第61話 華実の部屋にて
華実の部屋は、本来の華実が使っていたときのまま、ほとんど変わっていない。
オテンバと言うよりもヤンチャと言った方がしっくりくるような女の子だったが、部屋にはヌイグルミがいくつもあってカーテンも花柄で女の子らしかった。
ヌイグルミは和人から誕生日のプレゼントとしてもらったものもあれば、自分で買い集めたものもある。
オシャレには縁の無さそうな彼女だったが、ドアの横には大きな姿見があって、出かけるときには必ず自分の格好をチェックしていた。
「まあ、くつろいでちょうだい。厳密には、わたしの部屋じゃないんだけど」
華実が千里を泊めるべきかどうか迷ったのは、それが理由だ。
それでも一度泊めると決めた以上は、客人としてもてなさなければならない。
まずは窓を開けてこもった部屋の熱気を外へと逃がした。二階にある彼女の部屋は、こんな夏場でも夜は意外に涼しげな風が流れ込んでくる。
もっとも人造人間の千里は日中の暑さでさえ苦にしないようだ。
千里はしばらくの間、室内をきょろきょろと見回していたが、しばらくすると満足したのか、床にちょこんと腰を下ろした。
「大丈夫、この部屋は盗聴されていない」
キリッとした顔で言われたことで思い出す。
「そういえば電話を盗聴されたんだったわ」
やったのはレジナルド達だが、そのせいで彼は命を落とすことになった。皮肉な話ではあるが、同情してやる義理はない。本心からそう思いつつも、実際には少しばかり同情めいた気持ちになっている。
少なくともあの男はマーティンの師匠だったのだ。それもあって、やるせなさを感じているのだが、自分や希枝をモルモットとして拉致しようとした男でもある。同情していることを素直に認めるのは癪だった。
「普通の電化製品を使っている限り、魔術による盗聴は防げない」
階下の電話を調べに行こうとしたところで、千里に告げられて華実は回れ右をしてベッドに腰掛けた。
「どうして急に泊まりたいなんて言いだしたの?」
他に話題も思いつかなかったので、華実はまずそれを確かめることにした。
しかし千里は小首を傾げて不思議そうに華実の顔を覗き込んでくる。
「なんであなたが不思議そうな顔をしてるのよ?」
拳を握り固めて問うと、千里はやや慌てたような顔になる。
華実にも、だんだん解ってきた。この娘は確かに天然ボケ気味だが、わざとボケていることも少なくない。
軽く咳払いなどして居住まいを正すと、今度は真面目に答えてきた。
「真夏は、わたしの前では絶対に弱みを見せないから」
意外にまともな答えに、華実は虚を突かれる気持ちだった。
「たぶん、真夏は今夜くらいはみんなの思い出と過ごしたいと思う」
千里の気づかいは理解できたが、淋しい話だとも思う。
一年に一度の記念日を生者ではなく死者と過ごすというのは。
ただ、死者に生者ほどの価値がないなどとは思いたくない。生きている自分が死んでしまった本物の華実より価値があるとは思えないからだ。
「やっぱり、彼女はちゃんと傷ついているのよね」
当たり前のことを口にしてしまい、羞恥を感じるが、千里はとくに反応しない。
「誰よりも傷ついているのに、どうしてあんなにも他人にやさしくできるのかしら……?」
「あの日の夜……」
どこか遠いところを見るような目で千里は話し始めた。
「わたしのせいで真夏がすべてを失くした夜」
その言葉を聞いて華実はハッとなる。傷ついているのは当然ながら真夏だけではなかった。千里もまた華実以上に、つらい記憶を抱いているのだ。
「真夏は夜道でわたしに言った」
それはまだ華実が知らない、ふたりの思い出話だった。
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