第48話 盟主の誓約
円卓十二騎士のひとり、マーティン・ペンフォードは片腕を切り飛ばされ、血溜まりに伏したまま、それを為し遂げた血塗れの少女を見上げていた。
彼女の名は少女坂真夏。東条家の次期当主にして恒覇創幻流免許皆伝の剣士。全身を染め上げる緋色は、すべてが敵となった者の返り血で、真夏自身には髪の毛一筋ほどの傷もついていない。
背後には彼女とは対照的に全身に血の滲んだ包帯を巻かれた少女が座り込んでいるが、それこそが円卓の回収目標となっている人造人間ナインだ。
円卓は今でさえ、表社会を超越した科学技術を秘匿しているが、異世界の超科学技術の結晶である彼女を連行してラボで解析すれば、その力は飛躍的に増すように思われた。
だが、真夏はそれを赦さず、円卓の前に立ちはだかった。
当然だ。
人造人間ナインは、異世界から同行してきた仲間たちを裏切って、この世界を守ってくれたのだから。
マーティンにも、その正しさはもちろん理解できる。
だが円卓は事実上、この世界を支配する巨大な機構であり、回収命令を下したのは、その頂点に君臨する盟主アーサーだ。それに背くというのは世界を敵に回すことに等しい。
さらに言えば円卓は世界を支配するとは言っても、私腹を肥やす悪の組織などではない。その力によって超常的な脅威から日夜人類の営みを守り続ける真っ当な存在だ。つまり、異世界の技術を手に入れて、その力を増すことは人類にとって有益なことのはずだった。
(その事実を自分への言い訳にして、私は使命を受け入れたが、あの娘は……)
マーティンは初め、真夏が自分たちに敵対した理由を子供染みた正義感によるものだと決めつけていた。
だが、そうではない。
真夏はそういった諸々の事を、すべてを理解した上で判断を下したのだ。
ゆえに彼女は絶対に退くことがない。
たとえ世界すべてを敵に回しても、平然とナインのために戦うだろう。
(そして、おそらくは――)
マーティンには、その結果が見えた気がした。
すべてが死に絶えた屍山血河の世界に佇む、真夏の姿が。
狼狽しつつも、未だに真夏の前方に展開している円卓の騎士達は、ついに意を決したように武器を構え直した。
(バカな……)
円卓最強――いや、世界最強を謳われる十二騎士が三人がかりで倒せなかった相手に彼らが敵し得るはずはない。
踏み込めば次の瞬間、真夏によってバラバラにされるだろう。
マーティン達は数が少なかったがゆえに手加減されたが、あの数から確実にナインを守るためには殺す以外にないからだ。
あの少女は必要とあれば敵を殺すことを躊躇いはしない。
敵の人造人間をすべて斬り刻んだことからも、それは明らかだった。
なんとか彼らを止めようと四肢に力を込めるが、霊質を揺らされた身体は未だ満足に動かない。
すぐ近くで真夏の声が響いた。
「わたしは悪夢よ。今宵、お前たちが見る至高の悪夢」
おそらくそれは騎士達への死刑宣告だ。
焦るマーティンだったが、そこに新たな声が響き渡った。
「これは何事だ」
それは高圧的ではなく、むしろ落ち着いた声音だったが、込められた威厳が、騎士達に落ち着きを取り戻させた。
マーティンはもちろん、騎士達もまた声の持ち主のことをよく知っている。彼らは素早く整列すると、現れた声の主のために道を空けた。
そこを通ってゆっくりと歩いてくるのは英国紳士を思わせるスーツ姿の男だ。
見た目は一流企業の社長か何かのようだが、彼こそが円卓十二騎士のひとりにして、その頂点に君臨する男。代々伝説の王の名をを受け継ぐ、盟主アーサーその人だった。
彼は騎士達に顔を向けて問い質す。
「答えよ。なぜ味方同士で争っているのか?」
やはり声音は落ち着いているが、騎士達は冷や汗を浮かべながらお互いに顔を見合わせた。急な事態に寄せ集めで編成された部隊で、しかも十二騎士が倒されたことにより、指揮系統がはっきりしていないのだ。
