第19話 円卓の騎士
「円卓が、ここに!?」
華実が意識を取り戻して最初に聞いたのは北斗の驚く声だった。
「ええ、間違いないわ。御角くん、あなた監視とかされていたんじゃないの?」
これは咲梨だ。声に非難がましい響きはなく、ただ事実の確認をしているだけに聞こえる。
「まさか……。僕はこれでも優等生ですよ」
「優等生ねえ……。まあ、抜け目はなさそうだけど」
ふたりの会話を耳にしながら、ゆっくり瞼を開くと、華実は太い木の幹にもたれかかるように座っていた。目の前には地球防衛部の全員が集まっている。
その後ろには
「あっ、気がついたようよ」
こちらに気づいて咲梨が嬉しそうに声をあげる。続けて気づかうような視線をいっせいに向けられて華実は戸惑った。何を言えばいいのか判断できずに黙り込んでいると、火惟が屈み込んで顔を覗き込んでくる。
「おい、大丈夫か?」
やるせない気持ちでうなずく。
この人たちは聞いていなかったのだろうか。ここに居る華実は異世界の人間に身体を乗っ取られた、ただのニセモノだということを。
「心配しないで、事情はあらかた聞こえていたけど、わたし達はあなたの味方だから」
既視感を感じるような言葉を咲梨が口にすると、他の面々もそれぞれにうなずく。
泣きそうな気持ちで華実は顔を上げた。彼らは解った上で華実の身を案じていたのだ。それを素直に喜ぶには自責の念が強すぎたが、それでも不快なはずがない。
溢れ出しそうな涙を堪えながら、ひとまず立ち上がろうとするが、身体がふらつき、倒れかけたところを希枝に支えられる。
感謝の言葉を口にしようと弱々しい笑みを向けると、先に希枝が口を開いた。
「大丈夫です。あなたが自分を責めることはありません。それに……少なくとも、わたしはあなたよりも罪深い」
囁くように告げられて戸惑うが、それ以上はなにも言ってこない。
希枝の助けを借りて、ようやく華実が立ち上がると、丁度そのタイミングで雑木林の外から物々しい足音が近づいてきた。
「お出ましね」
不愉快そうに咲梨がつぶやく。それにやや遅れるように、派手な騎士服姿の男達が姿を現した。
腰には剣を収めた鞘を提げ、それとはべつにアサルトライフルを携えている。兵士と呼ぶには時代錯誤な衣装に武器だけは近代的と、アンバランスな組み合わせではあるが、全員が場数を踏んだプロであることは、身のこなしから明らかに思えた。
彼らは武器こそ向けてこないが華実たちを半包囲するかのように並び立つ。その人垣を割るようにして、さらにふたりの騎士が悠然と姿を現した。
ひとり目は厳めしい顔をした壮年の男だ。豪華なマントを羽織り、精緻な装飾を施した大剣を腰に差している。他者を威圧するかのような鋭い眼光をこちらに向けており、一目で集団のリーダーであることが知れた。
もうひとりは精悍な顔立ちをした白人の若者で、頭に羽の付いた幅広の帽子を被っている。彼もまたマントと剣を身につけ、壮年の男の傍らに臣下のように並んでいた。
「なるほど、確かにディストピアの人形だな」
壮年の男は周囲の残骸に目をやると、こちらには挨拶もなしに騎士たちに回収の指示を出す。
華実としては自分の世界の忌まわしい技術を、この世界の人間に渡したくはなかったが、この状況では止める手立てはない。
だが彼の態度を不愉快に思ったのは当然ながら華実だけではない。咲梨が明らかにトゲのある声で告げる。
「無礼千万ね。円卓の騎士は挨拶もできないお猿さんなのかしら?」
挑発の言葉に壮年の男が鋭い眼光を向けてくるが、彼が声を発するより先に傍らの若い騎士が前に進み出た。
「これは失礼した。深刻な事態ゆえに、あちらに気を取られて礼を失したことをお詫びする」
丁寧に頭を下げると、自分を手で示して名乗る。
「私はマーティン・ペンフォード。円卓十二騎士のひとりだ。同じく十二騎士にして我が師でもあらせられる、こちらのレジナルド・アディンセル様と共に、この国に派遣されてきたというわけだ」
「派遣の理由を訊いても構いませんか?」
北斗が問いかけると、マーティンはやはり紳士然として答えてくる。
「元老院直下の予言機関・マーリンが、この地に再びディストピアの尖兵が現れることを予見したのだ。君も知ってのとおり、彼らの予見は確実なものではなく、的中率は五割といったところだ。そのため、まずは極秘調査を行うことになり、我々がここに赴いたのだよ」
