第51話 疑問
「考え事なんてめずらしいわね」
テーブル越しにかけられた声に北斗は顔を上げた。
ちょうど千木良華実が庭で一心不乱に素振りを続けている時刻だ。
星見家の居間に置かれたソファーに身を沈めていた彼は、目の前のテーブルにアイスコーヒーが置かれていることに今さらながらに気がついた。
室内はエアコンが効いて快適だったが、窓の外には眩いほどの陽射しが降り注ぎ、閉め切った室内にまでセミの声が響いてくる。
対面のソファには淡い金の髪を持つ清楚な美女が腰掛け、桜色の瞳で静かに北斗を見つめてきている。円卓から危険視されるほどの力を持った稀代の魔女にして地球防衛部の部長、星見咲梨だ。
風変わりな性格をしていて、度々突拍子のないことを言い出すため誤解されがちだが、実際には想像以上に理知的な娘だ。
円卓に所属する北斗にとっては監視対象でもあるが、それ以上に腐れ縁の友人にして戦友だった。
北斗はコップを手にとってストローに口をつけると、ゆっくり喉を潤わす。安物のコーヒー粉を使っているはずだが、彼女が入れてくれるコーヒーは、いつも不思議と美味だった。
コップをテーブルに戻すと、北斗は小さく息を吐いてから、ようやく言葉を返す。
「めずらしいと言われるのは心外ですね。これでも悩み多き年頃だというのに」
普段どおりに冗談めかしてみせたが、咲梨はそれに付き合うことなく穏やかに話しかけてくる。
「華実ちゃんに言ったことを気にしているの?」
北斗は苦笑いを浮かべると肩をすくめつつ認めた。
「すっかりお見通しですか」
「間違ったことは言ってないと思うし、実際、効果はあったみたいよ」
言いながら咲梨は窓の外へと視線を向けた。そこには華実がいるはずだが、北斗の席からは死角になっている。
「正直、わたしも心配してたけど、今の彼女には以前のような儚さは感じない。ああやって剣を振っている姿からも生き抜こうとする意思を感じるわ」
「そうですか……怪我の功名ですね」
「べつに卑下することは無いと思うのだけど」
咲梨の言葉は有り難かったが、それでも北斗はやましい気持ちをぬぐえない。
「僕の言い様は身勝手なものでした。真夏お嬢さんと比較してどうこうという話ではなく、華実さんが背負ったもの自体、僕ごときが推し量れるようなものではないというのに、あんな一方的な言い方をしてしまった」
「なにも判ってないくせに――というやつかしら?」
「そうですね。あなたなんかになにが分かるのよ――とでも言われれば僕はなにも言い返せなかったでしょう」
「真面目ね、御角くんは」
咲梨の口調はからかうようなものではなく、やさしい響きを持っていた。
「でも、人と人との関わり方なんてそれでいいのよ。なにも分かってないと口にするその当人にだって、本当はきっと自分のことすら理解できていない。そんなものは考えることを面倒くさがっている弱虫の逃げ口上で、華実ちゃんはそんな弱い人間ではなかった」
瞳を覗き込むように見つめながら咲梨は言葉を続ける。
「華実ちゃんは、あなたの言葉を自分の中で、きっと何度も何度も反芻して、その上で受け止めることに決めたのよ。だから、御角くんが気に病む必要はない。御角くんの言葉が、もし間違ったものなら、賢いあの娘は拒絶していたはずだから」
見つめ返す北斗の前で、咲梨は照れた様子もなく言い終えると自分のコップを手にとってアイスコーヒーを啜った。
(本当に、この人には勝てないな)
北斗は静かに認めた。こうして真面目な話をする度に思い知らされる。真夏にしてもそうだが、どうやら自分は聡明な女性が苦手らしい。そんな気持ちが込み上げてくる。
「お礼を言っておきます。お陰で幾分気持ちが楽になりました」
丁寧に告げると、ようやく咲梨はいつもどおりの少しおどけたような笑みを浮かべた。
「礼なんていいわよ。水くさいわ、友達同士でそういうのって」
「友達ですか。友人と思ってもらえていたとは意外ですね」
北斗が監視役だということは咲梨も知っていることだ。
「それこそ心外な言葉よ」
「すみません」
素直にあやまってから、北斗はもう一度ストローに口をつける。そのまま一息に飲み干すと懐から携帯端末を取り出して話題を変えた。
「魔法や魔術による異世界への転移ですが、僕が調べた範囲では未だ成功例は確認されていません。ただ、アーサーが代替わりする少し前に、危険人物として円卓に抹殺されたキーア・ハールスなる魔法使いが、それにあと少しのところまで手を伸ばしていたとのことです」
「危険人物ねぇ……」
顔をしかめる咲梨だが、それも無理のないことだ。彼女もまた同じように抹殺対象として円卓から命を狙われたことがあるのだから。
「キーア・ハールスは研究成果を遺していたようなのですが、それらはすべて彼女の征伐を担当した騎士によって破棄されました」
「そっか……。やっぱり、実際にこの目でゲートを見て分析するしかなさそうね」
神隠しを止めるためには敵の拠点となっている異世界の月面都市に乗り込むしかない。
乗り込むだけならば敵のゲートが利用できる可能性もあるが、もちろん一方通行では意味がない。乗り込み、目的を果たし、生きて必ず帰ってくる。それは咲梨にとっても北斗にとっても大前提だ。
「それにしても、おかしな事件ですね」
「そうね、疑問が多すぎるわ」
「はい、秋塚さんの話では世界の最先端を独走していた国家でさえ、異世界への転移技術は未完成のものでした。実際、一年前の事件で使われたものも片道切符で、しかも転移には普通の人間は耐えられなかったはずです」
「それなのにセレナイトは、こちらの若者を拉致しては、またこちらに送り届けてくるものね」
腕を組んで首を傾げる咲梨。
「それに神隠しが起きる場所が、この町に限定されているのも気になります」
「システム的に同じ場所にしか送り届けられないって可能性は?」
「考えられなくはありませんが、一年前の事件は、ここから遠い場所で起きました。もちろん発着地点のズレかもしれませんが、どうにも気になります」
北斗の意見に咲梨は小さく唸ると、溜息とともにつぶやく。
「敵を捕まえて話でも訊ければね」
「あのダリアですか?」
それは
「この世界の技術力ではメモリーの解析は難しいでしょうし、機械には拷問も無意味でしょう」
円卓は一年前の事件でも
「なにより気になるのは、神隠しの出現を、どうして華実さんだけが察知できるのかです」
異界からの門が開くとき、華実はその予兆を感じ取ることができる。能力者としては
「それは単純にゲートを一度抜けた経験があるからじゃないかしら?」
「その経験ならば秋塚さんにもあります。もちろん能力の差異や、ゲートの仕組みが違うからと考えられなくはありませんが、どこか引っかかる」
「そうねぇ……」
咲梨は顎に指を一本添えるようにして考え込む仕草をしたが、すぐにあきらめたように頭を振った。
「ダメね。ここで考えたところで答えなんて出そうにないし、やっぱり敵が来るのを待つしかないわ」
「ええ。幸い真夏お嬢さんが味方になってくれたことで戦いには不安がなくなりました。今は大人しく敵の出方を待つとしましょう」
同意して、北斗は肩を竦めた。
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