被験世界630

APURO

第1話

白と黒だけの世界。他の色は存在しない。視界に映るのはどこまでも続く真っ白な道。それ以外は暗闇で何も見えない。自分が着ている服はなぜだか上下真っ白。

 夜で目が慣れていないだけだと思っていた。しかし、夜だったら空を眺めれば星の一つ、二つあるはずだ。それが一切ない。いや、空が存在しないと言った方がいいのかもしれない。それに外に出た記憶がない。

 ここはどこなんだ。分からない。気がついたらここに立っていたのだ。

 ……夢なのか。夢なら理解出切る。でも、夢なのにこれ程意識がしっかりとしているのもおかしい。

 俺は夢か現実かを確かめる為に思いっきり頬をつねった。

「痛い」

 声に出てしまった。痛いと感じた。

 ……もしかして、ここは現実なのか。いや、そんな筈ない。そんな事あるはずない。白黒の世界などこの世に存在しない。

「逸脱者確認。逸脱者確認」

 どこからか機械的な声が聞こえてきた。

 逸脱者。なんだ、それは。まず、ここがどこかを教えてくれ。

「至急確認せよ。至急確認せよ」

 機械的な声がまた聞こえた。

 誰か来るのか。ここに人が居るのか。居るなら確かめたい事がたくさんある。

 ……逸脱者。その言葉が俺を指すなら、いい意味ではないはず。見つかったら何をされるか分からない。

 俺は怖くなり、走り出した。

 周りがずっと暗闇のせいで進んでいるか分からない。感覚が麻痺しそうだ。けれど、一つだけ分かる事がある。体力は消費している事。息がどんどん荒くなっているのが分かる。

「止まれ。逸脱者」

 背後から幼い女の子のような声が聞こえる。

 俺は無視して、そのまま走る。

「もう一度言うぞ。止まれ、逸脱者」

 俺はまた無視して走る。

「手間をかけさせるな」

 パッチワークのテディベアを抱えたツインテールの少女が目の前にいきなり現れた。この白黒の世界のせいでテディベアの生地は何か分からない。

 俺は立ち止まった。

 なんだ、この子は。なぜだが分からないが怖い。

「き、君は誰だ。ここはどこだ」

「答える意味があるのか」

「……意味はある」

「それなら分かるように説明しろ。逸脱者」

 なぜ、高圧的なんだ。絶対、俺の方が年上だろ。なんか、恐怖心はあるけど腹が立ってきた。

「零無愛さん。逸脱者はミュトスに初めて来たんですよ。説明してあげましょうよ」

 少女の横にハットを深く被ったスーツ姿の男が突然現れた。

「……命令するのか。七志」

「違いますよ。提案です」

 スーツ姿の男はハットを外した。

「え、え、なんで」

 顔がない。輪郭と髪の毛はある。けど、顔のパーツがない。

 俺は衝撃のあまりその場に倒れこんでしまった。

「あ、すいません。驚きますよね。私の姿を見たら」

 どこから声が出ているんだ。ホラーだ。もしかして、のっぺらぼう。それじゃ、ここはお化け屋敷かなにかか。でも、皮膚の色が白黒になる説明にはならない。

「は、はぁ」

 声が上手く出てくれない。だって、怖い。

「私の名前は七志。そして、私の上司の零無愛さんです」

 自己紹介してきた。だから、どこから声が出ているのか教えてくれ。それにその女の子が上司ってどう言う事だよ。訳が分からねぇ。

「七志、早くどこの被験世界の者か調べろ」

「零無愛さん。もう少し、彼が落ち着いてからにしません」

「黙れ。早くしろ」

「横暴だな。分かりましたよ」

「何か言ったか?」

「……いえ、何も」

 七志は俺に近づいて来た。

 俺は逃げようとしたが身体が動かない。身体が固まってしまっている。なぜなんだ。

「すいません。痛みはないので驚かないでください」

 七志は手で俺の皮膚を貫き、心臓を取り出した。

「…………痛くない」

 どう言う事だ。心臓が取られているのに生きている。それに痛みが全くない。もう意味が分からない事の連続だ。もう理解しようとするだけ無駄なのか。

「零無愛さん。被験世界630です。覚醒はまだしていません」

「……そうか。心臓を戻して、早くどけ」

「え、ちょっと。説明してあげないんですか。ここがどう言う場所で。君はどんな存在なのかとか」

 七志は慌てふためている。顔のパーツからは読め取れないが、動きと声から慌てていると思う。本当に奇妙な存在だ。

「うるさい。命令どおりにしろ」

「わ、分かりましたよ。5秒時間ください」

「さっさとしろ」

「はいはい、分かりましたよ。すみませんね、心臓は戻します」

 七志は手に持っている心臓を俺の身体の中に戻した。そして、その後、俺から距離を取った。

 頼む。説明してくれ。ここはどこかなのかだけでも。

 零無愛はズボンのポケットからピストルを取り出し、銃口を俺に向けてきた。

 ……え、ピストルって。なんで持っているの。それに俺を撃つつもりなの。俺は殺されるのか。

「ちょっと待って。撃たないで」

 ようやく声が出た。

「お前に拒否権はない」

 死ぬのか。やっぱり、俺は死ぬのか。噓だろ。俺は高校生だぞ。まだ、死にたくない。したい事がたくさんある。

「……殺す気か」

「殺しはしない。ただ、覚醒を早めさせるだけだ」

「……覚醒?」

「そうだ。それ以上は教えない」

 零無愛は引き金を引いた。

 弾丸が俺の身体に当たった感覚がする。

 俺は恐る恐る、胸の方を見る。着ている真っ白な服が黒く染まっていく。もしかして、これは血なのか。でも、なぜ黒なんだ。それに痛みは全くしない。

「またな。逸脱者」

 零無愛は引き金を引いた。

 俺の額に弾丸が当たった感覚がした。

 痛みはない。だけど、どんどん意識が遠のく感じがする。……やっぱり、死ぬんじゃないか。くそったれ。

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