第68話 対決
目的地の廃工場は華実の記憶の中の光景とはかけ離れた佇まいを見せていた。
そのことに切なさを感じないでもないが、今はそれよりも和人のことだ。
金色の刀を抜くと油断なく周囲に気を配りながら敷地を歩き始めると、すぐに新しい足跡が奥の建物に続いているのを見つけた。誘われているのは判りきっているが、和人を人質に取られている以上、進むしかない。
開け放たれた扉をくぐって中に入ると細い通路が奥へ奥へと続いていた。
「意外に広いわね」
壁は高く通路は細いが天井には等間隔に窓があり、そこから差し込む光だけでも物を見るには不自由しない。
この手の場所はもう少し錆や油のニオイがするものだと思っていたが、埃っぽさはあるものの、それほど気になるニオイはない。
やがて突き当たった小さな階段を上って広々とした部屋に出ると、ダリアはそこで堂々と華実を待ち構えていた。
黒いマントに身を包んだその姿は、色こそ違えど丁度華実の映し鏡のようでもある。
華実は迂闊に踏み込もうとせずに周囲や天井、床にも気を配るが罠らしきものは見つからない。
その様子を見てダリアが感心したように言う。
「もう少し直情型だと思っていたが、意外に冷静で用心深いのだな」
華実は鋭い眼光を向けて問いかけた。
「和人はどこ?」
「離れに大きな倉庫があっただろ。そこで眠っている。無傷でな」
意外にもあっさり答えると、ダリアは背負っていた鞘から機械刀を抜いた。
ダリアの言葉を信じて良いのかどうか判断はつかなかったが、この状況では迎え撃つしかない。
華実は刀を正眼に構えて慎重に間合いを詰める。得物はダリアの方が長いはずだったが、昨夜の戦いで切っ先が折れたらしく、今は華実の刀と大差の無い長さになっている。
「驚いたな。隙がない」
感心したようにダリアがつぶやく。今の華実は以前とは違う。真夏の指導によって格段に腕を上げていた。
お互いに攻め込む機会を窺う中で華実が問う。
「どうしてわたしに拘るのか教えてくれないかしら?」
「お前ひとりに拘っていると思うのか?」
「ええ。でなければ人質なんて取らないでしょ」
「人質は方便だが……まあ、確かにな」
うなずいてほくそ笑む。怪訝な顔を見せる華実をからかうようにダリアは告げた。
「嫉妬だよ」
「嫉妬?」
「わたしはあの男が気に入った。しかし、あいつの頭の中にはお前のことしかないのだ」
「な、なにそれ?
華実は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。そこに隙を見出したのだろう。ダリアが疾風のように踏み込んでくる。
だが、考える前に華実の身体は反応していた。刃と刃がぶつかり、火花とともに甲高い金属音を響かせる。
衝撃で互いに後ずさるが、次の瞬間には踏み込んで斬撃を繰り出し合う。
刃が空間を埋め尽くすかのような激しい攻防が続き、華実の一閃がダリアのマントを切り裂いた。たまらず飛び退ったダリアに追い打ちをかけるべく前進しようとした華実だったが、咄嗟のところで踏み留まる。
次の瞬間横殴りに繰り出された機械刀の刃から魔力のカタマリが撃ち出されていた。
ダリアは、はためくマントの陰で、機械刀に魔力を込めていたのだ。
見えたわけではないが直感に従って正解だった。
横に跳んで身をかわしつつ、華実もまた自らの刀身に魔力を流し込むと、間合いの外から雷光を纏った魔力を撃ち出す。
恒覇創幻流において
それをダリアは背中のスラスターを噴かして横にスライドしてかわした。
お互いの魔力が背後の壁に着弾して激しい爆発を巻き起こす。瓦礫と粉塵で視界が塞がれた中、熱感知センサーで華実の姿を捉えていたダリアが斬り込んでくる。
その一撃を勘だけで受け止めると、華実はあえて踏ん張ることなく、そのまま後ろに弾き飛ばされることで、ダリアが空けた大穴から隣の部屋へと転がり出た。
「やる!」
声をあげつつ追跡してくるダリアに華実はもう一度、
その時にはすでにダリアも機械刀に魔力を込めており、咄嗟にそれを撃ち出して雷光を迎撃した。
お互いの魔力がぶつかり合い、今度は先ほどよりも遥かに大きな爆発が生じる。
華実はマントで身をくるむようにして爆発の衝撃からは逃れたが、今度は天井から瓦礫や壊れた配管が降り注ぐ。どこかで油に引火したらしく、さらなる爆発と炎が噴き上がる中、素早く壁をくりぬいて外へと飛び出した。
砂と煙で目が染みて、喉が痛む。たまらず咳き込んでいると、やはり別の壁を突き破ってダリアが飛び出してきた。
華実の姿を確認し、狂気染みた笑みを浮かべる。
「見直したぞ、千木良華実! お前は間違いなく生きようとしている!」
叫ぶと同時に、またもや刃に込めた魔力を撃ち出してきた。
華実は逃げることなく、今度はそれにめがけて猛然とダッシュする。
「なに!?」
自殺行為のような行動に驚くダリアだが、すんでのところで華実は身を低くしてスライディングする。頭上を魔力のカタマリが通り過ぎ、乱れた髪の一部が焦げるが、構うことなく身を起こすと、大技を繰り出したまま硬直していたダリアに鋭い斬撃を浴びせた。
金色の刃が涼しげな金属音を響かせてダリアの左肩を苦もなく切断する。
(狙いが逸れた――!?)
