第3話
意識が鮮明になっていく。ぼやけている視界のもやが晴れる。どうやら、アクティメントに無事精神が転送されたみたいだ。
身体の動きも現実世界と変わらない。設定を変えれば、もっと運動能力は向上する。しかし、現実世界に戻れば、その向上した能力も戻る。その際に感覚のずれが出来る。それを元に戻すには結構時間がかかる。だから、出来るだけ設定は変えない。
「転送完了。アクティメントをお楽しみくださいませ」
機械の声がテレパシーのように脳に直接届く。
周りを見渡す。
アクティメントの景色はいつみても興奮してしまう。空中を走る車。人間と殆ど一緒の姿をするAI。芸術と最新技術がミックスされた建物。宙を浮く映像モニターに映るアクティメントで行われている娯楽の数々。どれも現実にはないものばかりだ。
「ねぇねえ、絽充。見て、可愛いでしょ」
朱里は服のデータを変えていた。普段のデータとは違う。大正時代みたいなモダン的なおしゃれな服のデータになっている。
「おう。……可愛いと思う」
「え、本当に?」
朱里は嬉しそうな表情をしている。
「……本当だよ」
……よかった。変な事言わずにストレートに答えて。もし、変な事言って機嫌が悪くなったら面倒な事になっていたに違いない。
「ありがとう。昔なら変だなとか言ってたのに」
「うるせぇ」
「ごめん、ごめん……データ変更と」
朱里は普段と同じ服のデータに戻した。
「なんで戻すんだよ」
「だって、ちょっと動きづらいし。ただ、絽充に見せるだけに変更させただけだから」
「え、なんだよ。それ」
ちょっとドキッとした。嬉しいような、恥ずかしいような、くすぐったい感覚。
「あーれ、もしかして、嬉しかったの?」
朱里は煽ってきた。
「うるさい。行くぞ」
俺は歩き出した。何を答えても、朱里のペースになるはずだから。
「ちょっと待ってよ。行く方向分かってんの?」
朱里の声が背後から聞こえる。
「分からん」
俺は力強く言って、立ち止まった。だって、分からないものは分からない。
「もーう、こっちだよ。フランスとドイツの国境に行くのは」
朱里が隣に来て、俺の服の袖を掴んで言った。
「すいません。誘導されます」
「はい。誘導します」
朱里は俺の服の袖を掴んだまま歩き出した。俺は何も抵抗せず誘導されるがままに歩く。
……やばい。知り合いに見られているかもしれない。知り合いに見られて居たら学校で弄られる。きっと、いや、確実に。それだけは避けなくては。
俺は知り合いが居ないか周りを見渡す。
……誰も居ない。よかった。それじゃ、この状態のままで居よう。朱里が袖から手を離すまでは。
「どうしたの?キョロキョロして」
「いや、別になんでもねぇよ」
「本当に?」
「マジだよ。マジ」
「……それならいいけど」
周りから見たらカップルに見えるのかな。きっと、見えるんだろうな。けど、俺達はカップルじゃない。仲の良い幼馴染。
俺は朱里の事が好きだ。だけど、告白はしない。もし、告白して、この関係が崩れてしまったら心に大きな穴が出来ると思うから。その穴が埋まるのはだいぶ時間がかかるだろうし、埋まらないかもしれない。それが怖いから告白しない。周りからは怖がりや意気地なしと言われる。そんな事自分でも思っている。
この恋人未満親友以上の関係が一番いい。だって、傷つかずに済む。傷つくのが怖い。失うのが怖い。本当に情けない程に怖がりだな。俺って奴は。
「あのさ、今日何でフランスとドイツの国境に行くんだっけ」
「呆れた。すぐ忘れるんだから」
「悪い悪い」
「……別にいいけど。今日はドイツがどんな風に消滅しているかをフランス側から見るの」
「……そっか。そうだったな。でもさ、それって俺らに何か関係あるの?」
「ない。ただ見たいだけよ。何か文句ある?」
朱里が睨んできた。あー、この状態になってしまった。何を言っても怒るだろう。謝るしかない。
「文句はないです。すみませんでした」
「分かればいいの」
ここ1ヶ月で多くの国が消滅する事件が起こっている。国のそのものが跡形もなく消滅してるのだ。俄かに信じ難い。でも、実際に現実なのだ。それに異常気象も多発している赤道直下の国では豪雪が何日も続きオーロラが発生したり、ロシアでは40度を越す日が2週間も続いている。世界が終焉に向かっているとテレビのコメンテーターは言っている。まるでSF映画みたいだ。
