おっさん戦士は気が付かない。〜婚活30連敗中のおっさんを巡る高嶺の花包囲網〜
石の上にも残念
理想のタイプは、平均的で家庭的な人。
「いける。いけるぞ。今回はいける。自分を信じろ。心を強く持て。いける。いける。よし、いける」
ぶつぶつと呟きながら、両手で小さな箱を抱えるおじさんが一人。
黒髪の短髪に、清潔感のある涼しげな顔。
身長も180センチを超える長身に、がっしりとした肩幅。
取り立てて美形……ではないが、造作は悪くない。
年齢は32歳。
年相応の落ち着きと、歳不相応なやんちゃさが垣間見える。
しかし、なんというか、『美形』とか『イケメン』というよりもどことなくコミカルな印象を得るのは、その生来の三枚目気質のせいだろう。
名前をジョー。
正しくは、ジョーイチという。
もっと言えば、澤田丈一だ。
ぶつぶつと鬼気迫るジョーの前で、カーテンが開いた。
「あら?ジョーさん?今日は早いですね?」
そんなジョーに声を掛けたのは、ジョーの立つ家の家人。
花屋『エクトイ』の看板娘・リーラだ。
柔らかな赤い髪をショートボブにした垂れ目が優しそうな美人さんである。
「りりりりりりーらさ。りーらさん。リーラさん!!」
「はい?」
時刻は朝。
開店のために店を開けたら、有名人のジョーが立っていたので、声を掛けたのだが、その様子が尋常ではない。
「ぼぼぼぼ、僕、俺、お、おワた、わたくしと!」
若干引いているリーラの様子など、見る余裕すらないジョーは、その勢いのまま、手に持った箱をパカっと開ける。
「え?」
「けけけ、結婚を前提につきあってくだシャイ!!」
朝日を浴びた小さな箱の中から、きらきらと光がこぼれる。
リーラの拳より大きな一点の曇りもない、赤く透き通った石。
表面に幾条もの亀裂が入り、その亀裂が光を受けて眩く光る黄色い石。
小指の先ほどの大きさながら吸い込まれるほどに深い青を称えた石。
その他にもたくさん。
「すべて差し上げますので!どうか僕と付き合ってください!!」
大音声で叫ぶジョー。
朝の大通りをせわしなく歩く通行人が、何事かと足を止める。
「どうか!!お願いしますっ!!!」
がばぁっとその場で土下座を始めるジョー。
好奇とかなんとか、色々な意味を込めた目線がリーラに突き刺さる。
「あ、あの……?」
「足りないならまだまだ持ってきます!いくらでも貢ぎますから!!」
ぐりぐりと額を地面にこすり付けるジョー。
「あ、あ、え、あの、こ、困ります!!」
当たり前ながら、リーラは逃げ出した。
☆☆☆
「終わった……」
日が暮れて、夜の帳が下りた後。
その酒場の名前は『ユットク』。
ジョーはその半ば指定席と化している、左奥から2つ手前のテーブルに座って、灰になっていた。
「朝の大通りで土下座は流石にねえ」
その横で苦笑いを浮かべるのは、艶やかなストレートの黒髪が、まるで滝のようにその深い、深い谷間に流れ込んでいる美女。
【
「宝石差し出して、『いくらでも貢ぎますから』、もないわよねえ」
言いながら足を組みかえれば、スカートのスリットから、白い足がのぞく。
黒い髪をかき上げれば、その額に生えた小さな角が見えた。
ジュリアは多様な種族が入り乱れるこの街でも珍しい鬼人族だ。
胸元といい、足といい、大きく露出したその装いは扇情的なのだが、造作の美しさと、スタイルの良さから邪な感情より先に、美術品を見るような感動が先に来る絶世の美女だ。
「お前が言ったんだろうが!?」
「え?そうだったかしら?」
顎に手を当てて小首をかしげるジュリア。
「ああいう純真そうな子には、絶対断れない雰囲気を作って勢いで押し込めばなんとでもなると言っただろうが!!」
ばんばんと机を叩くジョー。
「そうは言ったけど、流石に朝の大通りで土下座はないわよ?」
