第40話 瞬殺
空はいつしか茜色に染まっていた。
夏場とはいえ、山の気温は下がりやすいらしく、やや肌寒い風が吹きつけてくる。
全身に無数の裂傷や火傷を負いながら、それでもナインは去りゆく青空をやさしい笑みで見送ろうとしていた。
自分がそれを目にすることはないにしても、この世界の空は明日も青いはずだ。それでじゅうぶんだった。
ロゼの最期の言葉をナインは信じなかった。
確かに愛海はナインがシステムを破壊することを願っていたのだろう。
だが、そのためにナインを用意したというのは間違いだ。
愛海はナインの願いに応えるために、今回の件を仕込んだのだろうから。
ポルタも言っていた。お元気で――と。
彼もたぶん知っていたのだ。
だから、本当ならばふたりのためにも自分は生き続けなければならない。
そうは思っても怒り狂う仲間達と戦うことはできなかった。
こんな異境の果てまで来て存在意義を奪われた彼らの怒りは当然のものに思える。
それでも逃げてしまったのはあと少し。ほんの少しだけ、この青の世界を見ていたかったからだ。たとえそれがエゴだとしても。
でも、これでもう満足だ。
後は天国という場所で、いつかやって来る愛海とポルタにあやまろう。
近づいてくる足音を耳にしながらナインは覚悟を決めた。
「へへ……。さすがにもう動けねえか」
声で判る。ダスティだ。
よりにもよって残忍な男に見つけられたものだ。彼のことだから、すぐには殺さず、可能な限りいたぶり抜こうとするだろう。
(因果応報ってやつだね……当然の報いだ)
ナインが胸の裡で自嘲した時だった。
「この娘をこんなにしたのはあなたかしら?」
まったく異質な声が耳にすべり込んできた。
初めて聞く声。少女らしい柔らかさと凜とした響きが融け合ったような心地良い声だ。
「な、なんだ、てめえ!?」
ダスティは明らかに狼狽していたが、彼の驚きはナインにも理解できる。ダスティの接近には早くから気づいていたナインも、その人物の接近にはまるで気がつかなかったからだ。
ゆっくりとそちらを見やればセーラー服を着た少女が長い黒髪を風になびかせながら、刀を片手に悠然と佇んでいる。それも驚くほどナインの近くで。
深い藍色の瞳は透き通り、やさしげにも見えたが、その視線にさらされたダスティは目に見えて怯んでいた。
それでも、すぐに我に返って戦闘態勢を取る。
「こ、この世界の原生種族ってわけか! 面白え!」
新しい獲物を見つけたとばかりに口元に歪んだ笑みを浮かべる。
ナインは少女に逃げろと告げようとしたが、傷と疲労によって口を開く力も残っていない。
「それにしても言葉が通じるなんて驚きだな。まあ、この世に神なんてものがいるなら、それも不思議じゃねえか」
ダスティは愉しげに笑った。もちろん神の姿など誰も見たことはないが、神獣が実在する以上、どこかにそれがいると考える人も多い。
「まあ、恨むならその神様を恨むんだな、お嬢ちゃん!」
言葉を荒げると同時にダスティの瞳に赤い光が灯る。
間髪置かずに、少女が刀を一閃してなにもない虚空を薙いだ。
見て分かったのは、ただそれだけだった。なにも起きず、なにも変わらない。
奇妙な沈黙が場を支配する中、ダスティの頬から冷や汗がすべり落ちていく。
「う、嘘だろ……? んなこと――あり得ねえんだよ!」
叫ぶと同時にダスティの瞳に赤い光が今度は連続して灯った。その都度、少女は刀を振るって虚空を薙ぐ。
それを見てナインはようやく気づいた。
ダスティの能力は視線によって爆発を生じさせるというものだ。彼が睨みつけたものは人であれ物であれ一瞬にして消し飛ぶことになる。
だが、この少女は文字どおり光の速さで迫り来る眼光の力を苦もなく切り払って無害化している。
散々力を使って荒い息を吐くダスティ。当然ながら能力の発動は体力と精神力を消耗する。一方、相手の少女は涼しげな笑みを浮かべたままだ。
抑えきれない恐怖を誤魔化そうとするかのようにダスティが叫ぶ。
「なんなんだ!? なんなんだ、テメエはよぉ!?」
少女は表情だけは穏やかなまま、冷ややかな声を発する。
「わたしはあなたにとっての悪夢よ」
それが宣告だった。言い終えるとともに少女が踏み込む。ダスティはすかさず視線を放つが、今度はそれをかいくぐって少女は一瞬にして間合いを詰める。目標を失った視線が、見当違いの場所に爆発を生じさせるが、その時にはダスティの身体はもう
絶叫さえ、上げる暇はなかった。
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