そうこうしている内にフランスエリア行きのゲートが見えてきた。
人が少ない。きっと、空いている時間だったのだろう。ラッキーだ。普段なら大勢の人が居るはずだから。
「絽充、ダッシュ」
朱里は俺の手を握り走り出した。
「別に走らなくていいだろ」
俺はこけてしまわないように朱里のペースに合わして走る。
「いいじゃん。ねぇ」
「……わかった」
了承してしまった。まぁ、断る理由がなかったから。それに機嫌が悪くなられても困るし。
ゲートの前に着いた。
「アカウント審査します。1人ずつ前に進んでください」
ゲートから声が聞こえる。現実で言う入国審査だ。アカウントがパスポート代わり。余程の犯罪歴や偽装アカウントじゃない限り大丈夫。
「じゃあ、私から行くね」
朱里は俺の手を掴んでいた手を離して、ゲートの真下に行く。
「アカウント審査を行います。動かず、その場に居てください」
朱里はゲートから聞こえてくる指示通り、その場で立っている。
「アカウント審査完了。木場朱里様。どうぞ、お進み下さい」
朱里は振り返った。
「私、先で待ってるから」
「はいよ」
朱里はゲートの奥に進む。
朱里の姿が消えて行く。きっと、フランスエリアに行くための通路に飛ばされたのだろう。
「前に進んでください」
ゲートからの指示が聞こえる。
俺はゲートの真下に向かう。
「アカウント審査を行います。動かず、その場で居てください」
俺はゲートの指示通り、その場で待機する。
なんだか、緊張する。99%大丈夫な筈だけど。もしもの事を考えてしまう。決して、怖がりではない。
「アカウント審査完了。門田絽充様。どうぞ、お進み下さい」
俺は前に進む。数歩歩くと、突然景色が変わった。どうやら、フランスエリアに向かう通路に転送されたようだ。宙に浮いた標識にフランスエリアまで100mと書かれている。視線の奥にはフランスエリアのゲートがある。そして、目の前に朱里が居る。
「無事、審査通ったみたいだね」
「当たり前だろ。悪い事してねぇんだから」
「本当かな」
「本当に決まってるだろ。もう行くぞ」
「ごめん、ごめん。怒らないでよ」
朱里が半笑いで言った。明らかに謝ってる感じはしない。昔からだ。俺を楽しそうにからかうのは。
「なに笑ってんだよ」
「笑ってませーん。行くよ」
朱里はニコッと笑って、俺の服の袖を掴んだ。
「お、おう」
怒る気が失せた。なんだろう。朱里はずるい。どうすれば俺の機嫌が元に戻るか、喜怒哀楽がどんな風に揺れ動くかを知っている。簡単に言えば扱い方を熟知している。
俺は朱里に引っ張られ、通路を歩いている。
通路は一本道だ。両側の壁には「壁を破壊するのは違法行為です。決して、破壊しようとは思わないでください」と、書かれた注意書きが貼られている。
……普通の人間はしないよな。書くほどの事ではないと思う。でも、書かないといけないのだ。入り口になってしまうから。イリガールエリアへの入り口に。バグで出来た無法エリアに。それに関係のない人まで飛ばされる可能性まである。
「フランスへGO」
朱里は楽しそうにフランスエリアのゲートの前で言った。
「はいはい」
俺と朱里はフランスエリアのゲートを通った。
――気がついたら、フランスエリアに着いていた。
エトワール凱旋門やエッフェル塔やノートルダム大聖堂を模した建造物やカラフル家が建っている。さらにミディ運河のようなデータの川がある。
歩いている人たちはフランス人ばかりだ。それはそうか。フランスエリアだし。それにしても斬新なファッションセンスの人達が多い。理由は簡単だ。だって、ここフランスエリアでは現実の世界と同様パリコレが行われている。モデルやモデルを目指す人達が集まるからおしゃれな人が多いのは当たり前。
「絽充、自動翻訳設定しないと」
朱里はフランスエリアの光景に見惚れている俺に言った。
「あ、おう。そうだったな」
俺は目を閉じて、「自動翻訳設定ON」と念じた。すると、脳に「設定変更を受理しました」と、機械の声が直接届いた。これで、フランス人との会話が普通に出来る。
「設定終わった?」
「終わったよ」
「じゃあ。レンタルスペアロイドの店に行こう」
「了解」
俺達はレンタルスペアを扱う店に向かう。
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