第47話 錯乱
夜の闇をひたすら走り抜けていく。山間を縫うように続く道は真新しいアスファルトで舗装されていたが、街灯の類いは設置されていない。本来ならば開通と同時に完備される予定だったが、工事業者の手違いで設置が滞っていた。
そのため、雲が月を隠してしまえば辺りは完全な闇に覆われてしまうが、これまでレーミアは闇を怖れたことなどなかった。
人造人間である彼女には当然のように暗視能力が備わっていて、闇の中でもものを見るのに苦労はないからだ。
しかし、彼女は今なによりもその闇を怖れていた。
立ち止まってふり返ろうとも、そこにはなにもないことを頭では理解している。
それでもレーミアは止まることも、スピードを落とすこともできずに、ただひたすら逃げ続けた。
彼女の背後にあるのは変哲もない夜の闇だ。山間には虫の声が響き、どこからかウシガエルの声が聞こえてくる。実に平和な夏の夜だった。
それでもレーミアには、そこに緋い悪夢が潜み、自分の背中を見て嘲笑っている気がして生らなかった。
あれはいったいなんなのか……。
セフィロトに命じられたとおり、小高い山の上に残っていたレーミアは、特殊能力によって仲間たちの様子を常に把握していた。
彼らが凄惨な殺戮を行い、完全な勝利を手にしたあと、その悪夢は忽然と現れた。
最初は屋敷にいた他の人間達と同じで、ただの生き残りだと思ったが、そいつが刀を抜いた瞬間、すべてが一変した。
それまで狩人を気取っていた仲間が狩られる側になり、緋い悪夢は手にした刃で容赦なく彼らを断罪していった。
最終的にセフィロトがヴォーテックスを使ったため、周辺のアイテールが寸断されて特殊能力による観測は困難となったが、追い詰められた彼が自害したのは確認できた。
生き残ったのはそいつと裏切り者のナインだけだ。
その時、茫然とその結果を見つめるレーミアに、そいつは顔を向けた。
実際にレーミアがいるのはそこではなく、能力によって感覚を飛ばしているだけだというのに、そいつと目が合ったのをレーミアはハッキリと感じた。
(殺される――!)
思った瞬間、レーミアは駈け出していた。
見えないなにかが追いかけてくるような恐怖に、ほとんど錯乱して走り続けている。
生存本能がひたすら「逃げろ逃げろ」と身体を突き動かしていた。
しかし、逃げるといってもどこに逃げれば良いのだろうか。ここにはレーミアが仕えるべき国家も所属する軍隊も存在しない。そもそも、いかな人造人間でも飲まず食わずで、いつまでも動けるものではない。
だからといって略奪など行えば、すぐにアレに見つけられてしまうだろう。
もはや八方塞がりで生き延びる目などないように思えた。
それでも足を止められない。恐怖に取り憑かれた心は止まることを考えられない。すでに限界を越えて肺も心臓も悲鳴をあげている。それでもレーミアは走り続けた。
偵察用の量産型とはいえ、人造人間の快足はダテではなく、車道を時速数百キロという速さで駆け抜けていく。
その視線の先に不意に光が灯るのが見えた。山を巻くように延びる道の先、ちょうど死角になった小高い崖の向こうから車輌が接近していたのだ。
普通なら見落とすはずもなかったが、恐怖で我を忘れていたレーミアは気づくのに遅れ、身をかわすことさえ間に合わなかった。
けたたましいブレーキ音が響き、衝撃が全身に伝わってくる。
身体が宙に舞い、そのまま地面に叩きつけられて頭に強い衝撃を受けた。
ヘルメットを被っておけば良かった。ぼんやりと考えながら瞼を閉じる。
呆気ない幕切れだったが、あの女に殺されるよりはよほどいい。
そんなことを思いながらレーミアは意識を手放した。
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