第21話 亡者の都
「なんてこと!」
星見咲梨は部室に戻るなり愕然とした表情を浮かべた。
「うちの部室にはベッドがないわ!」
「そりゃそうだろ」
呆れ顔の火惟。普通に考えて部室にベッドなどあるはずがない。
「イスでいいわよ」
希枝の背中から華実が告げるが、咲梨は拳を握って却下した。
「ダメよ! 栄養失調の吸血鬼みたいな顔をしてるんだから、まずはどこかで横にならないと!」
「では、ひとまず保健室に行きましょうか」
常識的な北斗の提案が採用されて、ひとまずそちらに向かうことになったが、一年生コンビは咲梨から医薬品や包帯の補充を頼まれて、買い出しのために商店街に向かうことになった。
あからさまな人払いだったが、火惟も希枝も嫌な顔一つ見せずにそれに従う。これも咲梨が信頼されている証だろう。
華実が陽楠学園の保健室に入るのは、これが初めてだったが、そこはとくに変哲もない、ありふれた保健室だった。
当然のように養護教諭が出迎えたが、北斗が何事か耳打ちすると彼女はうなずいて退出した。どうやら、ここの教諭は組織の一員のようだ。
ひとまずベッドに横たえられた華実は、簡単な傷の手当てを受けたが、魔法のマントのお陰か、小さな擦り傷や打撲程度で深刻な怪我はひとつもなかった。
「……となると問題なのは、やはり意識を失ったことね」
「魔力を使いすぎると、ああなるんです」
華実は経験から来る憶測で答えたが、咲梨は真剣な顔で首を横に振った。
「あれはそんな簡単な話じゃないわ」
じっと華実の目を見つめて、言い聞かせるように続けてくる。
「問題なのは魂と肉体の不一致よ」
「え……?」
「あなたの力は
話を聞いて華実は茫然と咲梨を見つめた。彼女の言葉は衝撃的なものだったが、納得のいく話でもある。しょせん、自分はこの少女の身体に入り込んだインベーダーなのだから。
「変なこと考えないで」
見透かすように言われて、華実はやや慌てた。
「いや、わたしはべつに……」
「とにかく! 今後はその力は一切使っちゃダメ」
「え……?」
華実が思わずベッドの上で身を起こすと、咲梨はその両肩をつかんで告げてくる。
「その問題は時間が経って肉体が魂に馴染めば必ず解決するから、それまでは辛抱してちょうだい」
「な、馴染むって、そんな……」
身体を奪ったことに対して罪の意識がある華実にとっては歓迎できる話ではない。
戸惑っていると、それまで静観していた北斗が口を開く。
「神隠しと呼ばれる事件の正体が、異世界人がこの世界の人間をさらっては、その魂を異世界の人間のものと入れ換えているのだということは分かりました。ですが、それはあなたの望んだことではないのでしょう。ならば、あなたはむしろ被害者のはずです」
彼のやさしさは胸に染みたが、華実はやるせなく首を横に振る。
「神隠しを実行に移している巨大な人工知能――セレナイト505を造ったのはわたしなのよ。それどころか、あの亡者の都自体がわたしの発案で……」
「亡者の都?」
予想外の言葉に北斗と咲梨が顔を見合わせる。
「わたしの世界は、こことは比較にならないほど科学の発達した世界で、魂の秘密さえ解き明かしていたわ。科学者だったわたしは、その技術を使って偽りの楽園を造りあげたのよ」
「偽りの楽園?」
問いかけてくるふたりから視線を逸らし、華実は遠い目で謳うように言葉を紡いだ。
ああ 素晴らしきかな セレナイト
其は天上の世界 それは至上の楽園
ああ 素晴らしきかな セレナイト
其は至福の世界 それは悠久の楽園
叶わぬ願いはない つかめぬものはない
愛も 夢も 富も すべてが望むまま
痛みも 悲哀も 死すらも すべてが望むまま
失うことすら、そこでは自由
無数の始まりと、無数の終わり
されど時は巡り、潰えることは永遠にない
欠落はひとつ それは この世の終わり
欠落はひとつ それは この世の終わり
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