「お前が言ったんだろうが!? 俺は聞いたぞ?流石にそれはないだろうって!!そしたらお前が『それぐらいやらないと』って言っただろうが!?」
「……酔ってたからよく覚えてないわ?」
「鬼が酔うか!!」
正確には鬼も酔うのだが、体を無くすほどに酔おうと思えば、街の酒が空になる。
「ねえ、そんなことよりも」
パン!と手を叩くとぱーっと明るい笑顔になる。
「この宝石、いらないの?」
「あん?」
机の上には、朝に抱えていた箱が置いてある。
中身もそのままだ。
「ああ。別に。どうせ売り飛ばして酒代にするだけだし」
「え!じゃあ頂戴!!」
目がきらきらするジュリア。
「好きにしろ」
ジョーは酒の入ったグラスを傾ける。
しかし、酒が苦い。
わざわざ取りに行ったのだ。
そこそこ苦労した。
今回はリーラ。
その前はエミリー。
ララァ、ベンジャミン、エッファ、ユズ、メアリー、ジャクリーン……。
これでもう30連敗だ。
婚活の道は遠く険しい。
パトスドラゴン討伐のほうがよっぽど単純で簡単だ。
ちょっと遠いけど。
「ふふふ」
にこにこしながら、ジュリアは宝石箱から黄色い小さな石を取り出した。
「これね」
「あ?それでいいのか?てか、一つでいいのか?」
「ふふふ。これがいいのよ。後はいいわ」
「あ、そう」
「もう、そんなマズそうに飲まないでよ」
「お前に俺の気持ちが分かるか」
リーラ。
いい子だったのだ。
「あんな真面目で外面がいいだけのつまんない女なんて相手にしなくても、私がいるじゃない?」
「金さえ払えば誰にでも同じこと言うヤツに言われたくねえな」
「……心外だわ」
呟いてジュリアは、手元のグラスを煽った。
☆☆☆
朝。を通り越して昼前。
二日酔いの頭を抱えたジョーが向かったのは『ファイターズ』。
ジョーのようにモンスターの討伐などを生業にする戦士たちを統括する施設だ。
ここへ来たのは一つ。
宝石を売り飛ばすためだ。
手元に残しておくと悲しい気持ちになるから。
荒くれ者を迎え入れる無骨な建物の扉をくぐると、ごあっと熱気と、歓声が響いた。
近隣からのクレーム対策のため、かなり厳重な防音対策が施された建物は、その反動で中に音がこもる。
しかし、それでも気にせず騒ぐものだから、いつもうるさい。
慣れはしたが、うるさいものはうるさい。
後、酒と汗と血の匂いが臭い。
「夜行の帰りとかち合ったか」
異常なハイテンションで、ギャーギャーと騒いでいるのは、この街で一番大きな戦士集団『巨人の咆哮』のメンバーだ。
今朝方帰って来たのだろう。
大きなヤマだったのか、酒樽まで持ち込んで、大騒ぎだった。
「ジョー様。こちらへ」
その轟音をかいくぐって静かながらよく通る声が聞こえた。
声の主はティン。
ポニーテールに眼鏡をかけた知的な女性職員だ。
絹のような銀髪と丁寧な口調、冷静で理知的でちょっと機械的な無表情が一部の男性戦士から人気があるらしく、一部界隈では『
余り、受付業務に回ることがないらしく、ちょっとしたレアキャラ扱いだ。
ジョーは巡り合せがいいのか、比較的よく対応してくれるが。
「今日はどういったご用件で?」
細い銀縁の眼鏡をクイっと持ち上げる。
「ああ。こいつを処分したくてな」
箱をカウンターに置く。
置いた箱を『失礼します』と開ける。
「パトスドラゴンの瞳、海の雫、ペティオール、クレスタイン、クラックラック……素晴らしいラインナップですね」
白い手袋をはめて、石を持ち上げ、透かしたり顔を近づけたりしながら、手元に何かを書きつける。
「欲しいのがあるなら、やるぜ?」
ジョーが冗談めかして、言うと、銀縁の眼鏡がぴくっと動いた。
世間じゃ無表情と言われているが、ジョーの見る限り感情的な部分もある。
「モニアーリ……」
「ん?」
