第17話 黒い機械人形
山裾から広がる雑木林の入り口は、セミの声が雨のように響き渡り、ありふれた片田舎の夏を演出している。降り注ぐ陽射しは目が眩みそうなほどだったが、そこから先の日陰は涼しげな風が吹きつけているようだ。
実に平和そのものの光景だが、間もなくこの辺りに怖ろしい敵が現れるはずだ。
華実の感覚でつかめるのは敵が出現する大雑把な場所だけで、
そのためこれまでは、敵が出現すると思しきポイントの近辺に魔力による網を張り、それにかかった
もっとも、華実の力では目標の全域を探知することはできない。捕捉できるかどうかは運に左右されるため、空振りに終わったこともある。
だが、今回は華実よりも魔力の扱いに熟達した人物がふたりも存在していた。
北斗は制服の懐からカラフルな文様が描かれたカードを取り出すと、それを宙に放り投げる。カードはそのまま落ちてくることはなく、風に舞うかのように林の方々へと飛び去っていった。
「みんなカードって呼んでるけど、厳密には
火惟が横から解説してくれた。これから戦いが始まるというのに彼らには気負った様子もなく、かといって楽観的にも見えない。自然体というのが一番近いだろうか。
「東条家の術師が開発した特別製です。似たような物は古くからありますが、これが一番使い勝手がいい」
探知の魔術を行使する北斗は相変わらず人の良い笑みを浮かべている。だが、それがいつもよりぎこちなく見えるのは、術に集中しているせいではなさそうだ。
「あなたは
華実が問うと、北斗はどう答えるべきか迷っていたようだが、その前に決定的な反応を感じ取ったようだ。
「来ました! この先、七百メートル! 真っ直ぐです!」
「おう!」
火惟と希枝が飛ぶような速さで先陣を切る。ふたりの反応の早さに驚きつつ、華実も慌ててあとを追った。それに咲梨と北斗が続く。
雑木林は思ったほどには密集しておらず、木立の間には数人が並んで走れるだけの幅がじゅうぶんにある。
足下には凹凸があり、普通に走るのは危険だったが、火惟たちは難なく駆け抜けていく。手にした金色の武器のお陰だろうか。華実もまた、かつてない身の軽さを感じて加速すると、彼らの横に並んだ。
言葉を交わす間もなく視線の先に見覚えのある紅いシルエットが浮かび上がる。顔の作りだけは人間ソックリだが、そこに表情はない。その名の通り機械の人形だった。
華実は右手を前に突き出すと躊躇うことなく叫ぶ。
「光よ!」
気合いとともに解き放たれた魔力の光が、木々の影を蹴散らすように突き進み、そのまま目標に突き刺さって激しい爆発を引き起こす。
「うおっ!」
火惟が慌てて爆風から身を守るが、当の華実が煽りを受けて大地に投げ出されていた。
「華実さん!」
慌てて咲梨が駆け寄り、体を起こしてくれる。
「へ、平気よ」
実際、マントのお陰か、ひどい倒れ方だったにも関わらず身体にダメージはなさそうだ。
「まさか、こんなに威力が出るなんて……」
「アースセーバーは持つ者の魔力を強化してくれるから、慣れないうちは慎重にね」
「ええ」
咲梨の手を借りて立ち上がると、華実は煙が立ち込める場所に視線を向けた。今の威力ならば一撃で粉砕できてもおかしくないように思えたが……。
「まだ生きています」
希枝の言葉に驚いて目を瞠る。煙の中から機械人形がゆっくりと姿を現した。片腕を肩口から失っていたが痛みの表情など見せることもなく、そのまま大地を蹴って猛スピードで襲いかかってくる。
「させるか!」
素早く立ち塞がる火惟。金色の
その踏み込みの速さに
「やった!」
歓声をあげる華実だったが、その途端、背後に居た北斗に思い切り頭を抑えつけられた。
「なっ!?」
訳が分からず声をあげる華実の頭上を黒い影が凄まじい速さで通り過ぎていく。
「黒い
それは華実も見たことがないタイプだった。今までのものよりも長身で機械仕掛けの奇妙な刀を背負っている。長い銀色の髪を備え、瞳も赤く、どこか華実に似た雰囲気があった。
見たこともない敵の出現に華実が唖然としていると、希枝が警告を発する。
「まだ居ます」
驚いて周囲に目をやれば、さらに先ほど倒したものと同型の
「こ、こんなに……」
震える声を発する華実を見下ろして
「どうやら仲間を得たようだな」
「喋りやがった!」
声をあげたのは火惟だが、華実も同じように驚いていた。他のものは口を利くどころか表情一つ変えなかったというのに、そいつは明らかに感情を有しているように見える。
「勝てもしない鬼ごっこに、うつつを抜かしているだけなら可愛げもあったが、これはさすがにいただけないな」
破壊された仲間に一瞥をくれながら、黒い
どうやらこいつは以前から華実に気づいていながら、その無駄な努力を嘲笑っていたらしい。
「おのれ……!」
怒りを感じて立ち上がると華実は腰の刀を抜いた。刀は華実の魔力に呼応するかのように刀身から金の輝きを溢れさせる。
「勝手だな、ドクター・カサネ。自分だけ肉体を得ておいて他の仲間が助かるのを邪魔するのか?」
非難がましく黒い
「わたしが望んだことじゃない。セレナイトが勝手にやったことでしょ」
「その霊子コンピュータ、セレナイト505を造ったのはあなたではないか。彼女が生みの親を想ってしたことをあなたは無碍にするのか?」
