第24話 襲撃

「まさか異世界からロボット軍団が攻めてくるとはなぁ」


 ややダラダラとした足取りで火惟はぼやくようにつぶやいた。商店街へと続く畦道には夏の陽射しが降り注ぎ、快適には程遠いが、だらけた感じになっているのは全力で戦ったあとだからだ。

 隣を歩く希枝も疲れているはずだが、顔には出していない。返事がないのはいつものことだが聞いていないわけではなく、たんに口数が少ないだけだ。そのことは、これまでのつき合いでじゅうぶんに理解している。だから気にせずに続けた。


「いくら俺が正義の味方を志してるからって、神様もそこまでサービスしなくてもいいんだが」


 軽い冗談を口にすると、めずらしいことに希枝が言葉を返してくる。


「彼女が心配です」

「華実さんか……」


 火惟と希枝にも華実とダリアの会話は聞こえていた。戦いの最中だったため、聞き取れなかった部分もあったが、雑木林から学校への帰り道に、その時点で判っていたことは北斗からさりげなく教えられている。


「神隠しによって、こちらの世界の少女の身体に入れられてしまった向こうの世界の住人の魂。罪の意識に囚われた彼女はたぶん、敵と差し違えることを望んでいます」

「ああ……」


 火惟もそれには気づいていた。華実の瞳には未来が映っていない。復讐に囚われ、そのためだけに生きている気がする。


「それに円卓のこともあります」

「円卓? なんかよく分からないが、彼女には手出しできないらしいぜ」

「ええ。でも、神隠しの被害者は彼女だけではありません」


 希枝の言葉に火惟はハッとした。

 神隠しの被害者は実数こそ不明だが、すでに相当数に上っているはずだ。そのうちの何人かは間違いなく円卓に連行されて検査や尋問を受けるだろう。

 腕を組んで考え込む。もっとも今の自分にはなにもできないことは明白で、すぐに頭を振って思索を打ち切った。

 隣に目をやると、希枝が立ち止まってのどかな田園を見つめている。木立からはセミの声が響き、傍らにある用水路では流れる水が涼しげな音を立てていた。


「平和な風景ですね」

「え?」

「水路には小魚や、そこを根城にする水の生き物たちがいて、トンボや蝶が舞い、カエルが鳴き、鳥のさえずりも聞こえてきます」

「泉川?」

「今は誰もがこれを当たり前だと思っていますが、十年後、二十年後はどうでしょうか?」


 淡々と語る希枝の表情には相変わらず変化がない。しかし、その声はいつもより沈んだものに感じられた。


「少なくとも、わたしの故郷に、こんな光景は存在しませんでした。それどころか、この透き通った空の色さえ……」

「故郷……」


 問いかけたところで火惟は言葉を打ち切った。肌が粟立つような言いしれぬ気配を感じる。考える前に火惟は希枝の身体を抱えて大きく横に跳んでいた。

 背筋をかすめた魔力に、己の直感の正しさを悟りつつ、希枝を抱いたまま大地を転がって身を起こす。油断なく視線を這わせれば、見覚えのある一団が、こちらに向かってくるのが見えた。


「円卓か!」


 驚きもあったが、それ以上に怒りが先に立った。吐き捨てると同時にショルダーバッグを開くと、変形して収納状態になっていた金色の籠手ガントレットが飛び出して、火惟の両手に装着される。

 同時に希枝のバッグからも金色の大金槌ハンマーが姿を現し、本体に収納されていた柄が伸びて彼女の手に収まっていた。


「火惟!」


 危険を告げる希枝の声に素早く視線を移せば、前方にも円卓の騎士達の姿がある。銃火器を手にした物騒な姿は威圧的だが、より危険なのは最初に魔術を飛ばしてきた奴だ。

 術が飛来したのは後方に現れた集団の方だが、魔術は真っ直ぐ飛ぶとは限らない。

 迫り来る騎士をあえて無視して気配を探った火惟は、横手の木立からそれらしき気配を感じて希枝に合図を送った。


「こっちだ!」


 大地を蹴って迫り来る騎士を凌駕するスピードで木立の間を駆け抜ける。その先では、いかにもな白いローブに身を包んだ男が驚愕に顔を引きつらせていた。


(とりあえず、ぶん殴る!)


 たとえ相手が世界的な組織であろうと、問答無用で襲いかかってきた相手とお話しする気にはなれない。

 拳を握りしめる火惟だったが、次の瞬間背後に凄まじい殺気を感じて振り向かざるを得なかった。

 けたたましい金属音が響き、彼に向かって砲弾のように人間が吹っ飛んでくる。


(なにっ!?)


 声をあげる暇もない。それは何者かに吹き飛ばされた希枝の身体だった。

 火惟は少しでも衝撃を和らげようと後方に跳びながら、その身体を受け止める。

 途中背中で誰かを撥ね飛ばしたが、おそらくは先ほどの魔術師だろう。いいクッションになってくれたと皮肉を言いたいところだが、そんな余裕はない。

 希枝の身体を抱えたまま両足で地面を抉りつつ、なんとか転倒することなく踏み留まると、視線の先にはレジナルドと呼ばれた壮年の男の姿があった。

 白い騎士服に豪奢なマント。右手に大剣を手にし、今はプロテクターまで身につけて傲然とこちらを見下ろしている。足下には希枝の|大金槌が転がっており、おそらくガードは間に合ったものの、大剣の威力を殺しきれずに、ここまで弾き飛ばされたのだろう。

 レジナルドの背後には先ほど火惟たちを挟み撃ちにしようとしていた騎士達がゾロゾロと集まってきて、最後にはもうひとりの十二騎士――マーティンまでもが姿を見せた。


(円卓は世界最高のエリート集団って話だ。おまけに十二騎士は文字どおり世界最強の戦士と聞く。そんなのがふたりも出てくるなんて、ちょぃと大盤振る舞いが過ぎないか、なあ、神様?)


 火惟は負けん気の強さで口元に笑みさえ浮かべながら、騎士達を睨みつけた。

 幸い、希枝は意識を失っているだけで外傷はなさそうだ。

 強敵を迎え撃とうと構えを取る火惟の前で、しかしレジナルドは大剣を腰の鞘に収める。


「……どういうこった?」


 顔をしかめて問う火惟に、レジナルドは高圧的な声で告げた。


「お前は帰れ、関係がない」

「ふざけんな、泉川は俺の――」

「そいつは敵だ」


 レジナルドがつまらなそうな顔で言い放つ。もちろん火惟には意味が分からなかった。


「ふざけんな! なにを言ってやがる!」

「その娘はディストピアで造られた人造人間。一年前、往時おうじ市において我らの同胞三十余名を惨殺した一味の生き残りだ」

「なっ……!?」


 思わぬ言葉に火惟は息を呑んだ。レジナルドの言葉は意味不明と言いたかったが、その時、いくつかの事柄が彼の中で繋がっていたのだ。

 なにより往時市で失われた三十余名という話に心当たりがある。

 なぜならば、そこは、この春に父親の仕事の都合で、この町に引っ越してくるまで彼が暮らしていた町。絶対に忘れることのできない、いくつかの出会いと別れを経験した町だった。

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