「モニアーリはないのですか?」
「モニアーリって「イエローダイアモンドによく似た石です」
ずいっと顔が近付けられる。
ほわっと、甘い香りがする。
後、肌のきめが細かくてすべすべしている。
「あー……あれは昨夜、ジュリアが持って行ったかな?」
「チッ、あのドビッチが」
「え?」
「ん?何か?」
舌打ちと暴言が聞こえた気がして聞き返したが、ティンはいつも通りだった。
気のせいだろう。
「では、こちらを頂いても?」
そう言って、手に取ったのは、真っ赤な大きな石。
『パトスドラゴンの瞳』と呼ばれる宝石だ。
「ああ、いいぞ」
「『パトスドラゴンの瞳』……クロルトビア神話で、アカムがウェルネシアに贈ったと言われる宝石ですね」
「そうなの?」
そもそもこっちの世界の人間ではないジョーは、この世界の神話や昔話に昏い。
地球の神話に明るいかと言われれば、それは別にそうでもないのだが。
「ウェルネシアはカレイデア戦役にて散ったアカムのために三月泣き通した後、この石はウェルネシアの胎に入り、不死の神・カペアラになったと言われています」
「へえ」
「その逸話に倣って、子宝をもたらす宝玉とも言われます」
その神話を語るティンが心なしか、興奮しているように見える。
男になんてまるで興味がなさそうなので、意外……というと怒られるかもしれないが、意外だから意外としか言えない。
「アンタならいい母親になるかもなぁ」
案外……というと怒られるかもしれないが、案外、こういう冷たそうなタイプのほうが情が深かったりするのかもしれないなぁと呟いた。
「は!?」
「!?」
素っ頓狂な奇声にビクッとなるジョー。
つぶやきを拾われたのか、ティンが顔を赤くして固まっている。
ティンはまだ子どもがいなくてもおかしくない歳ではあるし、そもそも男とか子どもとか家庭とか全く興味なさそうなので、油断していた。
「あ、いや、すまん。気を悪くしたなら謝る。いやホントに。申し訳ない。代金はいつものように振り込んどいてくれ」
一見興味なさそうな人が案外気にしてたりすることはよくあるので、ジョーはそそくさと逃げ出した。
☆☆☆
「ジョー殿。風呂の用意が出来ました」
そう話しかけてきたのは、鎧姿の凛々しいナージャ。
近衛騎士団特殊第三分団の分団長を務める龍人族である。
パーツの大きな顔。特に目には意志の強そうな光が宿った女美丈夫だ。
「あ、どうも」
「ジョー殿にはいつも助けてもらい、感謝している」
「ああ、まあ」
ナージャと話すと隙の無さというか、圧の強さにちょっと及び腰になる。
王宮の警護を行う近衛騎士団は当然、超エリート集団で、中でも特殊分団は、王位継承権を持つ王族直系の身辺を警護する。
そのため、戦闘技能だけでなく人格やら立ち居振る舞いまでそれに相応しいレベルで叩き込まれた、上澄み中の上澄みである。
第三分団は、第二王女の担当で、その特性上、分団員全員が女性という、女性騎士としての最硬到達点の一つだ。
じゃあその超絶エリートが何をしているかと言うと、毎年恒例の新入団員の訓練である。
本来であれば、城の中で、特に対人に重点を置いて訓練するのだが、何があるか分からないため、対モンスター訓練も行う。
ちょっとした奇縁から、ジョーはその訓練に『特級外部指導員及び一級王定評定員』という仰々しい役職とともに駆り出されるのが常なのだが、はっきり言って荷が重い。
自分はあくまで落ちこぼれの野良戦士でしかなく、超絶エリートのお嬢さん方にアレコレ教えるほどの何もないというのが、本人の自己評価である。
そのため、毎年、あれこれ理由をつけて逃げようとするのだが、その全ての理由が不思議なほど完膚なきまでに叩き潰されて結局、毎年参加している。
「今年もプライドばかり高い跳ねっ返りのクソガキどもの相手で誠に不徳の致すところ」