「それでも、やっていいことと悪いことがあるわ」
華実は自分の胸を手で指して続ける。
「わたしは、この娘の人生を奪ってまで生き続けたいなんて願っていなかった!」
「それをセレナイトに理解しろというほうが傲慢だろう。あなたは彼女に寄り添うことなく偽りの楽園に赴き、我が子を孤独にさせたのだ。それでもなお親孝行を果たそうとした彼女をあなたは非難するのか?」
「確かに、わたし個人には、その資格はないかもしれない。だけど、わたしが戦うのは、わたしのためじゃない。本物の華実のためよ!」
「本物の?」
黒い
「わたしは知っている。彼女の想いを知っている。どこにも届かなかった彼女の最期の言葉をわたしだけは知っている!」
「あなたが我らに弓引くのは、その器の持ち主のためなのか……」
「彼女は死んだ。その魂はもう虚空に消えてここには戻らない。だけど、彼女の身体はまだ生きている。彼女の記憶と真っ直ぐな想いを湛えたまま、今も変わらずここにある!」
今の華実には二つの記憶がある。魂に付随するものと、この身体の持ち主――本当の華実のものだ。たとえ、器が魂の入れ物だとしても、そこには生前の彼女の想いが詰まっていた。
大切な母への想い、恋する和人への想い、そして幼い頃から抱き続けた正義への想い。そのすべてが華実には眩しすぎるものだ。
「だから、わたしに正義がないことなんて、なんの問題にもならない。わたしを突き動かすのは彼女の熱い想いなのだから!」
華実が言い放つと、黒い
「ならば、その想いもろとも、わたしがお前を葬ってやろう」
宣告とともに背負った刀に手を伸ばすと、ゆっくりと刀身を引き抜く。奇妙な機械音を響かせるその刀は二つ折りになっていた刃を展開して、さらなる長刀に姿を変えた。
それを見て火惟が声をあげる。
「物干し竿かよ!」
有名な剣豪を連想したのだろうが、実際そんな長さだ。しかもその刀は機械仕掛けでありながら、魔力に近いパワーを感じる。
「華実さん!」
危険を感じて駆けつけようとする火惟だったが、その行く手を別の
「くそっ」
毒づく火惟。他の面々もそれぞれに別の
一対一で真っ向から向かい合う華実と黒い
「わたしの名はダリア。他の人形どもを統率するために造られたコマンダーだ」
「…………」
無言のままは華実は刀を構え直した。どうせ相手はこちらの素性を知っているので名乗り返す必要はない。
「来い」
続けて発せられたダリアの声を合図にして華実は大地を蹴った。
「てぇぇぇぇぇぇぇっ!」
気合いを込めて振り下ろした刃をダリアの長刀が受け止め、火花とともに甲高い金属音を響かせた。
「こんな文明レベルの世界で造られた武器が、我らが世界の武器に匹敵するとはな」
ダリアの声には感嘆と自嘲が入り混じっている。
「あなた達が思ってるほど、この世界の人々は弱くはないということよ」
飛び退り、再度斬りつける華実。それをもう一度受け止めてダリアが笑う。
「なるほど、今までとは違うようだ。我らに対抗しうる力をついに手に入れたか」
「彼女は――華実は正義の味方が、お前たちを葬り去ると信じていた。その想いが、彼らを――正義の味方を引き寄せたのよ!」
「買い被りだな。お前の言うその娘はなにもできないまま死んだ。ただの負け犬だ。引き寄せたのは今のあなたであろう」
自分のせいで死んだ少女を侮辱されて華実は激昂した。
「そんなことはない!」
刀を翻して、さらに斬りつけながら叫ぶ。
「彼女の想いを知らなければ、わたしは何もできなかった! すべて彼女が導いてくれたのよ!」
金の軌跡を描く斬撃をダリアは大きく飛び退いてかわすと、今度は笑みを浮かべることなく言い放つ。
「あなたは感傷に浸っているだけだ。確かにその娘は憐れな犠牲者だろう。だが、あなたには解っているはずだ。我々には他に手段はない。セレナイトの民とて生き延びる権利はあるはずだ」
ダリアの主張に華実は一歩も退かない。
「わたしや彼らにそんなものはない! わたし達はもうとっくに死んでいる! 死者が人生の続きを求めて生者を害するなんて赦されない!」
「たとえ赦されぬ罪だとしても、我らとて未来をあきらめるわけにはいかないのだ!」
ダリアは大きく飛んで距離を取ると、高密度の魔力を機械刀に纏わせた。それを間合いの外から振り下ろして魔力の刃を撃ち出してくる。激しいスパークを撒き散らしながら襲いかかってくるそれを防ごうとして、華実は魔力の盾を展開しようとした。
だが、その瞬間、再び視界がふれて魔力が霧散する。
(しまった……!)
魔力を使いすぎた時に襲いかかってくる不快感だ。これに抗うすべは華実にはなく、そのまま何も判らなくなる。
(まだ、まだ早い――!)
神隠しとの孤独な戦いを始めたときから、華実は死を覚悟していた。
だが、それはセレナイトの最期を見届けてからだ。こんな中途半端なところで呆気なく命を落とすなど冗談ではない。
運命を呪うかのように心の中で叫ぶが、すでに周囲の状況どころか、自分がどうなっているのかさえ、分からなくなっていた。
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