第12話
目が覚めた。
身体の痛みはだいぶマシになっている。あとは殴られた所が腫れてるかどうかだ。
俺は上体を起こした。その後、ベットから降りて、姿鏡のもとへ行く。
「……腫れてないな」
姿鏡に映る俺の顔は全く腫れていなかった。ボクサーの試合後ぐらいに腫れているんじゃないかと思ったのに。痛々しさはない。貼っている絆創膏が意味がないみたいに。
「……あ」
予言が正しければ、また世界の国々が消滅していはず。
俺はアニマでニュースの動画を見る。
「本日、また世界の国々が消滅しました。理由は分かっていません。消えた国の名前をお伝えします。オーストラリア、ベネズエラ、ドミニカ共和国……」
分厚い本に書いていた通り。刻々と世界の終焉が迫っている。けれど、学校は普通にある。こんな状況下でも。
学校に着き、普段通り自分達の教室に向かう。
朱里は元気そうに振舞っている。笑顔をいつも以上に見せている。けれど、瞳の奥が笑ってない。無理をしている。幼馴染で長年一緒に居るから分かる。仕方が無い。昨日、あんな事があったんだから。怖いに決まっている。俺も怖い。……釘野錬夜。
意思疎通できない相手ほど恐ろしい者はない。話が通じない。一方通行。自分の中で世界が完結している。その世界には誰も干渉できない。都合の良過ぎる一人称の小説のよう。
「大丈夫か?」
「何が?」
「……いや、何でもない」
昨日の事を無理に覚え出させる事はよくないな。少しでも忘れた方が気が楽になるかもしれない。
「そっか」
俺と朱里は教室の中に入る。朱里は自分の席に向かう。
俺の席には真喜雄が座って居た。真喜雄が俺の席に座っているという事は何か話したい事がある時のサイン。何を言ってくるのだろう。
「おっす」
「おう。おはよう。昨日、大丈夫だったか?」
「……昨日?」
「その傷の事だよ。釘野にやられたんだろ」
「なんで、お前が知ってるんだよ」
「俺の情報網舐めんなよ」
「だれから聞いた?」
「守秘義務なので言えません」
情報源は言わなかった。まぁ、いいや。きっと、クレープ屋の店員に聞いたかだろう。クレープ屋の店員とは仲良いし。
「あ、そう」
「……まぁ、一つ教えてやれる事がある」
「なんだよ?」
「釘野錬夜は今日から停学だ。もしかしたら、退学になるかもしれない」
「それは本当か?
「事実だ。先生から聞いた」
「……そっか」
「昨日の件の事が関係しているかは分からないけど色々悪さがばれたみたいなんだ。それで停学処分を喰らってる。だから、今日はあいつは学校に来ないよ」
「……おう」
ホッとした。釘野が来ない。それだけで余裕が少しだけできた。
6限目。世間がこんな状況だからなのか、急遽グラウンドで避難訓練をする事になった。避難訓練する必要なんてないのに。どうせ、日本は消滅するのだから。それに消滅からはどう足掻いても逃げられないだろう。本当に無駄な授業だ。
校長先生が台の上に乗って、全校生徒の前で話をしている。全く持って内容が頭に入って来ない。なんで、校長先生の話はつまらないのだろう。必要ない話を組み込み過ぎなのか。それとも、俺達が話を聞こうとしていないのか。まぁ、どっちでもいい。
「あ、あれ」
誰かがいきなり大声を出した。一応、校長先生が話してるんだぞ。気を遣えよ。それとも本当に何か異変でも起こったのか。
「屋上に誰かいるぞ」
「飛び降りるんじゃねぇか?」
「……あれ、釘野じゃねぇか」
生徒達が騒ぎ出した。そして、聞き覚えのある名前が耳に入って来た。
俺は恐る恐る屋上の方に視線を向ける。
……釘野錬夜だ。釘野錬夜が手すりを越えて、立っている。このまま落ちれば確実に死ぬ。何で、あいつがあそこに居るんだ。停学のはずだろ。それに屋上のドアは鍵が何重にも掛けられていて、誰も行く事ができないはず。
「馬鹿な事は止すんだ」
「止めに行ってきます」
「私も」
先生達は慌てている。いや、ここに居る全員が釘野に感情を握られている。あいつの一挙手一投足で、感情が揺れ動く状態になっている。いま、この空間は釘野が支配している。
「さよなら、皆さん」
釘野は笑った。その笑い方は高笑いとも取れるし、俺達を見下している嘲笑のようにも取れる。……何を考えているか本当に分からない。
「なんで、笑うの?」
「頭おかしいじゃねぇか」
生徒達は口々に釘野に対して文句を言う。
「ではバイバイ」
釘野は俺達に向かって、手を振った。その後、屋上から飛び降りた。
女子生徒達の悲鳴が聞こえる。
