第2話

眩しい。

 俺は目を開けた。光がどこから差し込んでいるか確認する為に周りを見渡す。

 カーテンの隙間か。カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めたみたいだ。

 カーテンを引っ張り、隙間を無くす。そして、また寝ようと目を閉じる。

「……生きてる」

 上体を起こして、慌てて周りを見る。

 様々な物が散乱している学習机。脱ぎっぱなしの靴下。壁に貼っている総合格闘技のポスター。いらないと言ったのに母さんが置いた姿鏡。普段と変わらない俺の部屋。

 ……色がある。ちゃんと世界に色が付いている。白黒の世界じゃない。俺の知っている世界。俺の汚い部屋だ。

 Tシャツを脱ぎ、上半身を確認する。

 傷跡がない。心臓を抜き取られた時に出来た筈の傷跡が。それにTシャツも血で汚れていない。どう言う事だ。夢なのか。

 俺はベットから降りて、姿鏡の前に行く。

 姿鏡に映ったのは上半身裸の俺の姿だった。

 俺は髪の毛を搔きあげて、おでこを姿鏡に近づけて見た。……異変なし。銃弾で貫かれた痕がない。無傷だ。あ、小さいニキビが出来ている。変化はそのニキビぐらい。

「夢だよな。夢に決まってらぁ」

 あんな事が現実で起こってたまるもんか。白黒の世界なんて、何年前の映画だよ。でも、感覚は鮮明だったよな。夢とは思わないぐらいに。いや、俺はこうして生きているんだ。あれは夢だ。絶対にそうだ。それしかない。

 ホッとして、ベットに座った。

 ……やっぱり、気になるな。調べるか。

「識別番号630。アニマ、起動」

 俺はベットの横に置いている携帯型AI装備端末アニマに話しかけた。

 アニマは俺の声に反応して、電源が付いた。本当にこの携帯端末の性能は高スペックだ。親達が昔使っていたスマホも充分凄いが、アニマは段違い。様々な事を瞬時に判断して、行動してくれるAIが搭載され、普通にデジタル時計しても使える。さらに空気中にタッチできる画面を発生させ、その画面をタッチして操作が出来る。それ以外にも様々な機能が搭載されている。

「何でしょうか?」

「調べたい事があるんだ」

「かしこまりました。キーワードを言ってください」

「……白黒の世界。七志。零無愛」

「検索します」

 アニマは俺が言ったキーワードを検索している。

「結果が出ました。0件です」

「まじかよ」

「まじです。マジのマジノスケです」

 アニマにはユーモア機能も搭載されている。この機能は必要ないと思うが。

「ユーモア機能OFF」

「かしこまりました」

 ……0件か。仕方ないか。夢は夢だし。

「じゃあ、今日の予定を教えてくれ」

「かしこまりました。本日は午前10時に木場朱里宅に向かうです」

「そうだった、そうだった。で、今何時だ」

「現在の時刻、午前9時53分です」

「やばい。これは怒られるやつだ」

 俺はベットから立ち上がり、クローゼットを開けて、服とズボンを取り出した。そして、急いで着替え始める。


 玄関のドアの施錠をして、朱里の家に向かう。

 腕に付けているアニマで時間を確認する。10時2分。はい、もう遅刻。怒られるのは確実。面倒くさいな。けど、自分のせいだもんな。

 俺は少しでも怒られる時間を減らす為に自己最高速度間違いなしのスピードで走る。

 あ、右足が攣りそう。足がもうちょっとで攣るぞ。準備運動もせずに走ったからだ。

 俺は一度立ち止まり、右ふくらはぎを何度か揉んだ。

 ……よし、これで走れる。それに遅れた理由を一つ手に入れた。足が攣りそうになったと言う理由が。

 俺は攣らない程度の速度に落として走った。

 ――3分程走り、朱里の家の前に着いた。

 ちょっと息が上がっている。運動不足か。最近リアルの運動をしていないから仕方ないか。時間見つけて筋トレでもしないと。

 深呼吸して、息を整える。よし、これで大丈夫。俺はインターホンを押した。

 押した瞬間、玄関のドアが開き、家の中から朱里が出て来た。もしかして、玄関で待機していたのか。きっと、そうだ。

「遅い。10時7分。7分も遅刻。どう言う事」

「えーっとですね。足が攣りそうになりまして」

「はぁ?それが言い訳。もっと早く家を出たら済む話じゃない」

 朱里は眉間に皺を寄せながら言っている。普段の顔のなら可愛いのに。アイドルレベルに可愛いのに。絶対に本人には言わないが。調子に乗るから。

「……それはそうですね」

「本当の理由を言ってみなさい。さぁ、早く」

「……寝坊です。起きたら9時53分でした。すみません」

 俺は正直に答え、頭を下げた。

「今度、クレープ奢ってくれるなら許す」

「はい。奢ります。奢らせてください」

「商談成立。早く家に上がって」

 朱里は憎たらしい笑顔を見せた。

 腹立つ。自分が悪いのは分かるが。この勝ち誇った顔が本当にむかつく。

「お、おう」

 俺は言われた通りに家に上がった。

「お邪魔します」

「あら、いらっしゃい」

 リビングの方から朱里の母さんが出て来た。いつ見ても美人だ。いわゆる、美魔女だ。それに性格までいい。欠点がない人だ。若い頃はモテたに違いない。今度、親父さんにどう口説いたか聞かなければ。

「どうも」

 俺は朱里のお母さんに軽く会釈をした。

「地下に行くよ」

「はいよ」

 俺と朱里は階段を降りて、地下室に降りた。

 地下室には精神転送マシーンが二台置かれている。

「早く座って」

「了解」

 俺と朱里は精神転送マシーンの座席に座った。

 精神転送マシーンの横の台の上にヘルメットが置かれている。ヘルメットの後頭部部分には大量のコードが刺さっている。このコードが精神転送マシーンと繋がっている。このヘルメットを被る事で精神転送マシーンが俺たちの精神をデータ化して、仮想空間アクティメントに転送してくれる。

 俺はヘルメットを被った。

「精神をデータ化しています。現在43%」

 機械の声が聞こえる。視界が暗くなってきた。それと同時にどんどん意識が遠のいていく。

 

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