第18話 撤退

「なに!?」


 不意に意識を失って頽れる華実の姿を見て、ダリアが戸惑いの声を発する。

 だが、華実を両断するはずだった破壊的なエネルギーは、横からすべり込むように現れた咲梨によって難なく弾き返されていた。

 対峙する魔法使いと黒い機械人形マシンドールの向こう側では、それぞれの仲間たちが激しい戦いを繰り広げている。

 数の優位は機械人形マシンドール側にあったが、優勢に戦いを進めているのは人間達の側だった。

 足下に倒れ伏した華実を庇うように咲梨が一歩前に出る。


「あなた、今慌てていたわよね」


 突きつけられた言葉にダリアは表情を消して答える。


「仮にも我らがセレナイトの生みの親だ。まさか本当に殺害することなど許されるはずがあるまい」

「それだけかしら?」

「何が言いたい?」


 感情を消したまま問い返すダリアの顔を咲梨はしばしの間見据えたあと話を変えた。


「戦う前に話し合えないかしら? あなた達に何か事情があるのであれば話の内容によっては協力できると思うのだけど?」

「無理な話だ。我々はとある事情によって生きた魂の器を欲している。無論、あなた方に人間の身体を用意する力があるならば話は別だが」

「そういうのはむしろ、そちらの得意分野じゃないかしら? クローン技術とか、持っていそうじゃない」

「クローンは国際法で禁止されているが、その理由は生命として誕生した瞬間、クローンにも固有の魂が宿るからだ。その身体を奪い取るのでは、結局新たな犠牲者を増やすだけで意味がない」


 ダリアは淡々と語るが、それでも異世界の人間を犠牲にするよりはマシではないか――などと、もちろん咲梨は考えない。この世界の人間の命も見知らぬ世界の人間の命も等しく大事だと考えるような咲梨だからこそ、こんなことをしているのだ。


「なるほど」


 うなずく咲梨を見てダリアが続ける。


「実際のところ、遠い異国には魂の宿らぬ肉体を一から造り出す技術が存在していたはずだ。しかし、我々の世界は未曾有の厄災に襲われ、すでに我がセレナイト以外の国家は壊滅状態だ。だから我らはセレナイトが滅び去る前に少しでも多くの市民を、この世界に逃がさなければならない。たとえそれが悪だとしても」


 機械が発する言葉ではあったが、咲梨はそこに明確な想いの強さを感じ取っていた。


「覚悟は決めているというわけね」

「そうだ。邪魔をする者には消えてもらう」


 再び機械刀を振り上げるとダリアは咲梨の返答を待つことなく大地を蹴る。

 神速の踏み込みではあったが、間合いに入る直前でダリアは突然、身体に内蔵されたスラスターを吹かして宙に舞い上がった。一瞬遅れて足下から炎が吹き上がり、ダリアの足をかすめる。


「魔法的な地雷というわけか。言葉を交わしながら、こんなものを設置していたとは魔法使いというものは、やはり侮れんな」


 爆音の向こうでダリアが発した声を常人とは異なる感覚を持つ咲梨は聞き取っていた。


「魔法使いを知っている……?」


 敵の世界が機械文明の発達した場所であることは、ここに来る道中で華実から聞いていたが、同時に神秘とは無縁の場所だとも言っていたはずだ。

 見上げるその先でダリアが笑う。


「もちろん、計画を始める前に、こちらの世界については調べ上げている。もっとも、一番の邪魔者は連中だと思っていたのだが」


 空中に浮かんだままダリアは林の外へと視線を向けた。その先にあるものを魔法によって確認した咲梨は、ここに近づいてくる物々しい車輌の群れを見て取った。


「円卓? どうして、ここに……?」

「あなた方に加えて連中の相手までするには手持ちの戦力が足りぬ。今日のところは退かせてもらうとしよう。というのは癪だがな」


 身を翻すとダリアは林のさらに奥へと飛び去っていく。同時に現存していた他の機械人形マシンドールも撤退を始めた。


「逃げるぞ!」


 火惟の言葉を聞いて、咲梨がすぐに指示を飛ばす。


「追撃はなし! 念のため、まだ警戒は解かないで」

「了解」


 部員たちの返答を聞きながら、咲梨は傍らで倒れている華実の容態を確認する。

 大きな外傷はなく、呼吸も正常だが、魔力の流れには無視できない違和感があった。それも自然に治まりつつあったが、その原因に見当をつけて咲梨は溜息を吐く。

 だが、今はその前に対処するべきことがあるようだった。立ち上がって雑木林の外へと目を向けたところで、ふと先ほどのダリアの言葉を思い出した。


「ボウズ?」


 おそらくそれは魚が一匹も釣れなかったことを指す釣り用語だ。基本構造が同じ世界で、言語まで共通しているのであれば、同じ言い回しがあるのも不思議なことではなかったが、なんとなく引っかかりを覚える。

 いや、それについて考えるのも今は後回しだ。

 咲梨は状況について話し合うために北斗を呼んだ。

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