第84話 突入

 ゲートのひとつを自らの制御下に置くと同時に、咲梨は攻撃に転じた。

 空中に生みだした複数の魔法陣から、破壊的な魔力が放射されて、宙を舞うセラフの群れをまとめて薙ぎ払っていく。魔力に強い耐性を持つセラフでさえ、咲梨の力の前では為す術がなかったが、これだけの火力を叩きつけられてもセラフの数は、一向に減る様子がなかった。

 倒しても倒しても新たな個体がゲートを抜けて襲いかかってくる。

 他の魔法使いも島外周とシェルターを守る結界を維持しつつ、攻撃に参加していたが、それでもまだ手が足りない。

 全体の指揮を執っていたアーサーも前に出て、聖剣を手にセラフを圧倒していたが、十二騎士以外の騎士と魔術師達は、傷つき、疲れ、その戦闘力は確実に低下していた。

 しかも戦いの最中、陽楠市内にも三つのゲートが開いたという悪い知らせが入っている。

 北斗の分析では、島に集められた百人の被害者の方が誘因効果が高いため、ほとんどのセラフはこちらに集まるはずだとのことだが、たった一体でもセラフの力は驚異的だ。

 この事態に備えて円卓も部隊を駐留させているとのことだが、彼らの力だけで対処できる保証はない。

 だが、これに関しては真夏も独自に手を打っていたにしい。

 東条家の中でも姫である真夏直属の東の姫直衛銃士隊プリンセス・リヴォルヴァーを呼び寄せていたのだ。

 名目上では華実のその一員だが面識はまったくない。

 真夏の話では並の騎士よりも遥かに頼りになるとのことで、華実達としてはその言葉を信じるしかない。

 だが、どちらにせよ、これ以上戦いが長引くのは好ましくない。

 真夏と千里はデタラメな強さで敵を蹴散らし続けていて、そのペースもまったく落ちないが、他の者たちの疲労は深刻だった。

 セラフに策を弄する知能があるのかどうかは不明だが、仲間が彼女たちに倒されている間に、別の集団がシェルターを狙って突撃してくる。

 リスティアが何体かを射貫き、ブラウンが一体を強引に大地に引きずり落とすが、それをすり抜けた三体がシェルターに肉薄する。

 北斗が金色の銃を構えて素早く狙撃するが、敵の一体が盾になったことで残る二体が眼前に迫る。華実は臆することなく敵を見据えると抜刀と同時に斬りかかった。

 振り抜かれた刃はほとんど手応えも感じさせぬままセラフを両断する。

 単独でのセラフ撃破は初めてだったが喜んでいる余裕はない。

 残る一体が横をすり抜けると手にした槍をシェルターめがけて投げつけるのが見えた。

 直撃を受けて魔法使いが張った結界が大きくたわみ、そこにセラフ自身が体当たりしたことで大穴が開く。

 追いすがって斬りつける余裕はない。


「鎖よ!」


 考えるより早く華実は咲梨に禁止されていた幻想能力ファンタジアを解き放っていた。

 瞬間、溢れ出す力に全身が震えるのを感じる。頭の中がかつてなく冴え渡り、脳裏に浮かんだイメージがそのまま現実を塗り替えていく。

 虚空より生じた光は瞬時にセラフの四肢に絡みつくと、その身体をそこに縫い止めた。


「でりゃあぁぁぁっ!」


 雄叫びとともに横から飛び出してきた火惟が金色の籠手ガントレットを叩きつけてセラフの身体を粉砕する。

 その後ろで結界に空いた穴が修復されるのが見えた。

 傍らで北斗がホッと息を吐く中、華実は自らの両手を見つめる。


「今の感覚は……」

「どうやら、あなたの不調は肉体があなたの力を拒絶していたわけではなく、あなた自身がその肉体を拒絶していたためだったようですね」


 戦いながら告げられた北斗の見解に、華実は納得すると同時に理解した。

 結局はそういうことだ。この身体を得てから、ずっと華実は自分を赦せなかった。

 セレナイトとの決着さえつけば、勝敗に関係なく自ら命を絶つつもりだったのだ。

 だが、友を得て人を知り、自分の浅慮に気づいたことで華実は変わった。

