第42話 間違っていなかった
記憶に残っているのはダスティが斬り裂かれたところまでだ。
それを見届けた後、どうやら意識を失っていたらしく、気がつけば、見知らぬ場所で不思議な力による治療を受けていた。
ヒーリング能力自体は人造人間の中にも使える者がいたが、なにかが決定的に違っているように思える。
力を使っているのはマリンブルーの髪を持つ、十代そこそこの少女だ。
ナインの身体中の傷に一つ一つ手をかざしては念を込めるようにしながら癒やしの力を送り込んでくる。
傍らにはナインを助けた少女が正座で座っていて、明るい笑みを浮かべていた。
「やっぱり涼香の癒やしの術はひと味違うわね」
涼香と呼ばれた少女は、やや拗ねたように相手を睨みつける。
「ひとりで危ないことをしないでって何度言ったら解るのよ?」
「今回は仕方がなかったのよ、いろいろ急だったから」
「確かにそれでこの娘を助けられたのは良かったけど、結果論だからね、それって」
「はーい」
あまり真剣味のない返事をする刀の少女。その横顔をぼんやり見つめていると、涼香がそれに気づいて友人の名を呼んだ。
「真夏。意識が戻ったみたいよ」
「あら」
刀の少女――真夏は嬉しそうにナインの顔を覗き込んだ。
「良かったわ。涼香が危ないって言うから心配しちゃったけど、もう大丈夫ね」
「本当にかなり危なかったのよ。できる限り治したけど、ほとんど死にかけていたんだから当分は安静にしなくちゃダメよ」
涼香の言葉でナインは自分が置かれている状況を思い出した。大慌てで飛び起きようとするが、すかさず涼香に抑え込まれる。
「こらっ、わたしの話を聞いてた?」
構わずナインは必死な形相で訴えかけた。
「ダメ、逃げて! 仲間がわたしを捜してる! わたしと一緒に居たら、みんな殺される!」
「大丈夫よ、円卓本部が十二騎士を派遣してくれるから」
「円卓……?」
「もの凄ーく強い人たち。それぞれが世界最強って言われるほどの戦闘のプロ達よ」
涼香がどこか得意げに説明する隣で真夏が適当な調子で言う。
「そんなに強かったかしら? あの人達」
「知らないけど、そういうふれ込みっていうか……この場は、この娘を安心させるためにも同意すべきところでしょ」
「そ、そうだったわね」
誤魔化すように頭をかいてから、真夏は居住まいを正して千里に向き直った。
「どちらにせよ大丈夫よ。悪い人たちが何人来ようが、わたしがみんな叩き斬ってあげるから」
確かに垣間見た真夏の戦闘力は凄まじいものだった。一線級の人造人間にじゅうぶん通用しそうだ。だが、人造人間の怖ろしいところは多種多様な能力を持つところにある。それがいっせいに襲いかかってくればナインでさえ裁ききる自信はない。
「あれはまだ弱い部類だし、戦闘用の機械兵士が百体近くと、三十人の兵士がいるんだよ」
「大盤振る舞いね」
真夏は呆れたようにつぶやく。
緊張感のカケラもない想い人の姿を見て涼香は深々と溜息を吐いた。
だがそこではとくに何も言わず、鞄を開けてフタとストロー付きのコップを取り出す。
一度フタを開けてから水を注ぐとナインの口に含ませた。軽く啜ると長時間水分を取っていなかったことを身体が思い出したらしく、急に喉の渇きを覚える。
「慌てないで、ゆっくり飲んで」
涼香の言葉に目でうなずくと、言われたとおりゆっくりと水分を補給した。
飲み終えて、ようやく一息吐くと、それを待っていたように涼香が名乗る。
「わたしは
言われて順番にふたりの顔を眺めてから、ナインも自らの名を継げた。
「……XPS-09G。人造人間ナイン」
人造人間という言葉を聞いて涼香はわずかに息を呑んだようだが、過剰に反応することはなく、疑念の眼差しすら向けてこなかった。
「ナインね。それじゃあ、ひとまずあなたの事情を話してくれるかしら?」
「それは……」
ナインが逡巡したのは事情を隠したかったわけではない。できることなら今すぐ逃げて欲しかったからだ。しかし、それを納得させるためにも、まずは説明するしかないようだ。なるべく手短に、自分達がここに来た経緯から順を追って説明していく。
しかし、自分で語りながらも、こんな途方もない話を相手が信じてくれるとはナイン自身にも思えなかった。
