第43話 美しい月

 レーミアの能力は自分はその場に留まったままで、感覚だけを飛ばすというものだ。

 イメージとしては幽体離脱に近い。遮蔽物をすり抜けることはできないが、わずかでも隙間があれば、そこから感覚を潜り込ませることが可能となる。

 同時に複数の場所を探ることはできず、広範囲の情報を一度に得ることはできない。

 それでも探査速度は速く、一キロ先を調べるのに一秒とかからず、情報伝達にタイムラグも存在しなかった。

 今回もナインを見つけ出すのに五分とかからず、山の麓に建てられた大きな屋敷の地下にその姿を確認することができた。その旨を報告すると、仲間たちが快哉を叫ぶ。


「ただし、そこには武装した人間達が三十人余り。会話の内容からして我々の襲撃を待ち構えているようです」


 念のために付け足したが、その情報も仲間たちを喜ばせただけだ。


「ハハッ、そいつはいい」


 ソーンが愉しげな声を発すると他の仲間たちも揃って残忍な笑みを浮かべる。どうにも狩人の気分になっているようだ。


「言語が共通しているのか……?」


 セフィロトだけは冷静だったが、他の連中は気楽なものだ。


「驚くことはねえだろ? その可能性は示唆されてたんだ」

「類似世界だっけ? 歴史まで似通った世界があたりまえにあるんだよな」

「けど二十世紀じゃ話になんねーよ」


 軽口を叩く者たちにセフィロトは油断するなと忠告するが、彼らはうなずきながらも理解している様子はない。


「とにかく、まずは機械人形マシンドールを使って敵の戦力を測る!」


 セフィロトが声を張り上げると方々で不満の声が上がる。機械人形マシンドールに獲物を奪られてはかなわないと言いたげだった。


「いいじゃねえか」


 そう言ったのは意外にもソーンだった。


機械人形マシンドールふぜいにやられるような相手なら、そもそも俺たちが相手をするまでもねえ」

「……それもそうか」


 巨漢の男ダームが同意すると、他の面々も渋々うなずきを返す。

 結果的にはセフィロトの意思が通ったわけだが、彼はあまり嬉しそうには見えなかった。

 そもそも彼は戦いたいとさえ思っていないのではないだろうか。ジッと見つめているとセフィロトと目が合い、レーミアは慌てて逸らした。


(マズイ……今のは感情的すぎた)


 すぐに失策を悟る。気づかれた途端に慌てて視線を逸らすなど感情のない量産型の振る舞いではない。

 だが、幸いセフィロトに気づいた様子はなく、彼は宣言通り機械人形マシンドールの出撃準備を始める。

 レーミアは内心で胸を撫で下ろすと、さりげなくその場を離れた。

 ひとりになって夜空を見上げる。白い月がほんのりとした輝きを放っていた。

 こうしていると奇妙な気持ちになるが、その感傷の正体が今のレーミアには分からない。

 決死隊としてこの世界に送られることが決まったとき、レーミアは死を覚悟したが、ナインの暴走によって途切れたはずの未来がひとまず繋がった。

 だが、それが喜ばしいことなのかどうかも分からない。

 正義も悪も言葉以上には理解できておらず、心の中に渦巻く感情に名前をつけられないまま、レーミアはただ立ち尽くしていた。


「迷子のような顔をしているな」


 ふいに声をかけられて慌ててそちらに向き直る。

 セフィロトが見たこともない顔をして、そこに立っていた。

 いつも毅然として隙を見せない彼が、このときばかりは微笑んでいたのだ。


「意外そうな顔をしているな」


 指摘されて、レーミアは慌てて表情を消したが、彼はやさしい声で話しかけてきた。


「今さら誤魔化す必要はない。我々はもはや国家の鎖からは解き放たれているのだ。望む望まざるに関係なくだがな」


 苦笑しつつ歩み寄ると、セフィロトはレーミアの隣に並んで月を見上げた。


「美しいな」

「美しい?」

「ああ、そう感じるのが普通の光景だ」

「美しい……」


 反芻してレーミアはあらためてそれを見上げた。


「俺たちの世界とは雲泥の差だ。この美しいものを犠牲にして、あの汚れきった世界を救う。それが俺たちの使命だったわけだが言う。

「あなたはナインが憎くないの?」


 迷った末にレーミアが問うと、セフィロトはあっさり認めた。


「ああ、彼女の心情は理解できる。だが、仲間のために彼女には死んでもらわねばならん。他に彼らの憤りを抑える方法がないからな」


 明らかに気が進まないようだったが、どのような言葉をかければいいのかレーミアには分からない。慰めも励ましも口にできずに、ただ立ち尽くすだけだ。


「レーミア、お前はここに残れ」


 いつもの表情に戻ってセフィロトが告げてくる。


「ここに潜み、敵の増援に備えろ」

「増援……」

「ナインを回収したのが、この世界の武装勢力ならば、当然彼女の口から我々の戦力を聞き出したはずだ。ならば、辺境の戦力だけで対処しようとするなど考え難い」


 つまり、ここに残って四方から接近する部隊がないか確かめろということだ。


「了解」


 レーミアが答えると、セフィロトはうなずいて踵を返す。そのまま振り向くことなく付け足した。


「もし我々が敗れるようなことがあれば迷わず逃げろ」

「セフィロト……?」

「万が一の話だ」


 それだけ言って彼は仲間たちのところに戻っていった。

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