第44話 夜襲
純和風の庭園で東条家の若者達は敵の襲撃を待ち受けていた。
恒覇創幻流は一般的には剣の流派として知られているが、実際には怪異と戦うための戦闘技術を伝導することを目的としており、手にする武器に制限などない。
刀を扱う者もいれば、斧や槍、涼香のように素手の者や弓を持つ者もいた。
身につけているのは道着や袴ではなく、近代的な戦闘服だ。魔術で強化された繊維は、マグナム弾の直撃すらはじき返し、鋭い刃物も通さない。
現在、円卓の十二騎士が、ここに向かっていることは全員が知っている。
彼らが来てくれれば勝利は疑いがない。それは全員の共通認識だったが、おそらくその前に敵は仕掛けてくるだろう。
異界から現れた未知の力を持つ集団が、ここに目をつけていることは、すでに判っている。敵にレーミアが居るように、彼らには魔術の力があるからだ。
屋敷の周囲にはトラップとなる術式が張り巡らされ、同時に強力な人払いの結界も張り終えていた。もちろん後者は一般人に対する備えだ。たとえここで轟音が轟き、大きな花火が上がろうとも、よほど意志の強い者か魔力に精通した者でなければ、この屋敷には近づかないはずだ。
とはいえ、ここを狙う人造人間への効果は望めない。彼らもまた魔力を扱うことはダスティとの交戦で真夏が確信済みだ。
全体の指揮を執る夏歩には
そのため夏歩は、人造人間を自らの力の及ばぬ相手と過大に評価して、次期当主である愛娘を戦いから外してしまった。
しかもこの時、ナインもまた真夏の力を基準に、この世界の人々の戦闘力を過大評価している。
まるで悪意のある運命に弄ばれているかのような不幸なすれ違いが起きていた。
「来るぞ」
最初に気づいたのは夏歩の夫――つまり、真夏の父親である鷲士だった。今は凜とした表情で刀を手にしているが、本来は穏やかな気性の男だ。メガネをかけて黒いスーツを愛用しているせいでサラリーマンみたいだと、よく仲間内からからかわれていた。
だが、その実力は誰もが認めるもので、宗家である義理の父には及ばぬものの、夏歩に次ぐ実力の持ち主だ。
その彼の言葉通り屋敷の周りで、次々に火の手が上がる。仕掛けてあった術式が侵入者に反応して破壊の炎を吹き上げているのだ。
だが、それを抜けて敵は壁を飛び越えてきた。
弓使いが矢を放ち、遠距離攻撃を可能とする
「ロボットか!」
仲間の誰かが声を上げる。
見回せば火の手はあらゆる方向から上がっていた。どうやら敵の
だが、この屋敷はただの訓練場ではない。非常時には城塞として機能するように造られている。すべての壁は魔術で強化されていて、
必然的に敵は塀を跳び越えて侵入してくるが、遠距離攻撃を得意とする者から見れば、それは格好の的だった。彼らが先手を打って仕掛け、それを突破した敵は近接攻撃を得意とする者たちが迎撃する。
鷲士の刀が敵を斬り裂き、夏歩の長刀が敵を薙ぎ、涼香の拳が敵を撃ち砕く。
もちろん勇戦しているのは彼らだけではない。その中には涼香の友人達にして真夏のお気に入りの少女が幾人も含まれている。
彼女達はもちろんのこと、ここに居る全員にとって真夏は特別な存在だ。
それは東条家の次期当主だからという理由ばかりではない。ここにいる人々は純粋に真夏のことが好きなのだ。あのやさしい笑顔を守るためならば命を捨てても惜しくはない。誰もがそう思っていた。
さらには世界を守ってくれたナインへの恩義もある。それもまた命を懸けるに値するものだ。
それほどまでに強い想いで戦う彼らに、心を持たない人形などが敵し得るはずはなかった。
百機近い
「ハハハハッ! 面白くなってきたぜ!」
「いよいよ俺たちの出番だな、セフィロト!」
好戦的な顔をした仲間たちの前でセフィロトは憮然とした表情を浮かべていた。
なぜこうも事態が望まぬ方に推移するのか。さすがにこれではもう、仲間たちを抑えることはできない。
だが、敵の戦力は想定以上だ。まともにぶつかるのはリスクが大きすぎる。
「レーミアの観測によれば、この世界の人間は魔法か、それに近しい力を使うようだ」
指揮官らしく皆の前に立ってセフィロトは宣言する。
「まずは俺がヴォーテックスを使う」
それはセフィロトに与えられた特殊能力で、彼を最強たらしめている要因の一つ。空間に満ちたアイテールをズタズタにする虚無の嵐を引き起こす力だった。
「奴らの力が魔法であれ超能力であれ、アイテールを媒体としていることは間違いないはずだ。連中が力を使えない間に物理攻撃を以て屋敷を制圧しろ」
確実を期したこの作戦にソーンは不満げだったが、大方の者は納得したらしく、ソーンも不承不承といった調子で受け入れた。
「まあ、直接斬り刻むってのも悪くはないよな」
相変わらず悪趣味なことを口にすると、腰から小型の機械刀を抜いて残忍な笑みを浮かべる。
「出撃だ」
セフィロトの号令はどこか疲れた響きがあったが、それに応える人造人間達の声は高らかだった。
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