第36話 忘れないで

 浮遊式乗用車ランドボートで基地へと向かう途中、ナインは生まれて初めてセラフを目撃した。

 ついに世界最強の軍事力を誇る、この国の防空網を超えて、ここまで侵入してきたらしい。

 反重力ユニットを背負った人造人間達が迎撃にあたり、死にものぐるいで空戦を繰り広げていたが、空の上とあっては手出しもできず、そのまま通り過ぎる他はなかった。

 戦いの結果を聞かされたのは基地に着いてからだ。

 セラフは撃破したモノの防空にあたったチームも全滅したとのことだった。


「どう思う? ナイン」


 不意に声をかけてきたのは決死隊の中でも最強のひとりと目されている人造人間セフィロトだ。外見は十代後半の若者だが、もちろん見た目の年齢に意味はない。

 決死隊の中ではめずらしくナインに悪感情を向けたことのない彼だが、これまではとくに話をしたこともない。そんな相手に、それだけ問われても意味が分からないと言いたいところだったが、なんとなく察しをつけて答える。


「ダメだろうね」

「お前も同意見か」


 セフィロトは無感動にうなずく。


「彼らほど空戦を得意とするチームも他になかったのだが……」


 計画が成功して神獣がいなくなっても人類がセラフを排除しきれるとは思えない。彼の言いたいことは、おそらくそういうことだ。

 本来、マインドコントロールを施された人造人間が、軍部が立てた計画に否定的な意見を持つことはない。

 だが、セフィロトのような一体限りワンオフの高性能機は、優れた人工霊魂と強い精神力を備えているがゆえに、必然的にこの支配力が弱まる傾向にあった。


「この戦いに意味はあるのか……」


 つぶやく彼に返す言葉をナインは見つけられなかった。


 作戦時刻が近づく中、ナインが淡々と準備を進めていると、息を切らせながら愛海が現れる。どうやら忙しい中、なんとか時間を空けて全力疾走で駆けつけてくれたようだ。


「遅くなってごめん。ここの連中は人使いが荒くてねえ」

「愛海、元気でね」

「ああ、わたしは大丈夫。なんにも心配しなくていいわ。それよりも、あなたの方こそ元気でね」


 決死隊のひとりに告げるセリフとも思えず、思わず言葉に詰まるが、それでもナインは、なんとかうなずきを返した。

 すると、愛海は人目も憚らずにナインを抱き寄せて、耳元で囁くように語りかけてくる。


「ナイン、ここから先、わたしはもうあなたを守ってあげられないけど、心配はいらない。あなたには、この世で最強の力を与えてある。道は、あなた自身で選びなさい。あなたが正しいと思った選択なら、それこそがわたしとポルタの願いでもあるわ。それを忘れないで」

「……愛海?」

「今は考えなくてもいいわ。だけど、忘れないで。わたしはあなたを愛している。あなたはわたしの妹なんだから」

「妹……」


 娘ではなく、彼女は妹と言った。

 思い返してみれば、そのような関係だった気もする。少なくとも子供扱いされた記憶はない。

 胸に染み入る温かい想いに気づいて、ナインはなにか言葉を返そうと口を開きかけた。

 しかし、そのタイミングで招集のサイレンが響き、愛海もまた慌てて自分の持ち場へと駆け戻っていく。

 ふたりが最後にしたことは、お互いに大きく手を振ることだけだった。

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