第41話 セフィロト

 セフィロトは出撃した百人の人造人間の中で最強を自負する男だ。周囲からはライバルと目されていたロゼでさえ、彼から見れば取るに足らない相手だった。

 ロゼがナインとの戦いに敗れ、サオシュヤント・システムが爆発炎上したとき、彼が最初にしたことは山火事を防ぐことだ。

 元より彼は、この作戦に乗り気ではなかった。計画が失敗したのは残念だが、こうなった以上は、この世界で生き延びる道を探す必要がある。そのためにも、ここで無駄に注目を集めるのも、現地人の感情を逆撫でするのも得策ではない。そう判断しての行動だったが、他の者たちは、そのほとんどが狂乱してナインに襲いかかってしまった。

 システムの爆発だけでも注目を集めるのは確実だというのに、あれだけ派手に特殊能力を連発しては現地人に気づかれぬ道理がない。

 セフィロトは現地人の文明レベルだけでその力量を決めつけるような愚は犯さなかったが、他の者たちは、この世界には自分たちを傷つけられるものなど存在しないと高をくくっているようだった。

 しかし、彼らは今、唖然とした顔を浮かべて二つに裂かれたダスティの骸を見下ろしている。

 セフィロトの隣でレーミアが怯えたようにつぶやいた。


「これは、ナインが……?」

「違うな」


 断定する。ナインの力は未だ不明だが、ロゼとは倒され方が違いすぎる。そもそもナインは満身創痍で、とても戦える状態にないはずだ。


「信じたくはないが、この世界には戦闘用人造人間を、こんなふうに殺せる者がいるということだ」

「それは人間でしょうか……?」

「判らんが可能性は高い」


 すでに日は暮れているが、セフィロトは暗闇でもものを見るのに不自由しない。だから、その場に残された血痕や足跡にも、当然気がついていた。


「どうするつもりかは判らんが、そいつがナインを連れて行ったようだ」


 セフィロトは軽く跳躍して崖の上に着地すると眼下に広がる夜の町を見つめる。まるで平穏そのものだったが、それがかえって不気味だ。

 この世界にも軍や警察はあるはずだ。少なくとも山に火の手が上がったことくらい気づいた者がいるはずだが、消防すら動かないとなると、それは何者かが、その動きを止めているからではないだろうか。だとすれば、その意図は何か。

 どうにもあまり愉快な答えは思い浮かばない。

 だが、彼の仲間たちは、そのほとんどが楽観的だった。ダスティが倒されたことには、さすが驚いたようだったが、驚きが過ぎると、かえって好奇心を刺激されたようだ。


「面白えじゃねえか。ナインを探せよ、レーミア」


 好戦的な笑みを浮かべて痩身の男、ソーンが言う。彼もまた破壊力を売りにする攻撃型の人造人間だ。その隣で防御能力に特化した巨漢の男、ダームもうなずいた。


「まずはナインもろとも、そいつを始末してロゼの無念を晴らすべきだ」


 続いて他の仲間たちも追従するように声をあげる。


(これは……)


 セフィロトは仲間たちの変化に気づいて眉をひそめた。

 本来ならば人造人間は無駄な戦いは行わない。どれほど好戦的な気質を持つ者でも、必然性のない戦いは避けるように刷り込まれている。

 だが、作戦が失敗して帰るすべを失くしたことで、彼らのマインドコントロールに狂いが生じていた。

 そもそもがマインドコントロール以外に感情を抑えるすべを持たない連中だ。ナインへの怒りが先に立ち、好戦的な気分に歯止めがかからないのだろう。

 止めて止まるものでもない。今の彼らは聞き分けのない子供と変わらない。

 こうなった以上は味方に損失を出さないためにも、あえて彼らの望みを叶えてやるしかなさそうだ。幸い彼らはまだセフィロトを指揮官と認めている。今後のためにも、この構図を崩すのは得策ではなかった。

 彼の隣ではレーミアが表情を曇らせたまま、力を発動させてナインを連れ去った何者かを探している。

 それを見てセフィロトは「やはり」と思った。

 もともと疑っていたのだが、このレーミアは間違いなく欠陥品だ。

 大量生産型の人造人間は本来なら感情が希薄で、表情などほとんど動かすことがない。

 もちろん目の前のレーミアも、ここまでは人形のように無機的な表情を作り続けていたが、今はその余裕を失くしている。

 もし出撃前に軍部にバレていれば、その時点で即処分されていただろう。


(気の毒なことだ)


 セフィロトが抱いたのは同情的な感慨だった。

 彼女は自分が欠陥品だと気づいて以来、偽りの仮面を被って自が心を殺し続けてきたのだ。

 そんな彼女に祖国や軍部に対する忠誠心などあるはずがない。セフィロト本人やナイン同様、捨て駒にされたことの意味を理解しているはずだ。

 だが、この状況で仲間たちの言葉を無視すれば、その時こそ彼女は処分される。それが判っているから、心ならずもナインの行方を追っているのだ。

 セフィロトは軽く溜息を吐いて、ひとまずレーミアのことは棚上げにする。今は他に考えるべきことがあった。

 仲間たちの平静を取り戻すために、ナインを討つことは避けられないとしても、問題はその後だ。

 この異界の地で生き抜くためには現地人と争ってばかりもいられまい。そのためにも無用な流血は極力避けたいところだった。

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