考えれば考える程頭が混乱してしまう。いっそう考えない方がいいのか。
考え事をしている内に家の前に着いてしまった。
玄関のドアの鍵を開けて、家の中に入る。その後、鍵を閉めた。
靴を脱いで、階段を上り、自分の部屋に行く。
部屋の中に入り、ベットの上に座り、横に鞄を置く。
「送り主不明のメッセージが届いています。メッセージを読みますか?」
アニマが訊ねて来た。……送り主不明か。いつもなら読まずにメッセージを破棄する。けど、
なぜか読まないといけない。そんな気がする。
「読むよ。メッセージを表示してくれ」
「了解致しました」
アニマは空気中に画面を出現させ、メッセージを表示した。
「……なんだよ、これ」
画面には「明日、朱里は僕のものになる。それは揺るがない事実。貴様は消える運命。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね……」と、表示されている。
……釘野だ。釘野しか居ない。こんなおぞましいメッセージを送って来る奴は。どんな事を
思ったらこんな事が出来るんだ。常人じゃない。いや、もうあいつは人間じゃない。人間の皮を被った化け物だ。
何も出来ない。何も考え付かない。どうすれば朱里を助けられる?もう助ける事なんて出来ないのか。いや、そんな事ないはず。でも、でも、どうすればいい。敵は人間じゃない。自分の常識じゃ太刀打ちできない。
――朱里を助ける方法を考えているといつの間にか夜になっていた。部屋は太陽の明かりを失い暗くなっている。
俺はベットから立ち上がり、ドア付近の壁に設置されている電源のボタンを押す。
部屋は電気が点き明るくなった。
俺はそのまま窓に行き、カーテンを閉めた。
「もうすぐ覚醒だな。人間」
零無愛の声が聞こえる。
声が聞こえた方を見ると、零無愛がベットに座って居た。
「……零無愛」
「呼び捨てか。……まぁ、いい」
周りの色はどんどん白黒になっていく。時計が時間を刻まない。この世界の時間が動いていない。
「ここに来た理由はなんだ?」
理由があるに決まっている。こいつが理由なく現れるはずがない。
「経過観察。ただそれだけだ」
「……経過観察」
「順調そうだな。後はきっかけだけか」
「……きっかけって、その覚醒って奴のか」
「察しがいいな。その通りだ」
「覚醒すればどうなる?」
「この世界の物語の登場人物じゃなくなる」
「……登場人物じゃなくなる?どう意味だ?」
「質問の多い奴だ。……仕方ない。簡単に説明してやろう。人間じゃなくなる。私達と同じ存在になる」
「……人間じゃなくなる」
それはどう意味だ。人間じゃなくなるって事は釘野みたいに化け物なるのか。と言う事はソクラクトをする気か。いや、こいつらがするはずがない。ソクラクトとはまた違う何かが俺を
変化させるって事か。
「深く考えるな。人間じゃなくるって事だけを受け止めればいい」
いや、考えるだろう。普通は。自分が人間じゃなくなるって言われたら。
「じゃあ、その人間じゃなくなる事を何て言うんだ?」
「……創転化」
「創転化?」
「あとの事はお前が創転化した時に説明しよう。それじゃ、失礼する」
零無愛の姿が煙のように消えて行く。
「おい。今説明しろよ」
零無愛は俺の言葉を聞く耳を持たずに姿を消した。それと同時に周りの色はどんどん元の色に戻っていく。
「……謎ばかり残していくなよ」
釘野の事で頭いっぱいなのに。もうこれ以上の事は処理できない。でも、もしその創転化すれば釘野から朱里を助けられるかもしれない。
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