第85話 銀色の魔女

 華実と真夏が離脱したことで敵の勢いは増したように見えたが、残された人々は彼女の意図を理解して、むしろ怒濤の攻勢に転じていた。

 金色の杖を掲げると咲梨はさらに力を振り絞って破壊の光を放射する。

 北斗の銃がセラフの翼を撃ち抜き、落ちてきたところを火惟が金色の籠手ガントレットで粉砕する。

 その隙を狙って飛来した別のセラフに希枝が金色の大金槌ハンマーで殴りつけた。

 リスティアの放つ矢は雨のように敵を射貫き、カーライルの銀炎がまとめて焼き払う。

 広範囲への大技を持たないブラウンは、仲間の身を守ることに徹し、傷ついた仲間を庇いながら、それでも何体ものセラフを葬っている。

 シェルターに迫る敵の群れをマーティンの神速の剣が斬り刻み、光り輝くアーサーの聖剣が敵の一団をまとめて消し飛ばした。

 それまで攻勢一方だったセラフが気圧されたかのように守勢に転ずるのを見て、千里は高々と跳躍すると金色の大鎌を振り回して次々に敵を斬り裂いていく。

 ゲートを抜けてくるセラフの数は目に見えて減少し、形勢は完全に逆転していた。


「よしっ、勝てるぞ!」


 カーライルの声に騎士達が歓声をあげる。ちょうどその傍らにストンと着地する千里。

 その直後だった――

 迸った光に呑み込まれ、カーライルと千里は周囲の騎士もろとも打ち倒されていた。


「千里!?」

「カーライル!?」


 仲間たちが悲鳴をあげ、驚きとともに視線を移すと、光の基点に小さな人影が浮かんでいる。

 それは黒いローブに身を包み、頭にとんがり帽子を被って長い白銀の髪を風に棚引かせていた。

 アーサーが眉間に皺を寄せて、その名を呼ぶ。


「キーア・ハールス!」


 それを聞いて誰もが驚きに目を瞠った。

 魔法使いの年齢など見た目どおりとは限らないが、咲梨達が想像していたよりも年若く見える。せいぜいが彼女たちと同世代だ。

 肌は白く、髪は星屑をちりばめたように輝き、青い瞳は澄んだ水のようだ。口元には悪意のカケラも感じさせない柔らかな笑み。掛け値なしに美しい娘だった。


「どうやら、あなた達を甘く見すぎていたようですね」


 耳にするだけで、うっとりするような心地良い声が響き渡る。


「日本語?」


 火惟がどうでも良いところに疑問を持って呟く。

 それに対して彼女は律儀にも答えてきた。


「ああ、これはセレナイトで使われている言語でもありますので、すっかり馴染んでしまいました。事を起こしたのも日本ですしね」


 説明して、ニッコリと微笑む。

 そこにめがけてリスティアは容赦なく弓を射た。

 セラフさえ一瞬で貫いてみせた神速の矢は、しかし彼女の眼前でピタリと止まると、くるりと向きを変えて同じ速さでリスティアに戻っていく。


「なっ!?」


 信じ難い光景にリスティアの表情が凍りつくが、すかさずその前に躍り出たブラウンが、両手のナイフで戻ってきた矢を叩き落とした。


「す、すみません」

「言ってる場合か」


 ブラウンは素っ気なく答えると戦闘態勢で魔女を見据える。


「アーサー、情報と違うぞ。こいつの力は桁違いだ」

「この一年の間に、これほどの力をつけたか……?」


 驚愕するアーサーだったが、すぐにそのカラクリに気づいて声をあげた。


「ディストピアのテクノロジーによるものか!」


 それを聞いて咲梨も気づいた。キーア・ハールスの手には機械仕掛けの杖が握られており、それと彼女の魔力が明らかに呼応している。


「あの子は実に役立ってくれました。お陰でわたしの力はこんなにも強くなって、すべて思い通り……のはずだったのですが」


 あの子とはもちろんセレナイトのことだろう。やはりキーア・ハールスはセレナイトすら欺き、自分の目的を達しようとしていたのだ。

 そんなことのために、どれほどの人が犠牲になったのか。

 激しい怒りを感じる咲梨だが、キーア・ハールスも同じような目で咲梨を見据えていた。


「あなたの仕業ですね」


 つぶやき、つまらないものでも見るかのように円卓の人々を睥睨する。


「こんな雑兵や低レベルの魔法使いにわたしの計画が看破できるはずがありません」

「いや、その手の推察に魔法の強さは関係ないでしょ」


 実際に見抜いたのは確かに自分だったが、咲梨は冷静に指摘した。

 それが気に入らなかったのか、キーア・ハールスは咲梨に杖を向けると、その先端から先ほどと同様の光の奔流を解き放った。

 即座に魔法による防壁を展開する咲梨。白い魔力光と咲梨の金色の魔力光が激突し、何かがこすれ合うかのような異質な音が響く。

 爆発的な圧力に押されて咲梨の身体がジリジリと後ろに下がっていく。

 不利に気づいた北斗が魔法紙カードを取り出して咲梨の正面に魔術の防壁を展開するが、これは一瞬にして破壊された。

 それでも、そのわずかな隙に咲梨は射線上から逃れ、お返しとばかりに金色の魔力波を放射する。

 今度はキーア・ハールスが防壁を展開して、その攻撃を完全に防いでみせた。


「嘘だろ? 部長の力が通じねえ?」


 茫然とする火惟。


「気を抜かないでください」


 希枝の声で彼はハッとして空を見上げた。かなり数を減じたとはいえ、セラフは未だ残存しており、依然としてシェルターを狙っている。


「くそっ! 来てくれ、泉川」


 やむなく魔女に背を向けると、火惟は希枝と共にシェルターの守りに向かう。

 咲梨は魔法の力によって自らも空中に舞い上がると、今度は強力な雷撃をキーア・ハールスめがけて解き放った。同時に北斗が金色の銃によって狙撃するが、敵は空中を自在に飛び回り、これらの攻撃を回避すると、こちらではなく足下の騎士達めがけて灼熱の火炎を撃ち込んだ。

 爆発が世界を一瞬真昼のように照らし出し、大地を激しく揺らした。幾人かの命が一瞬でかき消える。

 咲梨は怒りに唇を噛みしめる。

 実のところ、この敵を倒すのは難しいことではない。咲梨が全力を出せば確実に瞬殺できる。

 だが、もしそれをすれば制御しきれない余剰魔力によって島そのものが消し飛んでしまうだろう。

 それほどに咲梨の魔力は強すぎるのだ。

 ゆえに彼女はいつだって極力手加減しながら魔法を使っている。その状態でさえ、並の魔法使いを寄せ付けないほどの力を出せるのだ。

 だが、今回の敵は、いつもの魔法力では足りないらしい。

 ならば、あと少しだけ力を出せばと思うのだが、そういった力加減は口で言うほど簡単ではなく、下手をすれば味方を巻き込む怖れがあった。


(どうする……?)


 迷いながらも魔女を追跡して、攻撃をしかけるが、敵はそれをかわしては大地の騎士めがけて破壊的な魔法の雨を降らせる。

 今度は魔術師達が協力して防壁を展開するが、完全には防ぎきれず、何人かの騎士が大きなダメージを負ったようだ。

 どうやら、こちらの戦力を削ぎ、セラフにシェルターを破壊させるつもりのようだった。


(どうする……?)


 咲梨は自問自答を繰り返すが、答えが出せず、焦燥ばかりが募っていく……。

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