第95話 陣取りでもしてて

 火惟の拳が最後のセラフを叩き潰し、無人島での死闘はようやく幕を下ろした。

 多くの人命が損なわれ、生き残った者たちも、そのほとんどが傷つき疲れ果てている。

 見上げれば空にはまだ無数のゲートが浮かんだままになっていたが、アーサーは意を決して結界の一部を解除し、島の外に待機させていた救護隊を招き入れた。

 すぐに手当てをしなければ、さらに多くの人命が損なわれるのは確実だったからだ。

 もちろん、動ける者たちをゲートの監視に当てることを忘れはしなかったが、今のところそこからは何者も現れる気配はない。

 マーティン、カーライル、リスティア、ブラウンら十二騎士は傷つきながらも健在で、率先してその任に当たっている。

 真夏と華実がゲートの向こうに消えたまま未だ戻って来ないが、地球防衛部も全員が無事だった。

 ただし、千里を除く全員が疲労困憊で、今は小さな輪になって地面に座り込んでいる。

 言うまでもないが島の有様はひどいものだった。

 美しい緑は消し飛ぶか燃え落ちるかして、大地にはいくつものクレーターが穿たれている。この有様を嘆くかのように、いつの間にか空はどんよりと曇り、粘り着くようなじっとりとした風が弱々しく流れている。

 シェルターは健在だった。周辺に地形が変わるほどの攻撃を受けたせいで、やや傾いているが、鉛色の壁には傷ひとつ付いていない。

 最後まで拳を振るって戦い続けた火惟も今は立ち上がる気力もないらしく、うずくまったままでつぶやいた。


「少女坂達は大丈夫かな……」

「どんな敵がどれだけいようとも、あの人が後れを取ることはありません」


 答える希枝の声は幾分ハッキリしていたが、ぺたんと座り込んだまま身動きしないのは同じだ。


「援護に行かないと……」


 咲梨は顔を上げると、金色の杖を支えにして立ち上がろうとする。だが、背中に千里がのしかかったことで呆気なく突っ伏してしまった。


「なにをするのよ」


 抗議の声を上げるが、それも弱々しい。


「疲れ切った人が乗り込んでも真夏の助けにはならない」


 正論を口にして頭上を見上げる。


「わたしが行ってくるから、みんなはここで陣取りでもしてて」


 陣取りとは、地面の上で小石を指で弾く昔ながらの遊びだ。この時代の高校生なら、だいたい子供の頃には経験しているが、さすがに誰にも歓迎されない提案だった。

 もっとも千里はそんなことなど気にすることなく、金色の大鎌を肩に担ぐと小高い丘に軽々と登ってから、ゲートめがけて跳躍した。

 それは小さなビルなら余裕で飛び越せそうな勢いだったが、あとわずかなところで届かずに落ちてきてしまう。

 着地した千里は思案しつつ周囲を見回した。

 リスティアと目が合う。

 ポンと手を叩いて閃いたアイデアを口にした。


「そうだ、なにかを足蹴にすれば」

「いや、それは足場っていうか、踏み台って言いませんか!?」


 後ずさりつつ、どうでもいいことを指摘してくるリスティア。


「では、ロープを持ったお前をわたしがゲートの中にぶん投げるから、向こうから引き上げてくれ」

「いや、それって絶対に無事ですみませんよね!? 死にませんか、わたし!?」

「それで死ぬなら、お前もしょせんそこまでの女だ」


 冷徹な顔で告げるとリスティアは本気で怯えたように縮こまった。


「いや! この人、頭が変!」


 怯えているにしては言いたいことは言ってきたが。


「あんまり俺の仲間をいじめんでくれ」


 呆れ顔で歩み寄ってきたのはブラウンだった。彼はリスティアに顔を向けて告げる。


「こいつの言葉をあんまり真に受けない方がいいぞ。冗談がパワードスーツを着て歩いているような奴だからな」

「フフ……。あのボウズが言うようになったものだ」

「いや、実年齢でもこっちが上だし、そんな古い知り合いでもねーよ」


 ブラウンは律儀に千里に言い返してから、虚空に浮かぶゲートを見上げた。


「ロケット方式で行くか」

「一番上がわたしで、一番下がリスティアだな」

「いや、二人でじゅうぶんでしょ!」


 言葉だけで何をしようとしているのかを察したらしく、リスティアが力一杯に拒否してきた。

 千里は仕方なくブラウンの肩に乗ると軽く合図する。


「GO!」

「落ちんなよ」


 軽く助走をつけてブラウンがゲートめがけて跳躍する。千里ほどではないが、さすがは超人中の超人だけあって、その身体は高々と宙に舞い上がった。千里は器用にその両肩に立つとブラウンを蹴って跳び上がる。不安定な足場で助走も無い分、勢いは先ほどではなかったが、それでも余裕でゲートに飛び込むことができた。

 かつて次元航行艇で越えてきた道とはまったく違うらしく、肉眼でもハッキリと通路を視認できる。

 どうやらそこは上も下も無いようだったが、最初に飛び込んだ勢いのまま真っ直ぐに身体が運ばれていき、通路の出口は意外に早く見えてきた。

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