だからというわけではないだろうが、代わりに真夏が答える。
「あなたが、この世界の恩人をモルモットにしようとしているからよ」
突きつけられた言葉にアーサーが鋭い眼光を向ける。だが真夏はそれを平然と受け止めてまったく動じることはない。
マーティンは焦る。アーサーは帯剣していないが、たとえ剣を持っていても真夏に勝てるとは思えない。たとえ彼の実力が十二騎士の頂点に立つものだったとしてもだ。
だが、アーサーは柔和な笑みを浮かべると、真夏に向かって軽く一礼してみせた。
「これは気づくのが遅れて失礼した。真夏姫。ご無事で何よりだ」
言われた方は、にこりともしなかったが、アーサーには気分を害した様子はない。そのまま視線をナインに向けると、納得したようにうなずく。
「なるほど、彼女がこの世界の救い主か」
「そうよ。お前たち、自らの利益のために彼女を傷つけるというのなら、わたしは
マーティンにはそれがとてつもなく怖ろしい宣告に思えた。真夏が人類という言葉を口にしたからだ。それはまるで神が人類を試すかのごとき言葉にも聞こえるが、もちろん真夏が神だなどとはマーティンも思ってはいない。
それでも常識的に考えて、人間がひとりで世界を敵に回して戦い抜けるはずがない。もしそんな事態が起こり得れば、それこそ悪夢だ。
(悪夢――か)
マーティンには、それが実際に真夏のことに思える。
敵対する者にとっての至高の悪夢。
可能か不可能か。あり得ることかあり得ないことか。そんなことを考えても意味はない。
誰も抗えないからこそ、それは悪夢なのだ。
なにもできずに見守るマーティンの前で、アーサーは穏やかに真夏に答える。
「どうやら、私の指示が不十分だったために、いらぬ混乱を招いてしまったようだ」
騎士達に向き直ると、アーサーは武器を仕舞うように告げた。怪訝な顔をしつつも騎士達は素直に従う。それを確認すると、アーサーはあらためて真夏に向き直った。
「私が回収を命じたのは敵対する人造人間の方だ。いくら私でも、世界を救ってくれた恩人に非道を働こうとは思わん」
アーサーの言葉を真夏は眉一つ動かすことなく聞いている。刀は左手に持ったまま構えることなく提げているが、それは恒覇創幻流では自然体で、いつでも変幻自在に斬りかかれる体勢でもある。
「迷惑をかけた詫びと、恩人の少女を守ってくれた礼として、盟主の名に懸けて誓おう。今後、我々円卓とそれに賛同する全組織は、君と君の身内に危害を加えないと」
これには、さすがにマーティンは驚いた。盟主の誓約は絶対の強制力を持つものだ。反する行いをした者は、それだけで死罪が適用される。
それを聞いてもなお、真夏はしばらくの間無言だったが、やがて興味を失くしたかのようにアーサーに背を向けるとナインのもとに歩み寄る。その場に投げ捨ててあったた自分の鞘を拾うと、刀を収めてからナインの身体をそっと抱きしめた。
その間にアーサーは負傷者――もちろんマーティン達だ――のために医療班を呼ぶと、あらためて屋敷の惨状を見回しつつ、真夏達の側へと歩み寄る。
「言いたいことは色々あるだろうが、これで手打ちにしてくれると助かる」
とくに周囲の目を憚ることもなく本音らしき言葉を口にすると、愁いに満ちた眼差しを向ける。
「正直、なんと言えば良いのか、上手く言葉が選べん。まさかこれほどの惨事になろうとは」
真夏は言葉を返すことなく、そっとナインの髪を撫で続けている。
不思議なことに毛先まで血に染まっていたはずの髪は、いつの間にか本来の艶のある黒さを取り戻しており、手の平にも血のりはついていなかった。
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