ところが、真夏と涼香は一度も口を挟むこと泣く最後まで耳を傾けると、ナインが話し終えたところで顔を見合わせた。
「真夏、神獣だって」
「それよりも大事なのは、この娘が世界を救ってくれたってことだわ。わたし達どころか全人類の恩人よ。絶対に守ってあげないと」
「そうね。幸い、神獣が落ちてくることはなくなったみたいだし」
傍らで聞いていたナインは不思議に思って問いかける。
「あなた達は神獣を知っているの?」
この質問にふたりはあっさりうなずいた。居住まいを正して涼香が説明してくる。
「ここは科学はともかく魔法や異能力の研究が進んでいるから、世界にそういうモノが潜んでいることは、ずっと昔に解明されているわ。反面それ絡みの怪事件やモンスターが現れることもあるけど」
「わたしの世界にはモンスターはいなかった……あの神獣を除けば」
目を伏せるナイン。
気づかうような眼差しを向けたまま、涼香が説明する。
「言葉が通じるところをみても、あなた達の世界とわたし達の世界はルーツを等しくしているはずよ。仮に世界を木の葉に例えるなら、二つの世界は同じ枝に付いたものなの。この場合、それぞれの世界には不思議と同じような文化が成立して、似たような歴史を辿ることが多いわ。成長の過程で齟齬はどんどん大きくなる傾向があるけどね」
初めて聞く話だった。どうやら科学だけでは解明できない秘密を、この世界の人々はつかんでいるらしい。
ナインは顔を上げて訊ねる。
「あなた達も魔法や異能を使えるの?」
「まあね。正確には魔術だけど、真夏はとても怖い異能力を持ってるわよ」
涼香に言われて、真夏はややおどけたように言う。
「わたしの力は空中を歩けるって程度のものよ」
「あれはそんな生やさしいものじゃないでしょ。本来の使い方をしていないだけで」
指摘はしたものの、涼香は苦笑して付け足す。
「まあ、あなたにはその程度の使い方でじゅうぶんだものね」
「他にどう使えと? いや、上手く使えば女の子を脱がせられるわね」
真顔で考え込む真夏を見て涼香はやや笑みを引きつらせる。
「今はふざけてる場合じゃないでしょ」
「いや、わたしは真面目なんだけど?」
「その真面目さは、この娘のために使いなさい!」
涼香にピシャリと言われて真夏はナインに視線を向けた、
「なるほど、この娘から脱がすのね」
「もうっ、あなたって娘は!」
癇癪を起こしたように言うと真夏の首に腕を回してヘッドロックをかける。
「り、涼香、苦しい」
畳を叩いてギブアップの合図をする真夏。深々と溜息を吐いて腕を放すと、ぜえぜえとわざとらしく喘ぐ真夏のために傍らに置いてあったポットを手にとって紙コップに注ぐ。
「ありがとう」
だが、涼香は手を伸ばしてくる真夏に渡すことなく自分で飲んでしまう。
「涼香……」
真夏は捨てられた子犬のような目を向ける。
それを見て大きな溜息を吐くと、涼香は渋々といった顔をして同じコップにコーヒーを注ぎ直した。
今度は素直に手渡すと真夏は満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう」
コップにほおずりなどしてから、よけいなことを口にした。
「涼香の間接キスいただきます」
幸せそうにコーヒーを飲み干す真夏。
飲み終えて一息吐いたところで、突然彼女の身体から力が抜けた。目眩でも感じたかのように額に手をやるが、堪えきれずに涼香へとしなだれかかる。
「なに……これ? 涼香……?」
「特性眠り薬よ。わたしはあらかじめ中和剤を飲んでおいたの」
「は、謀ったわね……」
弱々しく睨みつけるが、睡魔には抗えずそのまま眠りに落ちてしまう。
一部始終を見ていたナインは、さすがに唖然としていたが、涼香に悪意はないらしく真夏の髪を愛おしげに撫でていた。
しばらくすると、いくつもの足音が近づいてきて、扉を開けて大勢の人たちが入室してくる。ほとんどの者が強ばった顔をしていたが、ナインに敵意があるわけではなく緊張しているだけのようだ。
その中からひとりだけ落ち着いた様子の女性が進み出ると、ナインの傍らに座って礼儀正しく挨拶してくる。