「いくら極秘とはいえ、支部長である僕に通達もなしですか」
さらなる北斗の問いかけに、今度は我慢できなくなったかのようにレジナルドが割って入った。先ほどからマーティンが格下相手に対等の立場で話すのが気に入らなかったようだ。
「ディストピア絡みの案件が極秘事項であることくらいお前とて理解しているはずだ。たかが地方都市の支部長に話せるはずがあるまい」
「なるほど」
北斗は穏やかにうなずいたが、その瞳に剣呑な光があることを華実は見て取った。やはり彼は円卓の一員とはいえ、組織を全肯定する人間ではないようだ。
「それでは、これ以上我々は、ここにはいない方が良さそうですね」
「そうね、帰りましょうか。後始末の手間も省けたし」
北斗の言葉にうなずいて、咲梨が撤収の指示を出す。
レジナルドの脇を通り抜けて部員たちが雑木林の外に向かって歩き出し、華実もそれについていこうとした。
だが、その行く手を阻むようにレジナルドが割り込む。
「待て、お前はダメだ」
足を止める華実。咲梨がふり返って燃えるような瞳をレジナルドに向けた。
「なんの真似よ!」
「魔女よ、この娘はお前の仲間ではあるまい。こいつは異世界からの
項垂れる華実を見て、咲梨がレジナルドに詰め寄る。
「やっぱり、わたし達を監視していたわけね。今の戦いも魔術で覗き見ていたのでしょ」
それを傲然と無視してレジナルドは手を振って部下に合図を出す。
背後から飛びかかってきた騎士達に乱暴に組み敷かれ、華実はいくつもの銃口を頭に突きつけられた。
「おいっ、てめぇら!」
火惟が声を荒げ、希枝は無言のまま金色の
騎士達が色めき立ち、レジナルドが好戦的な笑みを浮かべる。
「思い上がるな、魔女め。誰もが貴様の呪いを怖れると思ったなら大間違いだ」
「いけません、レジナルド卿!」
マーティンが諫めようとしたが、レジナルドはそれを乱暴に下がらせて腰の剣に手を伸ばす。
その時、ただひとり平然と状況を見守っていた北斗が騎士達に向かって口を開いた。
「よろしいのですか?」
割って入った声は、むしろのんびりとしたものだったが、その場違いな印象がかえって全員の注意を引いたようだ。北斗は面白がるように続ける。
「華実さんに指一本でもふれると、あなたがたの首が飛ぶのですが……。ああ、もう何人かはふれてしまっていますね。ご愁傷様です」
北斗の言葉にさすがに不穏なものを感じて騎士達が顔を見合わせる。
「何の話だ!?」
声を荒げるレジナルド。北斗は嘲笑うように告げた。
「ここに来る前に彼女のデータを、ちゃんと調べておくべきでしたね」
それを聞いて騎士のひとりが慌てて携帯端末を取り出した。慣れた手つきで素早く情報を呼び出し、それを見て青ざめる。
「レジナルド卿! その娘は
一瞬の間を置いてレジナルドが目に見えて狼狽する。
「なんだと、そんなバカな!?」
同時に華実を取り押さえていた者たちは、恐怖に駆られたように飛び退いた。
「そ、そんな……」
「だ、だって命令されたから……」
「知らなかったんだ、俺たちは!」
青ざめた顔で口々に言い訳の言葉を並べ立てる。騎士にあるまじき醜態に思えるが、それを気にする余裕すら失っていた。
北斗を除く地球防衛部の面々はもちろんのこと、華実も訳が分からず戸惑うばかりだ。
レジナルドに告げられたように自分は確かにインベーダーだ。ならば、このまま連行されて拷問されようが、モルモットとして扱われようが、仕方のないことだと半ばあきらめかけていたというのに、北斗の言葉一つで状況は一変していた。
騎士達は華実から距離を取ったまま近づこうともしない。それどころか視線を向けられただけで怯えたように後ずさる始末だ。
北斗は薄笑いを浮かべたまま邪魔な騎士達を無造作に押しのけると、平然と華実に手を差し伸べてくる。
「ま、待て、それは無効だ! たとえプリンセス・リヴォルヴァーだろうと、そいつの中身はインベーダーだ! 本物の千木良華実ではない!」
叫ぶレジナルドに北斗が冷ややかに告げる。
「そんな言い訳は通用しません。華実さんがプリンセス・リヴォルヴァーの位を授かったのは、つい昨日のことです。その時には華実さんはもう、今の華実さんになっていた。あなたが失礼にもインベーダーと呼ぶ華実さんにね」
「ぬぅぅぅっ」
いきり立つレジナルド。マーティンが、それをなだめようとするが、収まりがつかないらしく、今にも剣を抜きそうな気配だ。
