第7話

翌日の朝。

 俺と朱里は通っている高校の2年3組の部屋に向かっていた。

 昨日の事がまるで噓だったかのように当たり前に時間が過ぎている。

 廊下を走る生徒も居れば、トイレに向かう生徒は居る。そして、朝から元気な体育教師も。何もかも変わらない日常。けど、俺の日常だけが変わりつつある。いや、もしかしたら、もう変わっているのかもしれない。そんな事は信じたくない。信じろと言う方がおかしい。

 2年3組の教室に入った。

 教室内は普段と何も変わらない。同じクラスの生徒が談笑したり、アニマをいじったりしたしている。そして、親友の塩田真喜雄が俺たちを見て、にやりとしている。

「今日もラブラブだな。ロミジュリカップル」

「うるさい。真喜雄」

 俺は自分の席に座った。

「そうだよ。塩ちゃん。うっとしい」

 朱里は自分の席に座った。

「二人とも相変わらず酷いな」

 真喜雄は俺の隣の席に座った。いや、正しくはこいつの席。……なんで、隣の席にしかならないんだよ。神様が仕組んでいるのか。

「お前がいつも同じ事言うからだろ」

「……まぁ、言われてみたらそうか。はい、悪い悪い。まぁ、明日も明後日も言うけどね」

「……こりねぇな。俺達はカップルじゃねぇ。ただの幼馴染」

「……ふーん。ただの幼馴染ねぇ」

「そうだ」

 ……はぁ、めんどくさい。このくだりをあと何回繰り返せばいいのだろう。これを無くしてくれれば最高にいい奴なんだけどな。

「あ、面白い話仕入れただけど聞くか」

「面白い話?聞く聞く」

「2年5組の釘野錬夜って知ってるか?」

「……釘野錬夜?」

「授業中にトイレに行くって嘘ついて家に帰ったり、休み時間にアニマをハッキングしたりしているって噂の」

「あぁ、あの変わった奴か。そいつがどうしたんだ」

 釘野錬夜。いつもすれ違った時に睨んでくるあいつか。なんで睨まれるか分からないけど。

「いや、まだ噂の話なんだけどな。あいつ、ソスラクトしてるみたいなんだ」

「……ソスラクトって、精神データをいじるやつか」

「あぁ。精神データをいじって、人間の能力を最大限に引き出す。いや、限界突破する行為だな」

「でも、それって違法行為だろ。それに高校生がそんな事できるのか?」

 ソスラクトは確か犯罪行為だ。かなりの重罪。

「……あいつ、アメリカに居る時に超大手企業のセキュリティシステムをハッキングした事があるらしい」

「マジかよ。天才じゃねぇか」

「……まぁ、全部噂なんだけどな」

「でも、それってマジっぽいな」

「だろ。俺もマジっと思ってる」

 真喜雄の話はガセネタも多いが、本当の話の時もある。直感だけど、これは後者な気がする。釘田はそんな事できてもおかしくなさそうな雰囲気があるから。

 突然、教室が白黒になった。そして、クラスメイト全員の動きが止まっている。これって、もしかして。

 俺は窓の方に視線を送った。

「お、お前は零無愛」

 俺は立ち上がった。

 窓の下部に備え付けられている手すり部分に零無愛が座っている。今回はテディベアを持っていないようだ。

 窓の外の風景も白黒になっている。これはあの世界のなのか。でも、色が付けば普通の世界だ。

「呼び捨てか。逸脱者よ」

「あ、すいません」

 謝っていた方が得策だと思った。

「まぁ、いい。お前に伝えたい事があって来た」

「伝えたい事?」

「あぁ、そうだ」

「ま、街が」

 窓の外の景色が変化した。窓から見える街が姿を変えた。この前見た超巨大の図書館に。

「気にするな。すぐ元に戻る」

「……あぁ、分かった。それで伝えたいことって」

「ラスベガスの砂漠に行け。そこに現在進行形で進むこの世界の終焉に関する事が書かれた書物が落ちている。さぁ、早く行け。逸脱者よ」

「……ラスベガスの砂漠。世界の終焉?なんだよ、それ」

 大それた事ばっかり言うな。それに今から授業なんだよ。ふざけるなよ」

「質問は受け入れない。さらばだ。逸脱者よ」

 零無愛の姿が一瞬にして跡形もなく消えた。そして、何もなかったかのように世界に色が付き、超巨大な図書館は街に戻っていた。

 ……本当になんなんだ、これは。

「おい、絽充。いつの間に立ってたんだよ。マジックか」

 目の前に居る真喜雄が訊ねて来た。

「えっと、それは」

 あれ、視界が揺れている。焦点が合わない。身体のバランスが取れない。気分が悪くなってきた気がする。

「絽充、大丈夫か。すげぇ、汗かいてるぞ」

 真喜雄の声が聞こえる。けど、どんどんその声が離れていく感じがする。目の前に居るのになんでだろう。


 天井。ここはどこだ。教室に居たはずだったよな。

 俺は周りを見渡した。白い毛布に白いベット。それに薄い緑のカーテン。もしかして、ここは保健室か。

 カーテンを誰かが開けた。

「あ、気がついた?」

 カーテンを開けたのは保健室の渋沢先生だった。渋沢先生はこの地域の高校の保健室の先生の中で一番美人と言われている。俺もそう思う。絶対にそうだ。大人の色気が凄いのだ。

 男子生徒の中には渋沢先生に会う為にわざと怪我をしたり、仮病を使う奴もいる。その行為は褒められたものではないと思う。でも、それが渋沢先生の美貌の凄さを物語っていると思う。

「は、はい」

「よかった。教室でいきなり倒れたって聞いた時はびっくりしたわ」

「教室で倒れた?」

「覚えてないの?塩田君の話なら会話中に君がいきなり立ち上がって、その次の瞬間には倒れてたって」

「……そうなんですか」

 会話中にいきなり立ち上がる。普通はそんな事しないだろう。って事は、何か普通じゃない事が起こったはず。普通じゃない事、普通じゃない事。なんだ、覚え出せ。

 ……ラスベガスの砂漠に行け。ふと、頭内で零無愛の声で再生された。そ、そうか。俺は零無愛と話をしていたんだ。会話が終わって普通の状態になった瞬間に気を失ったんだ。きっと、そうだ。ラスベガスの砂漠に早く行かないと。

「もう少し休んでおきなさい。それとも大事を取って家に帰る?」

「は、はい。家に帰ります」

 俺はベットから降りて、テーブルの上に置かれている自分の荷物を手に取った。

「え、ちょっと待って。まず、親御さんに連絡しないと」

「親は今家にいなので。自分で帰れるんで帰ります。じゃあ」

 ドアを開けて、廊下を走って、下駄箱の方に向かって走る。

「ちょっと待ちなさい」

 背後から渋沢先生の声が聞こえる。ごめん、先生。今は勉強とかしてる場合じゃないんだ。調べないといけない事があるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る