「初めまして、ナインさん。わたしは真夏の母で、
その女性は確かに真夏に似ていたが、見るからに若々しくて母親というよりも姉と言われた方がしっくりくる。それでもその落ち着いた雰囲気は年相応の経験からくるものだろう。
「申し訳ありませんが魔術によって、お話は聞かせてもらいました。どうやらここに異世界の軍勢が押し寄せてくるとのことですが、ご安心下さい。すでに、この世界で最強の武装組織に援軍を打診してあります。もちろん多少の時間は必要でしょうが、彼らが来るまでは、私どもが時間を稼ぎます。あなたはここで娘と隠れていて下さい」
「ダメだよ。お願いだから娘さんを連れて逃げて」
訴えかけるナインだが、夏歩はやんわりと首を振る。
「あなたは世界の恩人です。それを見捨てて逃げるなど、どうしてできましょうか。これでも、わたしどもは武門の家柄。どうか信じてお待ちください」
ナインは、さらに言い募ろうとしたが、夏歩の瞳には頑なな意思の力が宿っているように見えて、言葉を呑み込む。
さらに冷静に考えてみれば、年若い真夏でさえ、あれほどの戦闘力を持っているのだ。ならば魔法や異能の力を持つこの人達ならば大丈夫かもしれない。
「わかった……」
押し切られる形で受け入れると、顔を上げて言葉を付け足す。
「でも、少しでも危ないと思ったら逃げて。わたしの仲間は兵士ではなくて兵器。しかも、ひとりひとりが何らかの特殊能力を備えていて、その詳細はわたしにも判っていない」
「ええ、約束するわ」
幾分砕けた口調で答えると、夏歩は柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう。娘をお願いね」
温かい夏歩の手がナインの頭をそっと撫でる。心地良い感触にナインは目を細めた。
(母親ってこういうものなのだろうか……)
ぼんやりと考える。ディストピアには真っ当な意味での親子は存在しなかったが、記録映像では何度も目にして、その都度不思議な気持ちにさせられたものだ。
夏歩は立ち上がって仲間達に顔を向けると、険しい顔など見せることなく落ち着いた口調で話しかける。
「みんな、聞いてのとおりよ。ナインさんと、娘のために力を貸してちょうだい」
それまで強ばった顔をしていた人々は、その言葉で気持ちを切り替えたようで、それぞれに頼もしい笑みを浮かべた。
「お任せ下さい、姫」
「修行の成果を見せてやりますよ」
「恩は恩でしか返せないからな」
口々に言ってうなずくと、誰からともなくナインに話しかけてくる。
「ナインさん、地球を守ってくれてありがとう」
「今度は俺たちがあんたを守る番だ」
「姫の番、よろしく頼むわね」
「吉報を期待しててちょうだい」
見た目通りの年齢だとすれば、そのほとんどが年若い人間だった。誰もが真っ直ぐな目をしていて爽やかに笑っていた。
初めてふれた他人の善意に込み上げてくる気持ちを制御できず、ナインの頬を熱い雫が伝う。
(間違ってなかった……。わたしは間違ってなかったよ……。愛海、ポルタ……)
ここに来てナインは、ようやくそれを確信できた。
まるで物語の登場人物であるかのように、真っ直ぐでやさしい人々。
それは、かつてはナインの故郷にも存在し、空の青さと同じように失われてしまった可能性だった。
自分たちの罪の代償に、それを差し出すなど赦されるはずがない。
人類救済などというお題目は、その醜い実態を隠すための仮面に過ぎなかったのだ。
(でも、だとすれば……)
ナインが考えたのは仲間たちのことだった。
考えてみれば彼らもまた被害者だ。生まれながらに心を支配され、自分たちが捨て駒にされているという事実の残酷ささえ気づけずに、こんな所にまで来てしまった。
できることなら、戦いを捨てて、この世界で自由に生きて欲しいと願うが、それが不可能なことはナインにも理解できる。
彼らに施されたマインドコントロールは強力だ。おそらくは殺される瞬間まで、その心を縛り続けるだろう。
ナインにできることは、彼らのために祈ることだけに思えた。
しかし……。
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