第45話 赤く染まった世界
結界の中に外の情報が入ってくることはない。
ナインはただ不安な気持ちで、みんなの帰りを待ち続けていた。
目の前では真夏が静かな寝息を立てている。涼香の話では朝までは目を覚まさないはずだったが、突然目を開けると、頭をふらつかせながら身を起こした。
片手で頭を抱えるようにしながら、驚くナインに向かって訊ねてくる。
「涼香は? みんなはどこ?」
「彼女達は、みんなで時間を稼ぐって……」
答えを聞いて真夏の表情が凍りついた。慌てて飛び起きると壁に立てかけてあった刀を手に取る。
「待って……」
その意図を察して、ナインもなんとか起き上がった。身体の痛みはほぼ消えていたが、どうにも力が入らない。
真夏は答える余裕もないらしく、ナインに背を向けて部屋の扉に向き直ると、左手を柄に添えて飾り気のない漆黒の鞘から刀身を引き抜いた。そのままの居合いの要領で扉を斬り裂くと、扉とともに目に見えないなにかが斬り裂かれて眩い光を生じさせる。
おそらくは結界の類いが張られていたのだろう。
真夏はそのまま廊下に飛び出して暗い通路を走り抜けていく。途中、幾重にも結界が張られていたが、そのことごとくを斬り裂きながら曲がりくねった階段を駆け上っていく。
慌てて後を追いかけたナインだったが、足下に力が入らず、あっという間に振り切られてしまう。それでも結局は一本道だったため、外へと続く出口付近で真夏の背中が見えた。
そこでナインはようやく異変に気づく。
まず真夏が立ち尽くしていたことに疑問を感じたが、次に気づいたのは屋敷の静けさだった。
いや、それ以前にまとわりついてくるこの濃厚な気配はなんなのか……。
そして、鼻を突くこの異臭は……。
ナインは言いしれぬ不安を感じながら、真夏の立っている場所まで足を進める。
彼女の横に並んだ時、ナインの目に飛び込んできたのは一面の赤だった。
茫然と辺りを見回せば、屋敷の壁は崩れ、床には大きな穴がいくつも空いている。
そして、そのすべてが――なにもかもが赤く染まっていた。
(えーと……なんだろう、これ?)
ぼんやりと考えてしまったのは、それが血の色であることを理解できなかったわけではない。理解することを精神が拒絶したからだ。
それでも、ゆっくりと視線を動かせば、そこかしこに人間の身体の一部とおぼしき物が転がっていることに気づいてしまう。
引きつった顔で、ようやく現実を知覚すると、息がつまって意識が遠ざかりかけた。
それを現実に繋ぎ止めたのは誰かの嗤い声だ。
聞き覚えのあるその声を辿って視線を巡らせれば、崩れ去った屋敷を取り巻くように赤い装甲服を着た連中がたむろしている。そいつらは下卑た笑みをナインに向けて口を開いた。
「へへ、遅かったな、ナインよ」
「かわいそうに、お前のせいでみんな死んじまったぞ」
「まあ、準備運動にはなったけどね」
どいつもこいつも見覚えのある顔ぶれだった。認めたくはないが否定のしようもない。
言葉を返す余裕もなくナインは膝を突いた。後から後から涙が溢れ出し止められなかった。
そこにある骸は間違いなくナインを助けてくれた人たちの――この屋敷の住人達のものだ。
「おいおい、
ソーンが不満げに言うと、続けて別の男が吐き捨てるように言う。
「まあいいさ、じゅうぶん楽しめたし、後はお前らをバラして終わりにしてやる」
「おいっ、抜け駆け――」
ソーンの制止の声を無視して飛び出した男がナインの首を狙う。
だが、ナインにはもうそれを避ける気力はない。溢れる涙を止められず、目の前に迫った死にすら意識を向けられない。心が壊れてしまったかのようだった。
人造人間が喜々として振り下ろした機械刀がナインの首に触れる――その直前、そいつの身体は機械刀もろとも粉微塵に斬り刻まれて血飛沫を撒き散らしながら四散した。
目の前で起きた異常事態を彼らが認識する前に、神速の踏み込みで接近した人影が、さらに三人の人造人間を同じように斬り刻む。
慌ててその場から飛び退いた他の人造人間達を、刀を手にした少女坂真夏が冷たく見据えていた。
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