釘野は地面に激突した。……死んだのか。いや、あの高さだ。助かる訳がない。助かっても身体は無事ではすまない。
全校生徒、全教職員が息が止まる。
釘野が立ち上がった。
……なんでだ。意味が分からない。血が一滴も流れていない。それどころか傷一つ付いてない。あり得ない。ありえる訳がない。あの高さだぞ。人間じゃない。化け物だ。
「ソクラクトの成功だ」
釘野は叫んだ。
……ソクラクトだと。あいつ自分の身体を改造したのか。でも、それだったら今の出来事は理解出来る。あいつは人間じゃなくなった。化け物になったんだ。
「朱里。僕の朱里」
釘野は朱里に近づいていく。
「君待ちたまえ」
「動くな」
先生達が釘野のもとへ向かう。
「……来るな。汚らわしい」
釘野に近づこうとした先生達は吹き飛ばされた。何が起こったんだ。あいつは先生達に触れてないぞ。もしかして、アニメでよく見る衝撃波ってやつか。もう何が何だか分からない。
「意味分からねぇよ」
「逃げろ。こいついかれてる」
生徒達は騒ぎ出した。釘野から逃げる生徒、怯えてその場から動けない生徒、動画を撮り出す生徒、色々な行動を取っている。その光景は地獄絵図と言っても過言ではない。
朱里の方に視線を向ける。朱里は口を動かして、何か言おうとしている。しかし、恐怖からか声が出ていない。それに腰を抜かしているのかその場から動けないでいる。
……ヤバイ。助けないと。あいつが朱里に何をするか分からない。
俺は立ち上がり、朱里のもとへ駆け寄る。
「消えろ。お前も目障りだ」
釘野は睨みながら言ってきた。
「嫌だね。朱里に近づくな」
怖い。死ぬほど怖い。でも、俺がここから逃げたら朱里は何をされるか分からない。俺はどうなったていい。でも、朱里はダメだ。自分が傷つくより、大事な人、好きな人が傷つく方が嫌だ。
「……お前、いかれてるのか?」
「はぁ?」
その言葉そのままお前に返したい。誰がどう見てもお前だろ。
「話が分からない奴だ。昨日と同じように痛い目に合わないと分からないみたいだな」
釘野は俺に首を右手で握って、そのまま身体を持ち上げた。
片手だぞ。どんな力だよ。ソクラクトってものはこれ程に人間の機能を上げるのか。
「離せ」
「離せって言って離す奴が何処に居る」
釘野は首をそのまま絞めてきた。……息が出来ない。マジで死ぬ。どうすればいい。どうすれば助かるんだ。
「朱里、君はどっちを選ぶ。僕かこのボンクラか」
「…………」
朱里は無言。いや、声が出ないんだ。ちくしょう。なんで、こんなにも無力なんだ。力があれば。力が俺にあれば。
「もう一度聞くよ。僕かこのボンクラどっちがいい」
「……絽充」
朱里は震えた声で答えた。
「え?」
釘野の手の力が抜けた。そして、俺はそのまま地面に倒れた。
……息が出来る。あと数秒でも遅かったら死んでいた。
「もう一度聞くよ。僕とこのボンクラどっちがいい」
「絽充よ。貴方なんか知らない。それに私の名前を気安く言わないで。消えてよ。近寄らないで」
朱里は泣きながら叫んだ。
「……噓だ。噓だ、噓だ、噓だ、噓だぁぁぁぁぁぁ」
釘野は頭を抱えながら苦しみ出した。
俺は立ち上がり、朱里を抱き締める。
「大丈夫か」
「……う、うん」
朱里は俺を抱き締め返した。
「消えろよ。さっさと消えろよ」
釘野を睨んで、力強く言葉を放った。
「……ハハハ、ハハハハ」
釘野は突然笑い出した。なんなんだよ、こいつは。意味が分からない。
「何がおかしいんだよ?」
「君は必ず僕の物になる。だから、悩む事はなくなったんだよ」
釘野は朱里に向かって、言った。こいつはまだ懲りないのか。それに朱里はものじゃない。1人の人間だ。そんな事が分からない人間に朱里を渡すか。
「どう言う事だよ」
「お前に答える必要はない。じゃあな」
釘野は膝を曲げることもせずに真上に飛んだ。その高さは人間の筋力ではあり得ない高さ。人知を超えている。
釘野はそのまま空気を壁のように蹴って、どこかへ去っていた。
……噓だろ。いや、噓なんかじゃない。目の前で起こっている。CGでもアニメでもない。現実の出来事。もうあいつの事は常識で考えたらいけない。常識が当てはまらない存在だから。
「こ、怖いよ」
朱里の声は震えている。
「大丈夫、大丈夫だから」
俺は必死に朱里を落ち着かせようと言葉をかける。だけど、その落ち着かせようとしている自分自身が落ち着く事が出来ていない。
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