狙ったのは頭だったが、ダリアはスラスターを噴かしてかろうじて致命傷を避けていた。しかも、離れる瞬間痛烈な蹴りを繰り出し、華実の身体はバウンドしそうな勢いで地面を転がった。
息が詰まり、一瞬意識が飛びかける。咲梨特製の魔法のマントがなければ致命傷だったかもしれない。
肋のあたりで引きつるような痛みが走るが、このままここに倒れていては簡単にトドメを刺されてしまう。
脳裏に浮かんだのは真夏の笑顔だ。
(あの娘の痛みにだけはなりたくない!)
意志力を総動員して激痛を無視すると、四肢に力を込めて立ち上がる。痛む肋を押さえようともせず両手で刀を構えると顔をあげて敵の姿を見据えた。
左肩を失ったダリアは、そこからまだ動いていなかった。訝しむ華実だが、よく見れば身体の各部から煙が吹き出している。
「オーバーヒートだ。昨日の戦いで冷却系がやられていたからな」
隠すことなく口にすると、ダリアは身体の各部に残されていたプロテクターをすべて
水着のような黒いインナーのみ残して白い素肌が露わになる。プロポーションまで華実に酷似していた。
ダリアは残った右手で機械刀を大地に突き立て、自分の頭からヘッドギアをむしり取ると、その上であらためて刀を手にする。
そのまま一気に踏み込んでくるかと思ったが、ダリアは華実の顔を見据えながら問いかけてきた。
「お前は何のために戦っている?」
「今さらね」
「そうだな。最初に訊いておくべきだったか」
自嘲するダリアを見て、華実は小さく息を吐いた。
「理由なんて今はもうひとつじゃないわ」
友を得て、仲間を得て、大切なものが一つ増える度に戦う理由も増えていった。
「だけど、始まりは彼女のため」
「彼女?」
「この身体の本当の持ち主、千木良華実よ」
セレナイトに囚われ、死を覚悟しながらも矜持を捨てることのなかった彼女のことを思い出す。
「彼女は正義の味方を信じていたわ。それがいずれセレナイトを倒して、こんな悲劇を終わらせるとね。誰にも届かなかったその声を、彼女の記憶を受け継いだわたしだけが知っていた。だから、彼女に誓ったのよ。必ずそれを見つけ出して彼女の願いを叶えると」
華実が突きつける言葉をダリアは静かに聞いていた。目を伏せて、微かに口元に笑みを浮かべて問いかけてくる。
「それで、見つかったのか?」
その問いかけに華実はハッキリとうなずく。
「ええ。平坦な道ではなかったし、この世界にもおかしな組織があるけれど、それでもわたしはホンモノに巡り会った。彼女がいる限り、わたしの誓いが破られることはない。だからわたしは、ひとりでこんな所に来られたし、安心してあなたなんかの相手をしていられるのよ」
「そうか……」
ダリアは小さく呟くと機械刀を片手で構える。
「ケリだ、千木良華実」
「ええ、これ以上時間をかけていたら、火が和人の方にいきかねない」
炎に包まれた廃工場の前で、よく似たふたりが対峙する。無数の火の粉が舞い、熱風が吹きつける中、先に動いたのは意外にも華実の方だった。
痛みを忘れたかのような速さで肉薄すると、間合いに入る直前で刀を投げつける。魔力によって加速した刃は凄まじい速さでダリアに迫るが、それでも彼女は対応してみせた。
「甘いぞ!」
弾かれた刀が宙を舞う。その隙に華実は背中に手を回して鞘の先端を引き抜く。
「――なに!?」
目を見開くダリアの眼前で、華実が手にした鞘の先から魔力の光が伸びる。金色の刀に隠されたもう一つの刃。魔力の刀だった。
投げつけられた刀を弾くためにすでに刃を振り抜いてしまったダリアには、これを受けるすべも、かわすすべもなかった。
魔力の刃が胸を貫き、ダリアの身体が頽れる。
決着はここについた。
しかし――
「華実ぇぇぇーーーっ!」
悲鳴染みた叫びが燃えさかる工場跡に響いたのは戦いが終わった直後だった。
「和人?」
こちらに向かって駆けてくる和人の姿に目を丸くする華実。彼の後ろには、なぜか幸美までいた。
思わぬところを目撃されて焦るが、和人は華実の横を走り抜けて、地に伏したダリアのもとへと駆け寄る。
「え?」
困惑する華実の前で彼は必死に呼びかけていた。
“華実”――と。
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