風呂場へ案内しがてら、ナージャが頭を下げる。
「やあ、まあ、気持ちはわかります」
苛烈で過酷な訓練と選抜を経て、やっと配属されたごく一握りのエリートが、こんなくたびれたおっさんに『薫陶を賜るように』とか言われれば『はあ?』と思うのは当然だと思うのだ。
反発するのも当然だろう。
実際、配属されたばかりの頃のナージャなど、踏み潰された毛虫を見るようにジョーを見ていたし。
「アイツラも明日の訓練が終われば、正式に第三分団所属と呼べるようになるだろう」
『私のように』と自嘲気味に笑うナージャ。
まぁなかなか大変な思いをしたからな。
「さ、こちらでお召し替えを」
「はあ、どうも」
間仕切りの上から湯気が見え、その手前にある簡易的なテントの中に案内された。
ちなみに風呂に入れるというのも超特別扱いである。団員の大半にはその権利がないそうだ。
「………」
「………」
「……あの?」
「何か?」
テントの中に案内されたのはいいが、何故かナージャも一緒にテントに入り、そのままじっと立っている。
「いや、着替えるので」
「あ!これは失礼!」
うっかりしてた、らしい。
時々、抜けた所がある。
「手伝わせてもらおう」
「え?」
そういうと、足音のしない見事な摺り足で一瞬で距離を詰められ、上着に手を掛けられている。
「いや?え!?」
「心配なく、未熟ながら、王女様のお召し替えを手伝う訓練も受けている身のため」
そのままシュルシュルと恐ろしく鮮やかな手つきで服を脱がされる。
抵抗も柳に風と受け流され、気が付いた時には、腰巻き一つになっていた。
脱がされた服やパンツもきれいに畳まれている。
恐るべき超絶エリート。
「警護の者が詰めているので、安心してゆっくりと」
相変わらず生真面目な顔のナージャを見ていると、恥ずかしがるのも逆に恥ずかしいような気がして、なんとなく有耶無耶に、ジョーは風呂に入った。
ちなみに、その数分後、『お湯と時間の節約のため』と濡れるとほとんど肌色になるようなうっすいうっすい湯浴み着を着たナージャが風呂場に侵入してきて、一悶着あったのだが、『お湯と時間の節約のため』と押し切られた。
首から上は生真面目を絵に描いたようなナージャだが、首から下はなかなかにワガママなタイプだった。
☆☆☆
「師匠!楽しみですね!!」
「そうだな」
身体中から光の粒が溢れているのではないか?と思えるほどに生命力に溢れた彼女の名前はミレーユ。
今は服で隠れて見えないが、二の腕と肩甲骨、太ももの裏の辺りに短くて柔らかな羽毛が生えた鵬人族という種族の少女だ。
帽子の下からは鮮やかな赤い髪が覗き、吊り気味の大きな目がくるくると辺りを見回している。
今日はミレーユのパーティー『銀輪の双翼』と合同パーティーを組んで調査に来ている。
場所は中級から上級まで幅広い層に人気のあるアラン山。
最近、ここに大型モンスター出没の跡があるということらしい。
「師匠は全然、一緒に行ってくれません」
ブーブーと不満を漏らすミレーユの後ろで、パーティーメンバーの2人の少年が、盛大に舌打ちしている。
あからさまにジョーの同行を好ましく思っていない。
しかし、それも当然、そのはずで、ミレーユ達『銀輪の双翼』は五段階ある戦士のランクで上から2つ目のゴールド。
対するジョーは下からは2つ目のブロンズ。
荷物持ちや雑用ならともかく、合同パーティーとして組むこと自体が、屈辱的だ。
しかし、リーダーであるミレーユが決めたことなので文句も言えず、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
――ガサッ――
木の葉の落ちる音と同時に、木の上から翼の生えた猿が降ってくる。
