第102話 相思相愛よ
咲梨は遠縁の親戚に預けていた最愛の弟――正確には従弟の手を引きながら家路を辿っていた。
「昴くん、ひとりにしてごめんね」
申し訳なさそうに話しかける。
「ううん、大事なご用だったんでしょ。僕は姉さんがちゃんと帰ってきてくれるって信じて待ってたから」
「ありがとう、昴くん。そんなに聞き分けが良いと……なおさら申し訳ないわ」
だ~っと、わざとらしく涙まで流している。
「泣かないで、姉さん。僕は姉さんが大好きだから」
弟――昴の言葉に感極まったような顔をすると、咲梨は思いきり彼を抱きしめた。
「ありがとう、昴くん! わたしも大好きよ! 結婚しましょう! 今すぐに!」
「こらこら、年端もいかない少年を誘惑しなさんな」
ややぶっきらぼうな女の声が聞こえてきて、咲梨は一瞬で素に戻ってそちらを見る。ただし昴のことは自分の胸に埋めるように抱きかかえたままだ。
「久しぶりね。どこに行ってたのあんたら?」
問いかけてきたのは学校の友人で――
「確か名前は
「いや、いくらなんでも、そんな記憶があやふやになるほど会ってなかったわけじゃないでしょ」
本気で焦った顔をする友人に咲梨は明るく笑いかける。
「冗談よ、美事。わたしは部活の合宿の帰りなの」
「合宿するんだ……
唖然とした顔の友人に咲梨は得意げに告げる。
「当然でしょ。地球の平和を守るためには日々の鍛錬が大事なのよ。足場の悪い砂浜での全力ダッシュ。エメラルドに輝く海での遠泳。そして夜は視力を鍛えるために、みんなで花火を見上げたわ」
「それ、海で遊んでただけでしょ……」
当然の指摘は視線を逸らしてかわしつつ、咲梨は訊き返した。
「そういう美事こそ、どこかの帰りみたいだけど、どこに行ってたのよ? 新聞部の合宿?」
「違うわよ。つまらない親戚の集まり」
「親戚か……そういえば美事にも昴くんと同い年の従弟がいたっけ?」
「ああ、春坊ね。あいつはその子と違ってバカだけどね。なんだったら交換しましょうか?」
「お断りです」
昴の身体を遠ざけるようにしながら、キッパリと告げる。
それ自体にはとくに拘泥することなく美事は昴を指さした。
「どうでもいいけど、そろそろ放してあげないと息が苦しいんじゃないかしら?」
「はっ!?」
慌てて腕を伸ばすと昴は真っ赤な顔で大きく息を吐いた。
「ご、ごめんなさい、昴くん。わたしの愛が暴走してしまったわ」
「暴走はあんたの十八番だもんね」
「失礼ね、わたしは理知的な女よ」
「まあ、普通は魔女って賢そうなイメージがあるけどね」
「イメージどおりでしょ、わたし?」
今度は昴を後ろから抱きかかえて訊くと、美事はなぜかコメントを控えた。
少し気になったものの、ひとまず咲梨は話題を変える。
「それより美事。実はわたし達、月まで行って来た――って言ったら信じる?」
「お金をくれるなら信じてもいいわよ」
真顔で答える友人を睨みつける咲梨。
「まあ、なんて心の醜い人なのかしら。昴くんは絶対に、こんな人になっちゃダメよ」
「うんっ」
元気な声で昴が答えたのを見て、美事の身体がぐらついた。精神的なダメージを受けたようだ。
「き、傷つくじゃない、少年。軽い冗談なのに……」
「ふふん、純粋な少年の前で無粋な嘘を吐くからよ」
「その純粋な少年をたぶらかしておいてよく言うわ」
「失礼ね。わたしの愛はどこまでも真摯な本物よ。将来、わたしは必ず昴くんと丘の上の白い教会で祝言を挙げるんだから」
咲梨の宣言を聞いて美事は衝撃を受けたように後ずさった。
「教会で日本式の結婚式をする気かこいつは!? いや……あんたらしい暴挙と言えなくはないけど」
「こ、細かいことはどうでもいいのよ。大事なのはわたしと昴くんが運命の赤い糸で結ばれてるってことなんだから!」
「あんたが一方的に絡め取ってるだけな気がするのだけど……」
「いいえ、相思相愛よ! ねえ、昴くん?」
「うんっ」
昴は元気いっぱいに頷いた。六才の少年に、その意味がどこまで通じているのかは謎だったが、二人がお互いを何よりも大切に思っていることだけは間違いがなかった。
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