第101話 意外な来客

 ようやく自宅に戻った火惟を思わぬ人物が出迎えた。


「やあ、お帰り」


 馴染みのある爽やかな笑顔が冷房の効いた居間で軽く手を挙げてみせる。


「彼方!?」


 見まごうはずもない。それは火惟が中学時代に得たかけがえのない親友――草間彼方だった。


「お前……なんで?」

「なんでって、夏休みになっても顔を見せに来ない薄情な親友に、一言もんくを言ってやろうと思ってね」


 険のない爽やかな笑顔で告げられて火惟は大きく肩を落とした。


「気楽そうに言ってくれるなよ。こっちはいろいろとタイヘンだったんだからな」

「だったってことは、もう解決したってことだよな。なら、その話を聞かせてもらおうか」

「お前には、くたくたの親友を休ませてやろうっていう思いやりとかやさしさはないのか?」

「女の子を連れて帰ってきておいて、よく言うよ」


 指摘されて、ようやく火惟は希枝を連れていたことを思い出した。通り道だったので冷たいものでも御馳走しようと思って誘ったのだ。

 彼方は火惟の背後にいる希枝を覗き込むようにして声をかける。


「初めまして、草間彼方です」

「……どうも、泉川希枝です」


 いつもどおり愛想をどこかに置き忘れてきたような顔で軽く頭を下げる。

 気にすることなく彼方は火惟に向き直って告げた。


「お前も隅に置けないな。こっちに来てまだ半年にも満たないっていうのに、こんな可愛い彼女ができているなんて」

「バカ、違うよ。俺はともかく泉川に失礼だろ」


 慌てて抗議すると、彼方は希枝に向かって問いかける。


「そんなことないよな?」

「はい」


 意外にハッキリうなずいたので火惟は驚いて彼女の方にふり返った。

 目と目が合うと希枝は赤面して目を逸らしてしまう。普段、無愛想な少女が、見せた意外な反応に心音が高まるのを自覚する。


(え? あれ? モテてるのか、俺?)


 自分も同じように赤面していると、彼方の背後から顔を出した妹の灯佳ともかが冷たく告げた。


「希枝さん、そんなバカを選ぶと、後で絶対苦労するよ」

「いや、火惟はきっと愛妻家だよ」

「いえいえ、こいつは妹に借りたお金も返さない、だらしない男ですから」


 不名誉な事実をバラされて慌てて弁明する。


「いや、だからちゃんと返すって言ってるだろ。この夏はちょっと世界の危機を救ったりで忙しかっただけで、これからバイトを探すからさ!」

「ほう、世界の危機か」


 興味深げな顔をする彼方。この男の場合、冗談で言っているのか、本気にしているのか傍目からは判断が付かない。

 何を口にするべきかと迷っていると、隣にいた希枝に袖を引かれた。


「あの……。わたしがお貸ししましょうか? お金」

「え? いいのか」


 思わず、聞き返してしまうと、灯佳の視線が一層冷たいものに変わった。


「ヒモ一直線か、大羽火惟!?」

「い、いや、今のはつい反射的に――って言うか、なんでお前は兄貴をフルネームでしか呼ばねえんだよ!?」


 今さら言ったところで、もちろん取り合うような妹ではない。

 口げんかでは勝ったためしがないが、彼方と希枝というギャラリーの前で、少しは兄貴としての威厳を見せようと舌戦を開始する。

 彼方と希枝はそんな二人の姿を微笑ましく見つめていた。

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