 さらにダリアが言い残した言葉もある。彼女はこの身体を含め、自分のすべてを華実に託していったのだ。

 ならば、もはや拒絶などできるはずがない。

 決意を新たにする華実の耳に轟音とともに悲鳴が飛び込んでくる。

 慌てて視線を移せばセラフの攻撃によって土砂が高々と舞い上がっていた。その土砂に紛れて人の身体のパーツらしきものが見える。またしても大きな被害が出たようだ。

 見上げれば虚空に空いたゲートからさらなるセラフが舞い降りるのが見える。このままでは確実にジリ貧だった。

 華実は顔を上げると、頭上でセラフを斬り刻み続ける真夏に向かって声を張り上げる。


「真夏! あなたとわたしのふたりだけなら、セラフを同時に何体相手にできる!?」


 さらなる敵を斬り裂きながら、真夏は重力を無視して頭を下にすると簡潔に答えた。


「いくらでも」


 それを聞いて覚悟を決める。


(彼女を連れて行くのは賭けだけど……)


 視線の先には咲梨が奪い取ったゲートが見える。


「真夏、お願い!」


 叫ぶと同時に魔力を集めて幻想能力ファンタジアを発動させる。華実のそれは『魔術』。正式な魔術の定義からは外れた華実だけの魔術だ。


「翼よ!」


 イメージを浮かべると、これまで一度も使ったことのない力を発動させる。

 それは言葉通り、自らの背中に純白の翼を生み出す力だった。


「うおっ、マジか!?」

「すげえーっ!」


 どこかで火惟とカーライルの声が聞こえるが、そちらを見ている暇はない。

 華実は背の翼を羽ばたかせると大地を蹴って宙に舞い上がった。

 それに気づいたセラフが一斉に群がってきて華実の進路を埋め尽くす。

 猛々しい声が響いたのはその瞬間だった。


「薙ぎ払え! カラドヴルフ!」


 アーサーが手にした聖剣が爆発的な白光を放ち、虚空のセラフをまとめて薙ぎ払う。山でも断ちそうな一撃が、華実の行く手を阻んでいた敵を見事に消し飛ばしていた。

 ゲートの中から新たな敵が飛び出してくるが、華実はひらりと身をかわしつつ金色の刃で斬り裂く。そのままスピードを落とすことなく上昇すると躊躇うことなくゲートに飛び込んでいった。

 背後から何体ものセラフが追撃してくるが、それらは華実に追いつくことなく、追いかけてきた真夏によって細切れにされてかき消えた。


「もうっ、無茶しないで!」


 ゲートの中で追いつくなり真夏は言ったが、これはむしろ真夏に無茶を強いる作戦だ。


「ごめんなさい、これしか思いつかなかった」


 華実が詫びると真夏は苦笑気味に答えてくる。


「今度なにか奢ってよ」


 やはり彼女も、華実の意図を理解しているようだった。

 セラフが次々にゲートに飛び込んでくるのは向こうの世界に彼らの攻撃目標が存在しないからだ。

 だから彼らの攻撃目標となり得る華実が向こうの世界に渡ることで、その狙いを自分に引きつけるつもりだった。だが、大量のセラフに狙われては、華実ひとりでは一溜まりもない。自分の身を守ってくれる存在が必要不可欠だ。そのために真夏を呼んだのだ。

 真夏が抜けたことで島での戦いは間違いなく厳しくなるが、増援が止まればすぐに押し返せるだろう。

 華実は真夏の手を取って彼女の身体を抱き寄せると、翼を力強く羽ばたかせて一気に加速する。見上げれば遥か頭上にゲートの出口が見える。いや、ゲートの中では上も下もないため前方と言うべきか。

 およそ一年ぶりの里帰りだが、覚えているのは数年前、肉体を捨てる以前のものだ。

 感慨など感じている場合ではなく、故郷に愛着などないはずだったが、それでもなにかが胸の奥でざわついていた。

 だが、どのみち今は戦いに専念するべきだ。闘志を胸に秘めて華実は真夏を抱えたまま白く輝くゲートの出口へと飛び込んでいった。

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