第100話 帰り道
北斗がまだ残務に追われている間に地球防衛部の面々は一足先に家路についていた。
一部の例外を除いて疲労困憊ではあったが、大きな怪我をした者はなく、めでたく全員が五体満足でヘリポートに降り立つ。
そこからは車で送ってくれるという話もあったのだが、円卓の職員はどう見ても多忙だったので遠慮して駅に向かうことにした。
当然ながら折り畳んだ武器とマントはカバンに詰め込んであるので、傍から見れば普通に高校生の集まりだ。
まだこの街に馴染みのない千里は目を輝かせて、やたらとキョロキョロしていたので、火惟は「まるでお上りさんだな」と言って笑ったが、いくら開けているように見えても、この臨海都市とて、ただの地方都市には違いない。
華実がそれを指摘すると、発言者の火惟本人が自分で大受けしていた。
駅の売店では全員が土産物を買いあさる。それぞれに家を空ける理由はでっち上げていたが、本当の事情など話せるはずがないので、旅行に行っていたことにしなければならない。そうなれば家族や親しい者には土産物の一つくらいは渡す必要があるだろう。
「空港で土産物を買うというのは、よく聞くけど、わたし達ってスケールが小さいわね」
苦笑する華実の言葉に、みんなが笑った。
こんなふうにしていると、本当にただの高校生の集まりだ。
世界を救った帰りなどとは誰も信じはしないだろうし、ふり返ってみれば華実自身あまり実感がない。
それでも、この夏のことは、きっと生涯忘れることはないだろう。
島で出会い、言葉を交わした円卓の人々。そのうちの何人が生き残れたのか、確かめている余裕はなかった。もちろん知ったところで、つらい想いが増しただけだろう。生き別れか死に別れかの違いはあれど、おそらくもう二度と会うことはない。
だからこそ、彼らのことは可能な限り胸に留めておきたかった。
そして、あの島で繰り広げた激闘。
月面都市では死してなお、自分を待ってくれていた愛娘。
狂気に駆られて殺戮と惨劇を撒き散らしながらも、心変わりをしてどこかに消えた魔女。
正直なところ華実は彼女を赦せず、自分の心の未熟を恥じていたが、真夏はいつもどおりの可憐な笑顔で言ったものだ。
「それでいいのよ。怒りも憎しみも、愛を知る者なら抱いて当然のもの。否定する方がおかしいわ。大切なのは、その気持ちに無闇に流されないこと。ただそれだけよ」
華実は思う。いつだって真夏は正しい。その正しさに、自分は近づけるだろうか。ついて行けるのだろうか。
問えば、きっと真夏はこういうのだろう――「華実は華実のままでいいのよ」と。
それが分かっていても、華実は真夏に近づきたいと思う。それが叶えば、きっと彼女の孤独を癒やせる気がする。
(今はまだ無理だけど、いつかはきっと……。だから、それまで待っていて)
愛しい少女の背中を見つめながら、華実は胸の裡で囁いた。
地方都市にしては大きい駅に入って、みんなで改札を抜けると大きな階段を上る。
陽楠市までは快速なら十分といったところだが、時刻表を確認したところ、タイミングが合わなかったため、仕方なく普通列車に乗り込んだ。
それでもせいぜい、二十分足らずの時間だ。とくに嫌な顔をする者もいない。
ロングシートに並んで座ると、希枝はすぐに寝息を立て始めた。やはり疲れていたのだろう。千里にもたれかかって眠る姿は姉妹のようにも見える。
火惟が大きなアクビをすると、伝染するように咲梨がアクビをして、華実も思わず釣られかけて口元を押さえた。
夏休みとはいえ田舎の日中は普通列車もガラガラで対面の窓から、眩い風景が流れていく。
真夏は穏やかな笑みで、それを見つめていた。
瞼を閉じてもたれかかると、クスリと笑う気配がしたが、とくにおかしなことはしてこない。
(わたしのこと嫁とか言ってたけど、どこまで本気なんだろ?)
ぼんやり考えているうちに本物の睡魔が訪れ、そのまま眠りに落ちてしまった。
気がつけば、呆気なく目的地に辿り着いていて、真夏に腕を引かれて車両を降りる。
ホームに降りた途端に陽射しに目が眩み、熱気に煽られて華実は顔をしかめたが、真夏はその名の通り夏の申し子なのか、実に平然としていた。
そこからさらにローカル鉄道に乗って学校近くの駅まで向かう。乗り換えのタイミングが合ったのは幸いだった。田中の鉄道は一日の本数が限られているため、ヘタをすると三十分以上も待たされることになる。
「往時のローカル線には冷房なんてなくて、扇風機が回っていたのよ」
揺れる電車の中で真夏がぼやくと、火惟が懐かしそうに笑った。
「ドアも乗客が手で開けていたよな」
「そうそう。やっぱり、ここは都会ね」
「いやいや……」
咲梨が焦ったような顔でつぶやいた。
そんなやり取りもできれば聞いていたかったのだが、華実は再び居眠りをしてしまい、気がついた時には学校前の駅に着いていた。そもそも乗車時間は十分足らずなので、満足には眠れていないが、少しは意識がハッキリとしている。
小さな駅を出ると、それまでも聞こえていたセミの声が、より一層けたたましく聞こえてきた。
「くそっ、ツクツクボウシめ。お前らが鳴くと夏休みが終わっちまうだろうが」
勝手なことを言っているのは、もちろん火惟だ。
「さて、それじゃあみんな。ここで解散にしましょうか。部活はしばらくお休みにするから、新学期には元気な姿を見せてちょうだいね」
「はい」
咲梨の言葉に全員が声を揃えて返事をする。
軽く手を振り合いながらそれぞれ帰路に就く中、真夏が華実の腕を取って艶めかしい笑みを浮かべた。
「それじゃあ、華実はわたしの家に来てちょうだい。今夜は寝かさないわ」
妖しい眼差しで口元を近づけてくる。その顔はやたらと魅力的だったが、だからこそ華実は慌てて振り払った。
「か、母さんが心配してるから、今日は帰らないと! それじゃあ!」
一方的に告げて背中を向けて猛然と走り出す。
そのまま途中まで進んだところで慌ててUターンすると駅前の駐輪場に駆け込んで自分の自転車を取りに向かった。
よくは見てなかったが、真夏はそんな華実を微笑ましく見つめていた気がする。
華実が真夏に惹かれているのは確実だったが、相手がどこまで本気か分からないうえに自分がどこまで本気なのかも分からず、判断保留状態だった。
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