モンスターの名前はクレームモンキー。
全10段階ある危険度の中で、『5』。
言葉で言うなら『普通に危険』
「せい!」
しかし、清々しい掛け声と共に、猿の首が、ポーンと宙を舞う。
小柄ながら全身バネのような身体能力を活かしたミレーユが飛び跳ねながら、両手に構えた双剣を振るった結果だ。
空中でくるりと反転。
逆さになって木の枝を蹴ると、くるくる回りながら地面に着地する。
「シッ!」
「やっ!」
短かいが鋭い呼気とともに、矢が走る。
――キィ!?――
――ギギィ!?――
継いで悲鳴。
ドサドサと猿が木から落ちてくる。
ミレーユに首を落とされた猿と、見事に首を貫かれた二匹の猿が、サラサラと粉になって消える。
死んだことで、マレイアヌという非物質に還元されたためだ。
しかし、中に一部、粉にならず残るものがある。爪だったり、目玉だったり鱗だったりと、生前の身体の一部もあれば、今回のように、巨大なバナナの房だったりすることもある。
クレッチバナナと呼ばれ、蜜のような甘さととろけるような食感が人気の高級フルーツだ。
「どうですか!師匠!!」
キラキラッと光を放ちながら擦り寄るミレーユ。
「ああ。すごいぞ」
ワシワシと頭を撫でると、くすぐったそうに目を細める。
もう16……17?あれ18?年齢で言えば、そろそろ『おじさんうざーい』とか思う年頃だったと思うのだが、まあ随分と真っ直ぐ育ったものだと思う。
後ろで盛大な舌打ちが連打されているが。
ちなみに、この戦闘でジョーは何もしていない。
見ていただけだ。
師匠などと呼ばれているが、ミレーユに何かを教えたわけではない。
ジョーにはミレーユの空を舞うような身のこなしはできないし、双剣も使えない。
駆け出しで右も左も分からなかったミレーユに、数ヶ月ほど食事の世話をしただけで、ミレーユは勝手に育った。
そのため、『ホントにすげーなぁ、コイツ』とただ感心しているだけだ。
そんな天賦の才を持つミレーユに遅れを取らず動きを合わせられる仲間2人も、ゴールドランクに相応しい実力で、ジョーとしては完全に観客気分だ。
「冒険は大事だが、あまり無理はしないようにな」
とりあえず年上の役割として、注意喚起はするが、ゴールドランクの戦士が危険にむやみに近付くような真似もしないはずで、これはただ言うだけだ。
「はい!ありがとうございます!194年7月17日14時52分に頂いた師匠の至言第53条『ムリ、ムチャ、ムダは最大の敵!』ですね!そして、194年8月2日9時22分に頂いた師匠の至言第189条『慎重は長命の友、臆病は短命の友』ですね!」
キラキラッと光をこぼしながら笑顔で返事をするミレーユ。
「……うむ。相変わらずよく覚えてるな」
「師匠の言葉は一言も忘れてません!!」
適当に話を合わせているが、つまるところこういう遊びである。
いちいち年月日に時間なんて覚えてるはずがないし、なんかそれっぽい師匠と弟子ごっこだ。
ジョーは言ったかどうかも覚えてない。
覚えてはないが、ミレーユが楽しそうで何よりである。
その後も、ガサガサとモンスターが現れるが、ジョーが何かをするまでもなく、ミレーユ達によってバッサバッサと討ち取られて行く。
本当に大したものだと感心しながら、日は中天を過ぎた。
そして、そろそろ帰ろうかと成りかけた時、そいつは現れた。
「マーダーマンティス!」
少年の一人が叫んだ。
マーダーマンティス。
2対の巨大な鎌を持つ人の背丈を優に超える巨大なカマキリ。
危険度7。『退避推奨』。
アラン山で現れる最高危険度の難敵だ。
「一体ならいける!」
シャン!と音を立てて双剣を構えるミレーユ。
「行くぞ!」
勇ましく吠える少年B。
――グオウガァ!!――
しかし、少年Bが矢を番えたその時、マーダーマンティスの姿が掻き消えた。