それを見て北斗がマーティンに告げる。
「マーティン卿、彼が剣を抜いたならば、その時はお願いします」
「御角、それは……っ」
「彼が華実さんに刃を向けるのであれば、それは盟主アーサーへの反逆です。十二騎士の裏切りは十二騎士が始末をつけるのが道理でしょう」
マーティンは息を呑んだが反論はできないようだった。
「御角ぃぃぃっ!」
レジナルドが悪鬼のごとき形相を向けても北斗は平然と薄笑いを浮かべている。
「僕にはどちらでもいいことです。あなたが死のうが生きようが、そんなことは知ったことじゃない。ただ、非礼を詫びて二度と華実さんに手出しをしないと約束するのであれば、今回だけは黙っておいてあげますが」
殺気立つレジナルドを無視して堂々と背中を向けると、北斗は手を引いて華実を立たせた。彼の肩を借りて華実はなんとか歩き始める。
疲れ切ってろくに動けない華実としてはレジナルドの強すぎる殺気は正直怖ろしくもあったのだが、結局彼は、それ以上何も言ってこなかった。非礼を詫びもしないが引き留めることもしない。
じゅうぶんに遠ざかって、ふり返っても姿が見えなくなると、華実は大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。
「いやはや、冷や汗ものでしたね」
今になって北斗がとぼけたことを口にする。冷や汗ひとつかいていない、その横顔はとても本心とは思えない。
いろいろ訊きたいことがあったが、立っているのも限界で、へなへなと座り込んでしまいそうになった。
「ああ、すみません」
北斗は軽く慌てたように言うと、屈み込んで背中に乗るようにと促してきた。
「いや……さすがにそれは……」
恥ずかしすぎる。そう思う華実だが、確かにこのままでは帰れそうにない。
「お姫様抱っこでも構いませんが?」
北斗に言われて華実は赤面した。
「それはもっと恥ずかしいです!」
「なら、担架しかないわね」
真顔でつぶやく咲梨。
「いや、担架なんて持ってきてないだろ?」
火惟の指摘に、咲梨は得意げな笑みを返した。
「ダメね、大羽くん。そんな硬直した頭では世知辛い世の中は渡っていけないわよ」
「えらい言われようだけど、まさか木を集めて作れとか言うのか? 確かにマントを利用して、それっぽくできなくもなさそうだけど……」
「なるほど、それも良いアイデアね」
咲梨は軽くうなずいたあと、拳を握りしめて続ける。
「だけど、もっと手っ取り早い方法があります」
「それは?」
「人間担架!」
気合いを込めて口にする咲梨。
「人間担架!?」
「そうです。大羽くんが担架になって、その上に華実さんを乗せて、わたしと御角くんで運びます!」
これ以上はないというくらい良いアイデアを口にしたと言いたげな、どや顔を浮かべる咲梨。
華実は無言で北斗の背中に乗った。プライドがあるからこそ、これよりひどい方法を選ぶのは堪えられない。
黙ったまま北斗が歩き始めると、他の面々もそれに続く。
「あ、あれ? わたしの素晴らしいアイデアは!?」
背後から聞こえてくる戯言に返事をする者はいなかった。
そのまま戦場となった雑木林を背にして、緑溢れる野道を揺られていく。魔法のマントのお陰で夏の暑さは苦にならない。そもそもこれを着ている限り、一般人には注視されないため、おかしな噂を立てられる心配もないだろう。
頬を撫でる風に目を細めながら、華実はつい先ほどのやり取りを思い浮かべる。
プリンセス・リヴォルヴァーというものが、どういうものかは分かりようもないが、昨日付で登録されているとなると、思い当たるのはやはり真夏のことしかない。彼女は華実を自分の組織に登録すると言っていたので間違いはないだろう。
ただ、だからといって彼らがあそこまで恐れ戦いた説明にはならない気がする。そもそも円卓は真夏達の組織から見れば上位の存在のはずだ。
考えたところで結局は分からないことだらけだったが、それでもひとつだけハッキリしていたのは真夏が、その言葉通り華実に味方をしてくれたということだ。
真夏のたおやかな笑みが瞼の裏に浮かび上がる。彼女に会って甘えたい。らしくもなく華実はそんなことを思っていた。
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