第20話 翳り
「ありがとう、幸美」
「なにが?」
ふいの言葉に不思議に思って顔を向けると、真夏は千里をやさしく見つめていた。
「あの娘を受け入れてくれて」
「そんなの当たり前でしょ? 秋塚さんはわたしの命の恩人だし、なによりもわたしは彼女のことが好きだもの」
「うん。この町に来て良かった」
「…………」
幸美は思わず黙り込んでいた。このときになって初めて気がついたのだ。いつも明るく悩み事ひとつなさそうに振る舞う真夏の横顔に翳りがあることを。彼女のやさしさも、語る言葉も嘘とは感じない。それでも、その横顔はどこか淋しげで、不謹慎ではあったが、とても綺麗に感じられた。
不自然に間が空いたためか真夏が幸美に顔を向ける。
「どうかした?」
「え……?」
まさか今感じたことを本人に言えるはずもなく、ひとまず適当な話題を探して、それを口にする。
「いや、どうして組織は魔術とか怪物の存在を隠すのかなって」
「それは怪物の存在を確信する人が増えれば増えるほど、奴らが強大になり、発生件数も増えるからよ」
「え……?」
「わたしたちは世界を構成する神秘の力をアイテールって呼んでいるのだけど、これには知性体の意識の影響を受けて変化するという特性があるの。つまり人間の想いや認識は、常に世界に何らかの影響を与え続けているのよ。怪物の実在を信じる人が増えれば、実際に怪物が出やすくなるし、それを否定するものが多ければ多いほど怪物は生まれにくくなる。もちろん、現在は後者の状況よ」
「つ、つまり、今の状況でさえ、怪物が出るってことは、その実在を知る人が増え続けると、とんでもないことになるってわけね」
「そういうこと。逆に異能者や魔法使いも増えるでしょうけど、それはそれで犯罪者になられでもすれば大問題だからね」
「そ、そうね」
「どのみち、幸美は考えなくていい話よ。裏社会のことは裏社会に属する人間が解決する。あなたはもう怪物のことなんて忘れたほうがいいわ」
真夏の言葉には押しつけがましいところはなく、相変わらずやさしげだった。
「それはそのとおりだと思うけど、ふたりともわたしの前からいなくなったりしないわよね?」
一般人とそうでない者が出会った場合、住む世界が違うという理由で距離を取ろうとするのは物語などでは良くある話だ。しかし、真夏はこの言葉をごく自然に否定する。
「しないわ。わたしは友達の前から突然いなくなったりはしない」
答える真夏の横顔は微笑んでこそいたものの、どこか淋しげだった。
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