「「「は?」」」
「あ、ヤバいやつだな」
「「「へ?」」」
グチャっという生々しい音の方を見ると、そこにはマーダーマンティスの巨大な頭をひと齧りで食い千切る白い巨大な狼。
「『
大人の上半身ぐらいあるカマキリの頭をペッと吐き出した白い狼が殺気の籠もった目を向ける。
「し、師匠」
その殺気だけで、ミレーユの腰が怯む。
危険度8。『戦闘不可』の怪物である。
「な、何とか退避を」
少年Aが気概を見せる。
「ミレーユだけでも逃がすんだ!!」
矢を番えると目にも止まらぬ速さで、三連射。
「あ、こら」
「何!?」
しかし、唸りを上げる矢は、狼に当たり前にあらぬ方向に飛び散ってしまった。
「デミフェンリルは風を纏っているからな。飛び道具はなかなか当たらないよ」
言いながら、ジョーが一歩踏み出す。
デミフェンリルがグルグルと唸る。
「ミレーユの双剣も、あの毛皮は切れないだろうしな。危ないから下がった方がいい」
もう一歩。
――ゴアッ!!!――
デミフェンリルが吠えると、ジョーに襲いかかる。
ジョーはその速さを目で追えてすらいない。成す術もなく、狼のアギトに食い破られ飲み込まれ――
――ガフェ??――
――なかった。
「よし、捕まえた」
上半身を食い破られたはずのジョーが、狼の口の中からニョキっと腕を伸ばして、その鼻っ面を掴む。
「生憎、俺を食い破るには、ちと硬さとパワーが足りなかったな」
狼の口からくぐもった声が漏れるとともに、鼻っ面を掴んだ腕が、メキメキぃと音を立てる。
――キュイ!?キュ!?キ、キュー!?――
デミフェンリルが悲鳴を上げる。
「よいしょー」
気の抜けた掛け声で、メキメキがベキベキに変わる。
デミフェンリルは、フェッフェッと鳴き声にすらならない弱々しい声が漏れるだけだ。
――ゴキィ!!――
そして、鈍い音ともに、デミフェンリルの首が可動域を超えて天地逆さまに折れ曲がった。
「「…………」」
ズルリと狼の巨大な口が滑り落ちると、当たり前のようにジョーが出て来た。
「師匠!!さすが師匠ですね!!!」
キャーキャーと歓声を上げながらジョーの周りを飛び跳ねるミレーユ。
「狼は口が臭くて頂けないな」
よだれでベトベトになった髪をタオルで拭き取りながら、タハーっと溜息をつくジョー。
「見慣れないデカいモンスターの痕跡。その正体はコイツだったんだな。いやー、デカかった」
「グシャ!ってすごかったです!さすが師匠です!!」
ハハハハと笑うジョーの向こうで、白い狼はサラサラと粉になり、粉は風に紛れて消えていく。
「毛皮か……。は!!……コートにすればマーサの気が引けるか?」
「師匠!私もデミフェンリルのコートが欲しいです!」
はいはい!!と手を挙げるミレーユ。
「そうか!もう少し大人になったら自分でも狩れるようになるし、似合うようになると思うぞ!頑張れ!」
「………はい」
ショボーンと萎れるミレーユ。
「ま、何にせよ正体が分かっただけでなく、討伐まで出来たから上々だな」
布団になりそうな巨大な毛皮をくるくるまとめて背中に担ぐジョー。
唖然としたまま、なんとなく見つめ合っている少年AとB。
『胸か?胸が足りないのか?』とぶつぶつつぶやきながら、自分の慎ましい胸を持ち上げようとするミレーユ。
イレギュラーの片付いたアラン山には、平和が戻ったのだった。
☆☆☆
これは、膂力と頑丈さだけがぶっ飛んだ戦闘センスゼロのおっさん戦士が、慎ましく平和な家庭を求める物語。
おっさん戦士は気が付かない。〜婚活30連敗中のおっさんを巡る高嶺の花包囲網〜 石の上にも残念 @asarinosakamushi
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